フィンランド 〜1年間暮らして考えたこと〜 【第1回】
2022/11/18
2019年4月から2020年3月まで、在外研究の機会を得てフィンランドに1年間滞在しました。
この連載では、私がフィンランド滞在中に見聞きし経験したフィンランドの社会や教育の様子を紹介し、日本の教育や世の中、私たちの生き方について考える材料としていただけたらと思っています。
今回は第1回なので、私がフィンランドのどんなところで生活したのか、簡単に紹介しようと思います。
ご存知の方も多いと思いますが、フィンランドの教育は、21世紀になってにわかに世界中の注目を集めました。
OECDが2000年から世界各国の15歳を対象に定期的に実施しているPISA(生徒の学習到達度調査)という学力調査で、それまで世界的に特に注目されていなかったフィンランドが様々な指標でトップレベルの成績を示したのがきっかけです。
世界一のフィンランドの教育の秘密はどこにあるのかを探ろうと、世界中から教育者・研究者がフィンランドを訪れ、「フィンランド詣で」などとも言われました。そして、宿題がないとか、テストがないとか、教科に分かれた授業がないなど、事実と異なることがまことしやかにクローズアップされたり、あたかも特別な方法があるかのように「フィンランド・メソッド」などという言い方がされたりもしました。
私は天邪鬼な性格なので、注目されたり流行っていたりすることは避ける傾向にあるのですが、それでもやはりフィンランドのことは気になっていました。
私とフィンランドとの関わりが最初にできたのは、全く個人的なところからです。2008年から2009年にかけて1年間日本に留学していたフィンランド人の高校生を、彼女の滞在中何度かに分けて通算約3ヶ月ホームステイで我が家に受け入れたのが、私がフィンランドと個人的につながりをもった最初の体験です。
そして2017年に、私がたまに参加しているヨーロッパの学会が、その留学生の実家のあるフィンランドのタンペレで開かれたので、学会に参加がてら、彼女の実家に数日泊めてもらい、彼女の親にお願いして学校の見学もさせてもらいました。
そんなことを経て、フィンランドの教育やその背後にある社会の様子についてじっくりと見て考えたいと思うに至ったわけですが、その話はおいおいすることにします。
私が滞在したのは、首都ヘルシンキから北に電車で約2時間のタンペレという街です。フィンランドの中では、ヘルシンキ首都圏のヘルシンキとエスポーに次ぐ人口を擁する「都会」です。といっても、タンペレの人口は20万人ほどです。東京と比べるまでもなく、こぢんまりとした静かでのどかな街です。
商店やレストランが集中している街の中心部は、駅から西に伸びるメインストリートを軸に南北に広がっていますが、東西・南北それぞれ1キロメートルもない範囲ですから、容易に歩いて回れます。東京からヘルシンキを訪れると、おそらく人が少なくて静かでのんびりしていると感じると思いますが、タンペレにしばらく住むと、ヘルシンキに行った時ですら「人が多い!」と感じてしまいます。
タンペレは、テキスタイルの会社として日本でも知られているFinlayson(フィンレイソン)の工場を中心に発展した工業都市です。
タンペレは高低差のある2つの湖に挟まれており、その間をつなぐ小川の流れによる水力発電で生み出されたエネルギーを利用して、フィンレイソンをはじめ、いくつもの工場が川沿いで操業していました。
フィンレイソンの工場は、北欧で初めて電灯を導入したところでもあります。また、かつて携帯電話で日本でも知られていたNokia(ノキア)という会社は、タンペレの製紙会社がルーツで、そこから約15キロメートルのノキアという街に移った時に社名をノキアとしました。現在ではエスポーに本社があります。
そんなタンペレは、フィンランド人が住みたい街ナンバーワンとしても知られています。フィンランドは、国連の世界幸福度調査のランキングで2022年現在5年連続で世界一となっていることもあわせると、世界一幸せな国で一番住みたい街ということになりますね。
タンペレの中心部から歩いて20分程度の小高い丘には高さ26メートルの小さな塔があり、その展望台からタンペレの街を一望できます。この展望塔の1階のカフェのドーナツは、カルダモンの香りがして、タンペレで一番、さらにはフィンランドで一番美味しいとも言われています。
タンペレを訪れる日本人観光客の最大のお目当ては、世界で唯一のムーミン・ミュージアムです。ムーミンの原画をはじめとして、作者トーベ・ヤンソンの世界に浸ることができます。
また、タンペレは「サウナの首都(Sauna capital)」とも呼ばれています。フィンランドのサウナは近年日本でも有名になっていますが、タンペレには50以上の公衆サウナがあるそうです。フィンランドで現存する最古の公衆サウナ(1906年開業)もあれば、最近開業したレストラン併設のモダンなサウナもあります。私が時々行っていた公衆サウナは、我が家からバスと徒歩で約15分の、湖に面したところにありました。夏はもちろん冬でも、サウナの前の湖の水でクールダウンしている人がたくさんいました。
そんな環境で、学校の授業を見たり先生方と話をしたり、フィンランドの様々な側面を見たりフィンランド人と話をしたりしながら、どんなことを考えたか、これから少しずつ書いていきたいと思います。