Column コラム

オンライン授業で見え隠れするフェイス【ススメ!コミュニケーションの新しいカタチ第8回】

青山学院大学国際政治経済学部国際コミュニケーション学科教授

末田 清子

フェイスとは?

状況が許せば、私たちは自分の心の赴くままに行動する。しかし、「こんなことをしたら他人にどう思われるか?」と他者の目も気になる。「こんなことを言ったら〇〇さんにどう思われるか?」とまるで鏡に映し出された自分を見ているかのように、コミュニケーションを行っている。この「他者に見せようとする社会的に価値のある自己の姿」 を表出したいという欲求がフェイスであり、他者からどのように見られたいか、どのように処遇されたいかを意味する。

鏡に映る自分
他者からどのように見られたいか

フェイスは大きく3種類に分類されると言われており、その枠組みからコミュニケーション行動を分析すると興味深い。まず、親和フェイスは私たちが周囲の人たちと親和的な関係をもつことに関わる。
2つ目の能力フェイスは自分の能力を周囲に認めてもらうことに関わる。
そして3つ目の自律フェイスは自分の権利や自治や領域を守るということを意味する。
ほとんどの人は本人がそれを意識しているか無意識であるかにかかわらず、他者から「良い人」、「有能な人」だと思われたい。そして、「私は私」と独立心をもち行動できる人だとも思われたい。

三つのフェイス
他者から「良い人」、「有能な人」だと思われたい

授業中に見られるフェイスワーク

授業中には教員と学生、学生と学生との間でフェイスワークが見られる。特定の誰かをほめれば、当該学生の能力フェイスは高揚するが、逆に他の学生の能力フェイスを脅威にさらす危険性もある。また、学生同士のノートの貸し借りには「良い人」だと思われたい親和フェイスと、「せっかく自分がとった大切なノートを誰にも貸したくない」という自律フェイスが拮抗する。そして断るときは、「ダメ!あなたになんて貸さない!」と言う学生は珍しい。通常は「別の友だちに貸すことになっている」などと言い訳をする。なぜなら自分の自律フェイスも守り、同時に親和フェイスも守ろうとしているからだ。

自立フェイスと親和フェイス
ノートを貸したくない自分と良い人に思われたい自分

オンライン授業におけるフェイス

2020年5月、本大学でも一斉にオンライン授業実施となり私もオンラインの海に放り出された。最初の頃に使用していた会議ツールではせっかく用意した映像や音声がうまく再生できなかったが、学生はとても協力的で文句ひとつ言わなかった。そればかりかいろいろと提案をして助けてくれた。私の能力フェイスを脅威にさらすことなく、彼らは親和フェイスを前面に出し協力してくれた。3年生、4年生は特に頼もしく「先生、それぞれのブラウザーで動画を立ち上げて、視聴したらまた戻ります」と、授業運営まで助けてくれた。また、当該会議ツールでは、使い始めたときにブレイクアウトルーム(少人数に分けてディスカッションできる機能)という機能がなかった(後期からはそれができるようになった)。そこで、学生にグループ作業を課すときはリーダーを指名し、そのリーダーにミーティングをスケジュールしてもらい私が各部屋を訪ねることとした。

各部屋に尋ねに行く
各ブレイクアウトルームを訪ねることとした

講義科目では、ほとんどの学生がビデオをオンにしていない。彼らはまさに自律フェイス(自分の領域)を守ろうとする。しかし、私が質問を投げかけると学生たちはチャットにいろいろ書き込んでくれる。私の投げかける質問に対して回答してくれるし、合いの手も入れてくれる。これまでの対面授業では、大クラスの授業で発言するのが難しい様子だったが、オンライン授業では、チャットにたくさんの反応が出てくる。話の途中でも合いの手が入ってくる。学生たちは大変協力的だという意味では親和フェイスが垣間見えるが、答えが間違っていても能力フェイスの損失は免れることができ、恥ずかしさを感じなくて済む。

オンライン授業でも見られるフェイスの文化

実際、履修者数が200人、300人というオンライン授業における学生の理解力の高さに言及する同僚も少なくない。これまで教室で友だちと座っていると、つい親和フェイスを満たし話しかけてしまう。また、話しかけられた方も、講義に集中したくても友だちを無視するわけにはいかない。無視すれば、友だちの親和フェイスを台無しにしてしまうからだ。
この点に関して、米国の大学の友人は興味深いことを言っていた。彼はオンライン授業が嫌いだという。なぜなら「学生の集中力を切らさないようにするのが容易でないから」とのことであった。日本でも集中力を保つのは確かに難しいとは思うが、留学時代のクラスメイトの様子が思い起こされた。先生方の講義の途中でも不明な点は遠慮なく質問し、アサーティブに意見を述べるクラスメイトの姿である。質問をして、「鋭い質問! あの人凄い!」という印象を与えることもできる。しかし、このようなやりとりはオンライン授業では難しい。一般化はできないが、米国の友人の学生たちがオンライン授業で集中力を保つことが難しいのは、能力フェイスが満たされないからかもしれない。オンライン授業でもフェイスの「文化普遍的」様相と「文化固有」の様相が見え隠れしている。

2021年10月刊行の末田清子教授の著書

『コミュニケーション・スタディーズ アイデンティティとフェイスからみた景色』(新曜社)

『コミュニケーション・スタディーズ アイデンティティとフェイスからみた景色)』