Interview インタビュー 青山極め人

騎士のように、強く美しく〈中田 麻菜さん・初等部6年〉

【フェンシング】

フェンシングと出会ったのは、2021年の東京オリンピックの夏。画面越しで初めて観たフェンシングは、「紳士的で、しかも騎士のような身のこなしがとてもかっこよかった」と中田さんは振り返る。憧れをきっかけに体験したフェンシングのスピードと緊張感に胸が高鳴り、「突き」だけでなく「斬る」動作もあるサーブル種目に一瞬で心を奪われたという。3年生から始めて、何度も練習を重ねて磨き上げた得意技「加速アタック」を武器に、3年越しで小学生の全国大会の頂点に立った。勝利の瞬間、胸に浮かんだのは“ 感謝” の言葉。「このままいけば必ず伸びる」と信じてくれたコーチ、そして支えてくれた家族がいたからこそ、何度も立ち上がることができた。あと一歩のところで敗れ、悔しさに涙した昨年の試合。その時、母がそっと手渡してくれたのが、誕生石をあしらった小さなペンダントだった。以来、それは中田さんにとって大切なお守りになっている。「試合の時には、ユニフォームの中に忍ばせて、“頑張るぞ” と気持ちを引き締めています」と語る。その小さなお守りは、少し弱気な自分を奮い立たせ、前に進む勇気を与えてくれる存在だ。凜とした輝きが、挑戦のたびに心を支えてくれている。背中に「NAKATA JPN」と刻まれたユニフォームをまとい、「これからは日本代表としてふさわしい選手になりたい」と思いを込めるその瞳は、すでに世界の舞台をまっすぐに見据えている。

 

中田 麻菜さん

初等部6年

 
◆主な戦績 第11回全国小学生フェンシング選手権大会 小学5・6年生の部 女子サーブル個人戦優勝/第1回東京国際フェンシング大会2025 U-12女子サーブル 優勝/第26回東日本少年個人フェンシング大会 小学5・6年生の部 女子サーブル 第3位/第25回東日本少年個人フェンシング大会 小学5・6年生の部 女子サーブル 第3位

「青山学報」294号(2025年12月発行)より転載

 

Episodes ―こぼれ話―

紙幅の関係で「青山学報」への掲載がかなわなかったインタビュー全文をご紹介いたします。

 

 

──フェンシングを始めたきっかけについて教えてください
私は、幼稚園の頃から小学校2年生までバレエを習っていたのですが、ずっと格闘競技に憧れていました。最初は空手をやってみたいと思っていましたが、ちょうど東京オリンピックが開催されていて、そこでフェンシングという競技を観た時に、紳士的なスポーツで、しかも騎士のような身のこなしがかっこいいと思い、小学校3年生の時に体験に行ってみました。

──体験に行ってみてどう感じましたか
コーチがとても優しくて、しかも体験なのに、すでにフェンシングの選手になったような気分になれました。バレエを習っていた頃よりもとても楽しいなと思い、母に「やってみたい」と伝えました。

──フルーレ、エぺ、サーブルという競技種目がある中で、中田さんがサーブルを選んだ理由を教えてください
攻撃の対象となる場所として、フルーレは胴体だけ、エぺは全身、サーブルは上半身と違いがあります。フルーレとエペは動きがゆっくりで、たいてい「突く」という技が点につながるのですが、その中で、サーブルだけは、すごく動きが速くて「斬る」という技もあり、そこがとてもかっこいいと思いました。実際に「斬る」という技をやってみたら、かっこいいだけではなく、面白いなと思ったのでサーブルを選びました。

 


バンドロールという斬る技を説明してくれました

 

試合時間もフルーレやエペとは異なり、サーブルは20~30秒くらいの短い時間で勝負が決まります。

 


全国小学生大会の決勝戦で10点勝負の最後の1点を決めた瞬間
(向かって右が中田さん)

 

──剣は重たくないのですか
サーブルを始めた頃は、ものすごく重たく感じて、10分も剣を持っているとすごく疲れてしまいましたが、慣れてくると、重さをあまり感じなくなり、次第に持ちやすくなってきました。剣の重さは、種目によっても、子ども用か大人用かによっても違うのですが、サーブルはフルーレやエペに比べるとまだ軽い方です。
サーブルの剣は子ども用、大人用の2パターンあって、小学校の高学年になるとみんな大人用に変えます。私の場合は、小学校3年生からの2年間は、短い子ども用の3号剣(約330グラム)を使っていたのですが、5年生になってから5センチ長い大人用の5号剣(約350グラム)に変更しました。剣先(ブレード)は、長さや重さ、硬さやしなり具合など、少しずつ違いがあるので、剣を選ぶ時には色々と試して自分に合ったものを選びました。

──普段はどのくらいの時間、練習をしていますか
平日は17時から19時、休日は10時から12時の間、練習しています。13時半から16時まで練習をするという時もあります。

──家ではどのような練習をしていますか
フェンシングの構えのポーズをとったまま、スクワットを20回、毎日やっています。他には、両親に頼んで買ってもらったぶら下がり鉄棒に、毎日30秒はぶら下がり、腕の力を鍛えています。

──対戦練習の時に剣で突かれて痛みを感じることはないのでしょうか
練習の時から何枚も(計4枚)重ねて着ていますし、メタルジャケットを着ているので痛みを感じることはありません。

──何枚も重ね着をするんですね。準備に時間がかかりそうですが。しかも夏は暑そうですよね
意外とそうでもなくて、慣れるとシュシュシュと一人で着られるようになります。
今のジムは、温度調節などの設備がとてもいいところなので、夏でも何枚着ていても暑いということはありませんが、大会のときは、試合内容にもよりますが、激しい試合になると汗だくになります。

──フェンシングで大変だったことを教えてください
フェンシングの大会は、その時によってカテゴリーが分かれるのですが、4年生から中学1年生の早生まれまでが一緒に参加する大会があり、毎回完敗した時期がありました。1本も取れないまま負けてしまうということも結構あって、その時はとても悔しくてつらかったです。

──そういうつらい時、辞めたいと思ったりしませんでしたか
辞めたいとは思いませんでした。つらい時でも、コーチから「このままやればきっと伸びるよ」と言われて、そのコーチの言葉をずっと信じて続けてきました。

──良いコーチに恵まれたんですね。そのコーチはどんな方ですか
北京オリンピックの時に日本代表選手だった小川聡コーチです。とても教え方が上手で、「こういう技をしてください」という教え方よりも、「どうしたらいいと思う?」という感じで、自分で戦い方を考えて創り出していくことを尊重してくれるコーチです。自分で考えることで、自分自身のフェンシングへの理解力が上がるし、試合でこんな技をしたらどうなるだろうと考えて練習して、試合でその技が活かせると楽しいです。

──一流の人に出会えたというのは素敵ですね
そうですね。小川コーチは現在、幼稚園から社会人までの方たちをおひとりで指導してくれています。私は、体験した頃からずっと小川コーチに教えてもらっています。
元々はオリンピック育成選手を教えていらっしゃいましたが、私が始めた頃、初めての試みで小学生低学年の児童のクラスができたそうです。人数が少なかったので、練習相手が限られてしまうこともあり、もうちょっと対戦練習をしたかったなと思ったこともありました。違う場所にいけば、練習相手がいたのですが、あまりにも遠すぎて諦めました。

 


小川コーチと練習している様子

 

──一番得意な技は何ですか
フェンシングには、「守る権利」と「責める権利」というのがあって、私は「責める権利」の時の「加速アタック」という加速しながら思い切り突くという技が得意です。
普段の練習の時から「加速アタック」を取り入れて練習していて、大会に活かせたらいいなと思って毎回練習していたら、いつの間にかその技が好きになっていました。

──ライバルはいますか。その選手のどんなところがすごいと思いますか
はい。バチバチの関係の(笑)! 静岡県のクラブに所属している同じ学年の選手ですが、試合ごとに勝ったり負けたりする選手がいます。でも仲がよくて、毎回大会で会うとおしゃべりしています(笑)。
その選手のすごいところは、毎回大会の時に、とても冷静に判断するところで、本当にすごいなと毎回感心しています。

──憧れの選手はいますか
はい。江村美咲選手です。パリオリンピックに日本代表で出場していた江村選手を見た時にすごくかっこいいなと思い好きになりました。江村選手は攻撃権がある時、一番強いと言ってもいいくらいかっこいいんです。この前、試合会場でお会いしたんですが、背が高くて、髪を金色に染めていて、自分の好きなことをすることでモチベーションを上げていると話してくれました。そんなふうに自分らしくしていて、しかも強いところが、とてもかっこいいなと思っています。
その時に「サインをお願いします」と言ったら、素敵な笑顔でサインをしてくれて、やっぱりかっこいいなとあらためて思いました。
私は、剣のガードの内側の部分にサインをしてもらうのですが、そこには、去年パリオリンピックに出場した日本代表の髙嶋理紗選手や男子コーチの橋本寛コーチのサインもあります。

 


憧れの江村選手とともに

 

──試合の時には、ご家族は応援に来てくれますか
はい。毎回両親が応援に来てくれます。たまに姉や兄が応援に来てくれることがあります。家族が来るとたまに緊張感が高まることもあります(笑)が、家族の応援は励みになるのでとても嬉しいです。

──ご家族の応援からも精神的に鍛えられそうですね。極め人で取材をすると、よく負けず嫌いだとおっしゃる方が多いのですが、中田さんご自身の性格について教えてください
私は昔から「絶対に勝つぞ」みたいな、そういう気が強い性格ではなくて、「負けたらどうしよう」とネガティブな気持ちになってしまうことがよくあります。
「言ったことが本当になる」と、最近母から教えてもらい、「絶対、優勝するぞ!」と言ってから試合に臨むようにしていますが、今でもまだそこまで気持ちが強くないので、そう思えるようにこれから成長していきたいと思っています。

──確かに、言霊という言葉もあるくらいですからね。言葉の力って、本当に不思議ですよね。自分を信じるための一歩にもなりますし。中田さんらしく成長していってくださいね。試合前に行う特別なルーティンはありますか
はい、あります。試合の前はすごく緊張して、ちょっとネガティブな気持ちになってしまうことが多いんです。だから、気持ちを上げるために、石のブレスレットとペンダントをつけています。
そのペンダントは、5年生の時に全国大会で、強い相手に負けてしまった悔しい経験をきっかけに、「来年も頑張ろう!」という気持ちを込めて母が贈ってくれた私の誕生石のペンダントなんです。どちらも私にとって大事なお守りです。
試合の時は、そのペンダントをTシャツの中にこっそりしまって、「よし、頑張るぞ!」と気持ちを引き締めています。

──今回、願いが叶ったんですね。その悔しい思いをして、1年後に日本一になった瞬間はどんな気持ちでしたか
やっと勝てたなと思いました。約4年間フェンシングをやってきて、続けて頑張った甲斐があったなという思いと、4、50分かかる道のりを、交代で週4日もの練習に車で送ってくれた父と母や、教えてくれたコーチにも感謝の気持ちでいっぱいでした。

 


やっと手にした日本一!

 


所属クラブのチームカラーも緑色❤

 

──今後、本学でフェンシングを続けていきますか? 中等部にはないですが、高等部にはフェンシング部がありますよね
はい。サーブルは、競技人口や知名度が他と比べると低くて、一番人口が多いのはフルーレです。高等部のクラブではそのフルーレとエペしかないと聞いたので、いずれは、高等部でサーブルの部門を創れるといいなと思っています。青山学院大学のクラブでも練習したいです。

──これからの目標を教えてください
次は全国中学生大会という大会になります。上級生と対戦するということがまた始まるので、中学3年生の選手と戦っても勝てるように、きっちり良い成績を取れるよう頑張りたいと思っています。
そのためにも上のクラスで、社会人やいろいろな大学の学生の方と一緒に練習して、もっと技術を高めたいです。
今回全国小学生大会で優勝したので、背中に「NAKATA JPN」という文字やズボンに日本代表のマークがついたユニフォームに代わりました。日本代表になると海外遠征もあり、それほどの価値がある選手だって思ってもらえるように、精神力も含めてもっと強くなりたいです。オリンピックに出場するためにも強さがないといけないと感じています。
これからつらい経験がきっとあるのだと思いますが、小学校低学年で味わった悔しさから立ち上がれた時の自分を思い出して挑戦していきたいです。

 

 

──JAPANを背負った選手として、これからも頑張ってくださいね。今後のご活躍が楽しみです。ぜひこれからも応援させてください

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