Variety いろいろ

【もっと知りたい!ドクター通信】新型コロナウィルス感染症のパンデミックという危機を生きる

今回は緊急事態宣言に伴い、平山栄治先生に臨床心理学を専門とする立場からご執筆いただきました。

青山学院大学教育人間科学部心理学科教授 平山 栄治

1.はじめに

新年度が始まった。今年は、新型コロナウィルス(covid-19)の世界的な爆発的感染の影響で、未曾有の災禍が私たちすべての生活に及んでいる。本稿では、心理専門職としての臨床心理士の立場からこのパンデミックがもたらす心の危機について考察を加えたい。

 

2.新型コロナウィルス感染症のパンデミックという危機が心にもたらした影響──底知れぬ不安

人間社会を襲っているこのパンデミックはまさしく危機と呼んでよい。発症による健康と生命の危機に加えて、見えない敵との闘いに晒されることで私たちの日常生活が一転し、当たり前に続くと想定していた日常生活が突然失われている。皆、不安を抱え、心配している。漠然とした不安、苛立ち、安全感や安心感の喪失、そして、ゆとりが失われやすいかもしれない。

こうしたパンデミックは、私たちの人間関係とコミュニケーションへの打撃、人間的ニーズへの打撃、社会生活への打撃、職業生活への打撃、経済全般への打撃を生み出している。その結果、底知れぬ不安を引き起こしている。

 

3.不確実性という不安

このウィルスの性質が解明されるにつれて、対処法(例えば「3密を避ける」など)が明確になり、安心につながり、また、各国政府の経済対策によって不安が幾分和らげられるだろう。しかし、こうした情報をいくら収集しても、不安それ自体はなくならない。このウィルスはそうそう簡単に制圧されてくれない。ワクチンができるまでまだ時間がかかる。経済的被害は甚大である。情報収集してもきりがなく、むしろ、不安が増大する側面もある。不安が勝手に暴走しやすいように見える。

情報収集によって、認識を増やし、この状況についての理解と判断を適切化しようとしているのだが、新型コロナウィルスによって動かされている私たちの不安は、より根源的な不安であろう。当たり前のように存在し、継続するものと思われていた日常に断絶が生じるとき、根源的な不安が刺激される。

人生には本来、不確実性uncertainty という根源的不安が付きまとう。それを今回のコロナ禍があぶり出しているところがあるのではないだろうか。

 

4.パンデミックという危機がもたらす人間関係への打撃

目に見えないウィルスという敵に晒されている緊張、日常生活が断絶することによる不安、ストレス、フラストレーション、苛立ち、怒り、抑うつといった精神への打撃がもたらされている。それに加えて、人間関係への打撃が生じている。親密な人間関係とコミュニケーションがSocial Distancingという社会的距離対策によって打撃を受けている。

そうした精神への打撃、人間関係への打撃、職業生活への打撃の中で、家庭環境が悪化する危険性がある。在宅時間の増大は、それまで潜在していた夫婦間葛藤を顕在化させ、不和を増大させ、離婚への動きを加速するということもあるかもしれない。同様に、DVの危険性や児童虐待の危険性が増大するかもしれない。総じて、人間関係がギクシャクしやすいかもしれない。被害的、迫害的に物事を捉えやすくなり、疑心暗鬼になりやすいかもしれない。不安が意識の統制を超えて動き出し、人間関係の摩擦、コミュニケーションのズレを拡大させやすいかもしれない。

 

5.妄想分裂的心性の増大

「敵か味方か」という心的構えが強化される可能性がある。私たちは、心の原始的水準では、外界や対象(人・物)を敵か味方かに区分けする心的構造を有している。自己の内部にある攻撃性が優勢となり、それでいてそれを自分の中に認識することができず、自己の攻撃性の多くを無意識に外界の「悪い」対象に投影し、その「悪い」対象から迫害されていると感じるようになる。そして、妄想的にそうした敵からいつも攻撃されていると感じ、それに対して反撃していると認識する。すべての対象を白か黒か、敵か味方かに分け、分裂させてしまう。そうすることで、内的不安を処理しようとする原始的心性である。精神分析では、これを「妄想分裂的構え(妄想分裂ポジション)」と呼ぶ。そして、これはすべての人間に発生する基本的精神構造の一つでもある。その特質は、対象を敵か味方に分裂させて認識することであるが、これは同時に、複雑な自己経験を単純化させ、良い自己と悪い自己に分裂させ、複雑な入り組んだ感情を分かりやすい愛と憎しみに分割させてしまう。そして、外の世界は敵か味方かに二分され、敵には攻撃、怒り、不信感を向け、味方には愛情、信頼、理想化を向ける。その結果、不確実で複雑な現実や人間関係をすっきりと良いものと悪いものに区分することで単純化し、すっきりした安定を心にもたらすことになる。しかし、その代償として、常に敵に攻撃されているという被害感や迫害不安が刺激されやすくなってしまう。現実の複雑さが無視されるようになってしまう。その結果、他者とのコミュニケーションは歪み始める。

よくあるのは、愛情は母親に、憎しみは父親に分割してしまうような場合である。元々父親がダメな場合でも、ますますダメな父親と認知されるようになってしまう。本来、子供の心の中にあった母親への複雑な感情の怒りの部分を父親に向けかえ、増強することで、母親との関係を安定化させ、その代わりに父親との間にあった良い関係を犠牲にしてしまう。

ここで、私たちにとっての敵はこのウィルスなのだが、この敵の姿は見えない。それでいて爆発的に蔓延し、急速に多くの人に重篤な肺炎を引き起こし、一定の割合で人命を奪う。そして、このウィルスは、人間を通して感染が媒介される。つまり、誰が敵か分からない。一般大衆の中にその敵がいるだけでなく、自分の同僚、仲間、親友、恋人、子供や両親、配偶者など身近な人が知らない間に感染して、敵になってしまう可能性がある。そして、自分自身が知らぬ間に感染していて、他者にとっての敵になっている可能性がある。つまり、すべての人が感染防止策を講じる必要があるのだが、そうした防止策を講じているうちに、周囲に対して疑心暗鬼になっていることを意味している。社会に底知れぬ不安と不信感が蔓延する。こうして身近な人間関係が険悪化していく可能性がある。