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【もっと知りたい!ドクター通信】新型コロナウィルス感染症のパンデミックという危機を生きる

9.人間の心の発達と危機

乳児の頃から私たちは不確実性と向き合い、それを節目節目に乗り越えてきている。乳児は、絶叫し、母に理解され、乳房を与えられ、少しずつ信頼を獲得してきた歴史を持っている。

言語に絶する不安や死んでしまう不安に圧倒され、それらを泣き叫びながら、外に発散し、排せつしている。それは心に置いておけない不安である。しかし、親はその絶叫に晒されて、それを受け止め、理解し、抱っこし、あやし、授乳する。こうした理解が繰り返されるうちに、世の中に対する信頼感と安心感が育ってくる。自分自身の心に置いておけなかった絶叫や言語に絶する不安が、理解されることを通して、少しずつ「無毒化され」、心の中に置いておける経験(例えば「もうたまらないよ!」という心的経験)に変容され、母乳とともに、母親の理解と笑顔とともに、自己の心の中に取り戻され、位置づけられるようになる。自己の不安を自分で受け止められるように成長していく。

そして、乳房を離れ、離乳食という新しい食べ物へ向かう不慣れで不確実な移行を乗り越える。保育所、幼稚園、小学校、中学校、高校、そして、大学。やがて、就職して仕事を覚え、結婚、育児、仕事の中で、思い通りにならないストレスに晒され、ときに逆境に遭遇することもあるだろう。

私たちは、心理的に成長するためには、自己の経験に開かれることが欠かせない。そのためには、他者との情緒的コミュニケーションが必要である。

 

10.自己と向き合い思考すること

私たちが今遭遇している危機は、現在のものである。しかし、それを意味づけているのは私たちの心的構えでもある。無力な乳幼児期に私たちは様々な「心的外傷」を体験してきていると考えられる。そうした中で自己の人格の構造が形成される。現在の危機は、現在のものだが、同時に私たちの根源的な不安を揺り動かしてもいる。自己の不安を誰かに語り、理解されることで、私たちは自己の不安を受け止め、心のバランスを回復していける。

しかし、ときに、それだけでは乗り越えられない危機が生じることもあるだろう。そうしたときには、心理専門職によるカウンセリングや心理療法が役立つかもしれない。

不確実、不安、孤独、虚無、何もない不安が人間の心には存在している。生老病死を人は免れない。世の中は思うに任せない。天地は非情である(「天地は仁ならず。万物を以て芻狗と為す。」老子)。私たちの心の中には、いろいろな考えられない考えが存在している。それを考えられる考え手を心の中にじっくりと育てていくためには、そうした不安を傾聴し、理解し、受け止め、一緒に考えてくれる理解者と年単位の時間が必要である。

現在の危機の大きさを否認せず、しかし、そこで少しでも状況改善のために自分ができることを探し、貢献しようとすることは自己の成長にとってもメンタルヘルスにとっても重要であろう。同時に、不安や弱音を吐ける関係を持てることが大切である。自分の不安を受け止め、人と共有し合い、フラストレーションに耐え、理解し、学び、仕事をする。それが内的な良い対象世界を再建し、心の安定を構築していくことにつながる。

 

11.おわりに

心の問題や自分自身について、じっくりと丁寧に見つめ、考え、自分を知る。そうすることで私たちは心理的成長を推進し、人格の統合度を高めていくことができる。心の健康とは、自分の心を理解できるようになり、それを言語化し、象徴化できるようになることでもある。

このパンデミックという危機の中で、私たちが精神的な健康を維持するためには、他者とのコミュニケーションが必要不可欠である。もし、より専門的なサポートが必要なときには、カウンセリングや心理療法も有効な方法かもしれない。

 

※参考までに、以下に、日本臨床心理士会、東京公認心理師会のウェブサイトを紹介する。

■一般社団法人日本臨床心理士会
トップページ https://www.jsccp.jp/
電話相談事業 http://www.jsccp.jp/about/tel.php
臨床心理士に出会うには http://www.jsccp.jp/near/
新型コロナこころの健康相談電話のご案内 http://www.jsccp.jp/info/infonews/detail?no=708

■一般社団法人東京公認心理師協会(公認心理師と臨床心理士の職能団体)
トップページ http://www.tsccp.jp/
東京公認心理師協会こども相談室 http://www.tsccp.jp/k_s/index.html
こども相談室のご案内  http://www.tsccp.jp/k_s/pdf/20190220_l.pdf

 

先生、最後にもうひとつだけいいですか?

Q 不安解消のためのツールはSNSや直接対話など複数ありますが、年齢や性別による違いはあるのでしょうか。
A 若い人たちの場合、使い慣れているSNSでも有効でしょう。具体的な知識によって不安を解消しようとしている男性ならば、本、記事、メールなどの文字データが有効でしょう。情緒を受け止めるのは比較的女性が得意なコミュニケーションかもしれません。しかし、年齢や性別で括れないものがたくさんあります。不安をただ解消するだけでなく、不安を抱えられるようになることに意味があります。そこにはいろんな思考や感情や経験が潜んでいて、それらを考えることができるようになることに意味があります。自分の抱えている不安を信頼できる相手に打ち明けられる経験は、不安を消化するために重要です。不安を解消するための助言もよいですが、むしろ自分の抱えている不安や経験を、あまり先入観を持たずに、答えを焦らず、分からない経験であってもそれに耐え、じっくり傾聴して、一緒に考えられる相手であることが重要です。答えは、そもそもの経験に潜んでいる問いを時期尚早に刈り取る作業になりがちです。不安や経験を消化するためのコミュニケーションは、もちろん直接対話が一番優れています。非言語的コミュニケーションの情報量と密度が違います。SkypeやZoomなどのTV電話は、実際の直接対話には劣りますが、電話よりも優れています。電話は、音調という非言語的コミュニケーションが含まれているので電子メールやテキストよりも優れています。