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ラクロスが繋ぐ未来 “Lacrosse Makes Friends”【第5回  中等部ラクロス部創設への想い】

カレッジスポーツと言われるラクロスが、青山学院の中等部にも誕生していることをご存じでしょうか。中等部のラクロス部の顧問であり、青山学院大学体育会女子ラクロス部のヘッドコーチ(監督)でもある中等部教諭河内由気先生に、本学の中等部にラクロス部を創設した経緯やラクロスへの想いについてお話を伺いました。

 

 

中等部 河内由気教諭のインタビューより
(2025/10/25実施)
中等部ラクロス部創設への想い

 

中等部ラクロス部誕生

好きなものを伝えたい

───2018年、中等部3年生の選択授業「体育」で、初めてラクロスが取り入れられました。当時、ラクロス導入を決めた理由を教えてください
自分が一番好きなものを子どもたちに伝えたいという純粋な気持ちからでした。私は、ラーメンが好きなのですが、美味しいお店を見つけたら「ここ美味しいよ!」と人に伝えたくなりますよね(笑)? それと同じ感覚です。
当時は、「ラクロスを中等部で広げよう!」という、そんな大きな目標は全くありませんでした。ただ、自分が大好きなラクロスというスポーツに触れてほしい、その想いだけでしたね。
───その選択授業では何人ぐらい生徒が集まったのですか?
男子20人、女子10人、合わせて30人ほどでした。男子のほうが多かったですね。身体を動かしたい子が多くて。本来ラクロスは男女でルールが全く違うのですが、授業ではその違いは一旦置いて、男女一緒に楽しめる形にしました。室内用のミニスティックと柔らかいボールを使って、まずは“楽しさ”を伝えたかったんです。
───当時の授業の様子はどうでしたか?
とにかくみんなやんちゃでしたね(笑)。授業は水曜の5・6限だったのですが、この日が来るととても気が重くなるほどでした。
私も教員2年目で不慣れなことも多かったことに加え、中学3年の生徒たちは思春期の真っ只中。話は聞かない、整列すらしてくれない。信頼関係がまだないから、向こうもこちらの様子を伺っている様子。私もどう対応したらいいか分からない。
それでも、“身体を動かすことが好き”という共通項だけはあって、1年間かけて少しずつ信頼関係が生まれていきました。
───その選択授業がきっかけで、青山学院大学に進学しラクロス部に入部した教え子がいると聞きました。そんなやんちゃだった教え子たちが大学でラクロスを続けると知った時はどんな気持ちでしたか?
男子3人、女子2人が大学のラクロス部に入りました。その教え子たちも、今、大学4年生となり、まもなく卒業です。もうそれだけで泣けてきます。
女子2人は入部前にわざわざ中等部に来て、「大学でもラクロスをやります」と言ってくれました。本当に嬉しかったです。
男子3人のうちの1人が大学男子ラクロス部の主将になりました。その子は、当時はほとんど喋らない寡黙な子でした。ゴーリー(ゴールキーパー)しかやらないし、一見やる気がなさそうに見えるのに、やればとても上手いんです。
他の2人は、運動センスがよくてとても上手かったですね。
私の勝手な持論ではありますが、運動が得意な子というのは、やんちゃな子が多いかなと思っています(自分もそうだったから笑)。そしてちょっと素直になれない。当時は毎回のようにこの授業の時は不安を抱えながらも
「絶対続けたら上手くなるよ。大学でやったら?」
と、言い続けて勧誘していました。大学でラクロス部に入ったと聞いた時は、
「やっぱり!」
と思って心の中でガッツポーズをしていました。

 

 

───選択授業でのラクロスの楽しさが先生のお姿を通してしっかりと伝わっていたのですね
そうだったら本当に嬉しいです。

 

指導で一番大事にしていること

───2021年に中等部にラクロス同好会が発足、2024年にはラクロス部に昇格しました。まず、同好会を立ち上げようと思った背景を教えてください
一番大きな原動力は現在、部員の中で唯一の中学3年生の存在です。彼女が初等部4年生の時、共通の知り合いを通して出会ったのですが、日本において小学校低学年からラクロスをやっているというのはまだ大変珍しいことです。その貴重な存在がこの青山の初等部にいる! と聞いて、中等部にラクロス部を創らないという選択肢はありませんでした。また、大学にラクロス部がある本学なら、総合学園として中等部からつながる強みを発揮できるのではと思いました。
この生徒の存在が、私の中にあるラクロスに対する夢や情熱をより一層大きく、熱くしてくれました。感謝しています。
───最初のメンバーはどのくらいだったのですか?
最初は男子2人、女子5人。合わせて7人でした。
そこから少しずつ増えていきました。
しかし、いざ創部しようと動き出した時、中等部では、部活だけではなく、趣味や勉強の時間、家庭で過ごす時間も大切にしている文化があるので、クラブ数を増やすことは難しいかもしれないとも思っていました。クラブへの昇格には、「継続した活動」、「部員数5人以上」、「先生方の同意」などのいくつかの条件があるため生半可な気持ちで活動することはできないなと思っていました。また、創部以降、ラクロス同好会の生徒たちに
「公式戦に出たい!」
という気持ちが芽生え始めたものの、実際にそこに挑めるレベルになるまで、2年ほどの時間が必要でした。
保護者の方のサポートも本当に大きかったです。
───指導の中で先生が特に大事にしていることは何でしょう?
まずは “直接対話すること” です。
欠席連絡であっても、Teamsのようなメール機能だけで完結させない。必ず私に口頭で伝えさせるようにしています。
「休みます」
というたったひと言のやり取りでも、
「どうしたの?」
「病院で…」
「どこか体調悪いの?」
そんなところから小さな会話が生まれて、積み重ねていくことで関係ができていくんですよね。
今は何でもスマホや電子機器類で済んでしまう時代ですけれど、人間関係の基本はやはり“対面のコミュニケーション”だと思っています。
───中等部や大学でラクロスを指導する上で、年代によって指導の仕方や言葉の使い分けなどはありますか?
どの年代にも同じように接するようにしています。もちろん、中等部生にはちょっとだけ優しいです(笑)。でも、考え方の軸は変えません。キーワードも同じものを使うよう心がけています。
───使うキーワードとは具体的に何ですか?
たぶん一番よく言っているのは、
「楽な過ちではなく、困難な正しさを選択する」
「遺伝子レベルに刻み込め!」
かもしれません(笑)。
1つ目のキーワードは中等部ラクロス部の理念です。マタイによる福音書7章13節~14節に書かれている「狭い門から入りなさい。滅びに至る門は大きく、その道も広い。そして、そこから入る者は多い。命に通じる門は狭く、その道も細い。そして、それを見いだす者は少ない。」という聖句に似ています。人は自分にとって損か得か、簡単か困難か等に惑わされて正しい道を選択できない場面が多々あります。そういった目先の損得に惑わされるのではなく、常に正しい道を選べる、真の意味で強く優しい人になってほしいという思いを込めて、理念として掲げよく口にも出しています。
2つ目の「遺伝子レベルに~」は、何度も繰り返し練習し、身体が自然に動くところまで継続する力の重要性を唱えています。継続することでしか見えてこない景色があると思っているので。この2つの考え方はどの年代にも共通なんです。今は、私が中等部と大学の両チームを一貫して見させていただいていることもあり、指導の軸がぶれると、生徒や学生も迷うと思うので、あえて統一するよう心がけています。
───他にも大切にしていることはありますか?
実は最初の頃、私は何でも細かく教えてしまうタイプでした。
でもある日、中等部のラクロス部のミーティングの途中で急に抜けなければならなくなり、
「ごめん、ちょっとこの時間だけ自分たちで進めておいて」
と席を外したことがありました。
戻ってきたら、私がその場にいた時よりずっといい表情で話し合っていたんです。机に座って堅苦しいミーティングをしていたはずが、ホワイトボード前にみんなで集まって、全員で相談していて。それを見た瞬間、
「あ、これだ! これがこの子たちの本来あるべき姿なんだ!」
と思いました。ちょっとした寂しさもありましたが、でもそれ以上に、
「もっと信じて任せてよかったんだ」
と気づかされたんです。
そこからは、大事なヒントだけ渡して、あとは任せる。それをつなぎ合わせるのも、どういう方向にもっていくかも本人たち次第。手厚くしすぎず、伸びる力を邪魔しないようにしています。
───生徒たちも自分たちが任されているという認識があると嬉しいですよね
結局、一番大事なのは、信頼し合うこと、“心と心のつながり”だと思うんです。

 

生徒の成長を見守る喜び

───中等部で部員たちがラクロスを通じて成長する姿を見守ってきて、印象に残っているエピソードはありますか?
同好会が発足した時の75期生の生徒たちが、今は高校2年生になりました。高等部にはラクロス部はないので、中等部のラクロス部で一緒に活動しています。75期生のうち、今もラクロスを続けているのは3人なのですが、その3人が大きく成長しました。
特にそのうちの1人は、中学1年生の頃は“塩対応”で(笑)。体育の授業中、話しかけてもそっけない返事しか返ってこなくて、こっちが勝手に振られたような気持ちになることもありました。
でも、その子が今や、中等部ラクロス部のチームでキャプテンを任されているんです。練習の日には誰よりも早く来て、ひとりで準備をしています。こちらから声をかける前に、「先生、この日はどうしたらいいですか?」と自分から相談に来てくれる。練習ごとに書いている「ラクロスノート」にも、毎回たくさんの気づきが丁寧に記されていて、競技面だけでなく、人として大きく成長してくれていることが、何より嬉しいですね。そして子どもの成長が私自身にとって貴重な刺激であり、「まだまだ成長したい」と思わせてくれる存在でもあります。
───先輩・後輩という関係は先生からどう見えますか?
先輩たちは後輩たちに対してすごく優しいですね。自分が受け取ってきた愛情や良い影響を、そのまま後輩に返しているように見えます。冒頭で話した、
「好きなものを伝えたい」
という感覚。それと同じように、受け継いだ温かさが“循環”しているんです。こういう姿を見ると、もう本当に胸が熱くなります。「大人になったなぁ……」と。
特に中学2年の部員たちは、この半年で見違えるほど成長しています。後輩たちは先輩の姿を見て、
「ああなりたい」
「次は自分たちが引っ張る番だ」
という気持ちを自然と持ってくれる。こういう“良い循環”を見る瞬間は、本当に教師冥利に尽きますね。
───先日中等部ラクロス部に取材でお邪魔した時に、雰囲気がとてもいいなと思いました
中等部ラクロス部が“居心地の良い空間であってほしい”と思っているので、そう感じてもらえるのは嬉しいです。

 

中等部ラクロス部での大学生コーチ(中央2人)の指導の様子、コ―チの中には中等部出身の学生も

 

中学1年の部員たちは今やっと土台ができ始めたところです。中学2年の部員たちは本当に大きく育ってくれていて、あの子たちが部全体の良い雰囲気を作ってくれていると思います。

 

千葉県横芝光町での合宿 居心地の良さそうな雰囲気が伝わってくる
(写真提供:河内教諭)

 

河内先生とラクロス

姉の背中を追いかけて

───先生がラクロスを始めたきっかけは何だったのでしょうか?
きっかけは、5歳上の姉の存在です。ずっと姉の背中を追っかけて生きてきた人生でした。
小学校から大学まで、育った環境も全く同じということもあり、中学でバスケを始めたのも、大学での学部選びも姉の影響が大きく、どのステージにおいても全て姉と一緒の道を歩んできました。
高校でバスケ部を引退した時には、すでに心の中で「大学に入ったら、姉と同じラクロスをやろう」と決めていました。
───お姉さんとは、どんな関係だったのですか?
仲がいい、と言うより、私の一方的な片思いのような……。姉妹というよりも先輩と後輩、師匠と弟子、のような関係です(笑)。
でも姉からすれば、5歳も下の私がいつもまとわりついてくるわけですから、ちょっと迷惑だったかもしれません(笑)。それでも、私の人生の大事な節目にはいつも陰ながら見守ってくれていました。本当に“大きな存在”だったんです。
2人で対等に話せるようになったのは、私が社会人になってからです。そこからはよく食事にも行くようになり、やっと対等な関係になれた感じがします。
───大学からラクロスを始め、日本代表としてもご活躍されたお姉さんの試合を観に行ったり、お姉さんとラクロスの練習を一緒にしたりしましたか?
そうですね。姉の試合はよく観に行っていましたし、私の高校時代は自宅の庭で少しラクロスを教えてもらうこともありました。

 

日本代表で味わった悔しさと学び

───大学生になって1年目で関東ユース選抜、2009年には日本代表として、プラハで行われたワールドカップに出場されていますね。当時のことを教えてください
実は姉も全く同じ経歴なんです。
関東ユース、21歳以下日本代表選抜、どちらも姉が先に経験していた道です。
当時はラクロス人口が今ほど多くなかったこともありますし、“未土(姉の名前)の妹”ということで、最初から名前を覚えてもらいやすい環境でした。もちろん、そこには良い面も悪い面もあり、姉の存在が大きい分、自分の実力で立っていかなきゃいけないというプレッシャーもありました。
正直、当時の実力だけを考えると、代表に選ばれていなくてもおかしくなかったと思います。
現地に行っても、すごく活躍したわけではなくて、出場時間も短かったです。どちらかというと何もできなかったという記憶で悔しさが残っています。だからこそ、
「もう一度、違う形で日本代表になりたい」
という気持ちが強くなって、社会人になってもラクロスを続けていました。

 

社会人クラブチームCHELでの1枚

でも途中で、
「私はもう代表レベルにはなれない」
とどこかで感じてしまって、自分の中で一線を引いて辞退しました。その時は、坐骨神経痛が悪化していたこともありますが、結局、あれは諦めるための自分自身への“言い訳”だったのかもしれません。選手としては、不完全燃焼のまま終わってしまいました。
───その経験が、今の指導にどうつながっていますか?
日本代表選手になってからの経験よりも、“日本代表を目指していた時間”のほうが大事だったんだと感じています。「日の丸を背負う」と決めて始めたラクロス、その目標を掴むまで積み重ねてきた努力や、その過程において多くの人に支えてもらったことへの感謝、一方で最後は諦めてしまった経験も含めて、全てが今の指導の軸になっています。中・高生にも大学生にも、「今」目の前にある事実や結果は、常に自分で選択しているもの。「こんなはずではなかった」と目を背けたくなるような事実でも受け止めなくてはいけないし、その事実を変えたいのあれば日々の「選択」を変える必要がある、と常々話しています。
───ポジションはどちらでしたか
ミッドフィルダーというポジションで、ドローから、攻撃も守備も全部やりました。

 

ドローの瞬間(慶應義塾大学VS日本女子体育大学)
(写真提供:河内教諭)

 

───大学時代、慶應のキャプテンを務められていたんですよね
慶應のラクロス部は今でこそファイナル4(準決勝に出場する4チーム)の常連ですが、当時はまだ弱く、体育大学に当たれば大差で負けしてしまう時代でした。私は、
「自分なら変えられる」
という変な過信があって(笑)、自らキャプテンをやりたいと申し出ました。同期が本当に良い仲間で、私の弱い部分や欠点も指摘してくれました。みんなと一緒に、悪しき伝統や雰囲気を変えていったんです。そして4年生の時、慶應史上初のファイナル4に進出しました。
───当時、キャプテンとして意識していたことはありますか?
当時の課題は、Aチーム(一軍)とBチーム(二軍)の隔たりをなくすことでした。公式戦に出場する選手と、出場機会の少ない選手という立場の違いが、意識の差につながっていたからです。当時、毎年スローガンTシャツを作る文化があったのですが、私たちの代は
“結束”
という漢字2文字にしました。
「文句を言う前に、1本でも多くシュートを打とう」
「お互いを非難する前に、まず行動しよう」
他人に原因を求めたり、他人を変えようとしたりするのではなく、自分が変わる。一人ひとりが自分自身に責任を持った行動を徹底した、優れたチームになりたい、そんな思いを込めました。
もうひとつ意識していたのは、
「言うからには、自分が一番やる!」
ということです。
練習量は誰よりも多く、ビデオ分析も誰よりもやりました。自分の背中であるべき姿を見せなければ、みんながついてこないと思っていたからです。
───まさに、“背中で引っ張るキャプテン”だったのですね。でも、その経験があるから、今の指導姿勢も一貫していらっしゃるのですね

 

教師という選択

───大学卒業後は、すぐに教師になられたのですか?
最初はスポーツメーカーに4年間勤めていました。営業をしながら社会人ラクロスチームでプレーもしていましたが、「教師になりたい」という想いが大きくなって……。
そこで会社を辞めて日本体育大学に通い、教員免許を取りました。その後、こちらの中等部にご縁をいただきました。
───先生が教師を目指されたのは、どんな理由からだったのでしょうか?
子どもが好きで、子どもが成長していく姿を見ることが、本当に好きなんです。
もちろん、毎日穏やかに過ごせるわけじゃありません。大人げないなと思う自分に出会うこともあります。それでも、“本気でムカつけるから、本気で愛せる”そんな感覚が自分の中にはあって、本気で向き合うからこそ、ぶつかり合いも生まれるし、その先に本物の信頼関係が築けると思っています。私は、子どもたちと本気で向き合う覚悟を持って接しています。子どもたちの成長のために必要だと思うことは、責任を持って伝えているつもりです。その覚悟は、きっとラクロス部の子たちには届いていると信じています。
───先日中等部ラクロス部の練習で教えに来ていた大学生コーチも「河内さんは本気で言い合える仲間」だと言っていました
それは嬉しいですね。大学生の部員たちにも嘘、偽りなく本気でぶつかっていましたからね(笑)。
こちらが本気で向き合えば、真正面から返してくれます。そういう関係が築けていると感じる瞬間は、本当に幸せですね。それができる職業がやはり教師かなと思ったのだと思います。

 

自分が走り続ける理由

───中等部での部活の練習に伺った際、先生ご自身も部員たちに交じって、ゴーリー(ゴールキーパー)をしたり、一緒にプレーしたりしていらっしゃいましたよね。普段何かトレーニングをされているのですか?
走っています。今月は130キロ走りました(笑)。朝4時台に起きて、学校に行く前の5時頃から10キロ走るのがルーティンです。週に2〜3日は必ず走っています。朝走れなかった日は夜に走ります。
もともと身体を動かすことが好きなんですが、教員になってからは特に「走ろう」という気持ちが強くなりました。特に体育教師は身体が資本ですし、何より何かあった時に子どもたちを守らなくてはという思いがあるので。
───毎回10キロも!? 今でもアスリートそのものですね! 練習時に拝見した先生のクロスワークがお見事でしたが、今もラクロスのスキル面でも練習をされているのですか?
そうですね。私は自分のクロスワークにまだまだ満足していないので、今でも、クロスワークはもちろんのこと、中・高等部生や大学生たちが練習でウォーミングアップ(準備運動)をしている時間、空いているゴールを使ってシュート練習をしています。苦手な角度からのスローを繰り返したり、苦手な動きを徹底的に身体に馴染ませたり……。
ヘッドコーチが下手だとちょっとイヤじゃないですか(笑)? 自分で教えておいて自分ができないのが嫌だと思う性格なんですよ。

 

公式戦初勝利の瞬間。先生の見事な跳躍から、日頃のトレーニングの成果が伺える1枚
(写真提供:河内教諭)

 

伝えていきたい想い

継続こそ力なり

───これまでのお話から、先生の経験が一つひとつの言葉の重みにつながっていると感じました。ここからは、未来について伺います。現役プレーヤーだった頃のご経験から、若手プレーヤーに伝えたいことはありますか?
一番伝えたいのは“継続力の重要性”です。思い通りにいかないと、気づかないうちに自分で“諦める選択”をしてしまうことがあると思うんです。
「試合に負けても仕方ない」
「学生日本一にはなれない」
という無意識に限界を作ってしまう瞬間が。でも、本当に未来を変えるのは、「やる!」と決めたことを続けられるかどうかで、その力に勝るものはありません。
私自身、中学生でバスケを始めて以来、走り込み、トレーニング、食事管理……スポーツに必要なことは全て続けてきました。続けてきた年月があるからこそ、今になって“継続”という言葉の重みが本当の意味で感じられますし、「続ければ必ず変わる」と胸を張って言えます。
今の大学4年生の代も、まさにその象徴でした。今期の結果としてはブロック3位(女子1部リーグは12大学が6大学ずつ2ブロックに分かれていて、各ブロックから上位2大学が準決勝に進むことができる)でファイナル4には届きませんでしたが、これまで青学女子ラクロス部で教えてきた中で、最も印象に残っている代です。なぜかと考えた時、彼女たちの“継続力”が浮かびました。
───中等部生や高等部生には、どのようなことを期待されていますか?
やはり“継続力”です。とにかく何かを続けること。ラクロスのプレー面でも、生徒たちはすぐに
「1対1が上手くいかない」
「シュートが入らない」
と言うのですが、私は
「それでいい、やり続けなさい。失敗してもいいから続ければいい」
と伝えています。試合でも、上手くいかないと怖がってゴールに向かわなくなってしまう。でも、それでも前に出てやり続けることが大事なんです。続けた子は必ず変わります。どれだけ時間がかかるかは個人差があるのでわからないけれど、「できない」が「できる」に変わった瞬間の笑顔とキラキラした瞳は何にも代えがたいですね。
───先生のその姿勢が、生徒たちにしっかり伝わっているのではないでしょうか
そう感じてもらえていたら嬉しいですね。生徒に求めるだけではなく、私自身も成長し続けたいと思っています。もし彼女たちと出会っていなかったら、どこかで満足してしまっていたかも知れません。でも私にとって今の中等部ラクロス部の子たちは、「もっと上手く、強くなりたい」「良き教師、人になりたい」と自然に思わせてくれる存在なんです。子どもたちがいるから、私も走り続けられる。人生の原動力です。
───これから世界を目指したいと思うジュニア世代にとって必要なものは何だと思いますか?
海外の選手は3歳、4歳からクロスを振っている環境があって、日本とはどうしてもスタートラインが違います。公園でキャッチボールすらできない日本とは環境が全く違う。でも、環境のせいにしていたら何も始まらないんですよね。だから私は、
「環境や条件を理由に諦めることなく、抜け道を探せるハングリーさを持ってほしい」
と思います。
日本代表になっている選手たちを見ると、“協調性の枠”にとらわれていない子が多いという印象です。周囲とバランスをとっているだけでは世界では戦えない。世界を目指すには、自分で環境を切り拓き、自ら殻を破って挑んでいく力が必要です。
───実際に、中等部でも日本代表入りを目指して頑張っている生徒がいると伺いました
今の中学3年の生徒で、社会人クラブに1人で飛び込んで練習している子がいます。普段はシャイで人見知りなのに、ラクロスになると別人のように行動するんです。他にも、自ら、色々なラクロスクリニック(単発で技術を学ぶ講習会)に積極的に行きますし、そういう力は素晴らしいなと思っています。「上手くなりたい」というその熱い想いが、彼女の全てを動かしているんです。
そんな姿を見ると、本当に心が震えますね。ラクロスに対する向上心が非常に高く、日本代表になりたいというとても強い気持ちでラクロスと向き合っています。日本代表になるためなら、どんな練習でもどんな環境でも挑んでいくという信念です。より素晴らしい選手になるよう、自分のことだけでなく視野を広く持ってもらいたいので、それを伝えていきたいと思っています。
───先生にとって、ラクロスが持つ魅力はどんなところですか?
ラクロスというのは、決まったメソッドがないんですよね。ルールも戦術も変わるし、“正解”も1つじゃない。だからこそ、自分で未来を切りひらけるスポーツだと思っています。
王道スポーツには王道のメソッドがありますが、ラクロスにはまだまだ“伸び代”がたくさん残っています。社会人になっても続けられますし、日本代表として世界を目指す道もある。自分次第で、いくらでも未来が変わるスポーツなんです。
───先生ご自身は、本学の中等部ラクロス部を今後どのようなチームに育てていきたいと思われますか?
中等部のVIVIDS(チアダンス部)の統一感やチーム力に憧れています。いつ見ても全力で取り組む姿は大人から見ていてもかっこいい。近年は全国大会で優勝するなど、結果も残しています。そんな彼女たちの姿からラクロス部も学ばせてもらっています。ゆくゆくは、
「中等部のラクロス部に入りたいから青学を受験したい」
と言ってくれる子が現れたらいいなと思っています。人を引き寄せられるような“魅力のある組織”になりたいですね。
そしてもう一つ大切にしたいのは、人として中等部生の模範であり、周囲から「こうありたい」と思ってもらえる存在でいてほしいとラクロス部員たちには伝えています。そのためにも、顧問である私自身がまずしっかりしなければならないと考えています。生徒と共に成長し、大学生コーチとも本気で関わり合いながら、世代を超えて学び合える、そんな“走り続けるチーム”でありたいと思っています。

───本日はお忙しい中、貴重なお時間をいただき、ありがとうございました。河内先生のラクロスに対する想いや、生徒・学生一人ひとりに寄り添う姿勢が、お話の随所から伝わってきました。青山学院中等部ラクロス部、そして大学女子ラクロス部がこれからどのような歩みを重ねていくのか、その未来を楽しみに、今後も応援させていただきます。

 

■2025年度の中等部ラクロス部の戦績■
Autumn Cup25′ 2部リーグ初優勝
東日本5位決定戦の出場権獲得

 

(写真提供:河内教諭)

 

ラクロス部 活動報告 vol.27「Autumn Cup25’決勝リーグ結果報告」 | 青山学院中等部
ラクロス部 活動報告 vol.28「Autumn Cup25’2部リーグ初優勝」 | 青山学院中等部

 

Profile プロフィール

河内 由気
■青山学院中等部教諭
2005年 関東ユースに選抜
2007年 女子21歳以下日本代表 第19回ラクロス国際親善試合 出場(2007.6@東京・江戸川区 VS米国メリーランド州立大学ボルティモア校女子ラクロスチーム)
2008年 女子22歳以下日本代表 英国強化遠征(2008.4@イングランド、ウェールズ)
2008年 慶應義塾大学体育会女子ラクロス部で主将を務める
2009年 慶應義塾大学ご卒業後 社会人チームCHELに所属
2009年 女子日本代表 第8回FIL女子ワールドカップ 出場 7位(2009.6@チェコ、プラハ)
2010年 女子日本代表 第22回ラクロス国際親善試合 出場(2010.6@東京・江戸川区 VS米国ロヨラ大学女子ラクロスチーム)
2015年 社会人チームFUSIONに移籍(~2016.12まで現役としてプレー)
2017年 青山学院中等部教諭として入職
2018年 中等部3年生選択授業「体育」でラクロスを導入
2019 年 青山学院大学体育会女子ラクロス部育成コーチ就任
2020年 青山学院大学体育会女子ラクロス部ヘッドコーチ(監督)就任
2021年 ラクロス同好会を発足 顧問兼コーチ
2024年 ラクロス部に昇格 顧問兼コーチ

 

 

こぼれ話

中高大のラクロス部員たちから寄せられた想いが、河内先生の持ち物のあちこちに込められていました。その一部をご紹介します。
■その1 スマホケース

練習で頻繁に登場するキーワードがモチーフに

このスマホケースをデザインした大学4年のラクロス部員の三宅千尋さんにコメントをいただきました。
【総合文化政策学部4年 三宅千尋さんから大学女子ラクロス部36期を代表して河内先生へひと言】
中学3年で、ラクロスがどんなスポーツかも知らずに授業を選択した私に、その楽しさを教えてくださったのが河内さんでした。個人的には7年目の付き合いになりますが、誰よりもラクロスにアツくて、私たちにとことん向き合ってくださる河内さんはいつだってそのままで、私だけでなく36期みんながそんな河内さんのことが大好きです。この4年間怒られることも沢山ありましたが、「36期は36期のままでいい」と、何度も背中を押してくださることが嬉しくて、ずっと河内さんと一緒に勝ちたいという想いで4年間戦ってきました。
怖そうな見た目をしていますが、実はツンデレなだけの河内さん。最後に4年間の感謝を込めてということで、36期からスマホケースをプレゼントすることにしました。
河内さんのラクロスへの愛情や青学にかける想いを1番近くで見てきた代だからこそ、日本一を獲るその時までずっと応援し続けます。

 

■その2 タブレットケースに貼ってあったステッカー

気になるかわいいステッカーを発見!

 

このステッカーと同じ絵柄に出合えると伺い、11月8日、中等部祭にお邪魔してきました。

中等部祭

アリーナではストラックアウトに挑戦。小さなお子様から大人までが楽しんでいる様子が伺えました。

アリーナでの様子

 

当日、参加賞として配布されていたカードです。取材用にと、特別にそのカードを3枚も頂戴しました。

 

参加賞のカード
左:モチーフは“遺伝子レベルに刻み込め”と本気で部員たちに向き合う河内先生
中:モチーフは中等部でプレーヤーとしてこの1年で著しく成長した部員の一人

 

河内先生のスマホケースに貼ってあったステッカーとともに、高校2年生のラクロス部員がデザインしたものだそうです。
どのデザインからも河内先生への想いや部活動の様子がよく伝わってきて、思わず感嘆しました。

 

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