13号館が無い! 不吉な数字だから?【アオガクタイムトラベラー】
2020/07/10
在宅勤務中の昼下がりに-
青山学院ウェブサイトの「キャンパスマップ」を見ていたら、面白いことを発見した。大学の建物は、確か建築された順番に〇号館と名付けられていたと聞いていたが、なんと、「12」と「13」が欠番になっているではないか!
でもなんとなく12号館があったのは覚えている。確か、今の17号館が建つ前に存在した教室棟だ。自分も学生の時に授業をそこで受けた覚えがある。1階には購買会があり、地下には学食もあった。
ところが13号館は聞いたことが無い。
年が若すぎるせいで知らないだけで、もっと昔にあったのだろうか?
いや、もしかして「13」という数字はキリスト教的に不吉な数字だから、欠番にしたのではないだろうか?!
勝手に想像しつつ、 “アオガクタイムトラベラー”の初出動である。
ちなみに“アオガクタイムトラベラー”とは、キャンパスや建物に関して疑問をもった隊員が不定期に調査を行う、独自の機関である。
先ずは、世間では「13」という数字をなぜ不吉とするのか、調査してみた。
〈北欧神話〉
12人の神が祝宴を催していた時に、招かれざる13人目の客としてロキが乱入した。そのロキは、ずる賢いなどの性格とされ、ロキのせいでラグナロク(神々の黄昏、終末の日)を迎えたことから、「13」を忌み数としている。
〈キリスト教〉
最後の晩餐で、13番目に席に着いたのがユダだった。お金でイエスを売り、裏切ったとされるイスカリオテのユダである。このユダは13番目の使徒だという説もあるが、12番目が正しいようだ。どうしても「13」を不吉な数字に祭り上げたかったのだろうか。
『聖書・キリスト教辞典』より
これと同じように、イエスが処刑された日が13日の金曜日だった、ということが近代以降に広まったようだ。ご存知の通り映画のタイトルにもなっているが、聖書にはイエスの磔刑日の詳しい記載はない。
〈そのほか〉
太平洋戦争のA級戦犯が絞首刑になったとき、絞首台までの階段の段数が13段だったから
12A階もしくは12B階、12半階と呼んだり、13階を飛ばして14階にしている建物がある
〈独自調査の結果〉
●座席番号
JAL
・エアバス350-900
… 13と14が無い
日本航空サイトへ
・ボーイング767-300ER(763)
… 12~14が無い
ANA
・ボーイング787-9
… 13がある(数字順に)
全日空サイトへ
・エアバス320(32G)
… 13だけ無い
アメリカン航空
・ボーイング787-9
… 13がある
エアフランス
・ボーイング777-300
… 7~13が無い
・エアバス350-900
… 13~15が無い
●空港のゲート(13番ゲート)
羽田空港 … ある!
羽田空港サイトへ(中央付近)
成田空港 … 無い
成田空港サイトへ(右端)
ヒースロー空港 … ある
ジョン・F・ケネディ国際空港 …無い
以上はWikipedia情報をもとに、ほかの資料などをあたった結果である。末尾に「らしい」としたものは、追いきれなかった情報であるが、面白いので載せてみた。ほかにも様々な言い伝えなどがあり、枚挙にいとまがなかった。
青山学院でも以上のような理由から、13号館を飛ばした(造らなかった)のではなかろうか? きっとそうに違いない!
そんなワクワク(?)した気持ちで、長年、青山学院の数多くの建築に携わってきた管理部の吉田茂担当部長に真相を聞いてみることにした。
定礎式、献堂式など建物に関するイベントで、取材の際に必ずお会いするのが吉田茂さん。いつも「昔の首相と同じ名前だ」と思っていたものだが、とても気さくで優しい方だ。長年管理部に在席され、学院の施設に知悉した方だ。管理部長を務めたのち役職定年となり、今は管理部の担当部長の職にある。相模原キャンパスの移転や、初等部、中等部、高等部校舎の建て替えを手掛けてきた方だ。
きっと13号館なんて無かったことも、その理由もご存じのはず……。
快く調査に応じてくださった。
吉田さんの回答
13号館はかつて存在した……。残念!
我ながら面白い推理だったのになあ。
吉田さん、ありがとうございました。また次回以降も、登場していただきます。
それにしてもアバコってなんだろう?
これが「青山学報」254号(2015年12月発行)に答えが載っていたのです。
アバコ(AVACO)… 一般財団法人日本聖書協会キリスト教視聴覚センター。1955年に青山スタジオを建設。
Audio Visual Activities Commission
また、「青山学報」7号(1954年7月発行)にも次の記事が載っていました。
・アバコ建築近々着工
一般財団法人日本聖書協会キリスト教視聴覚センターのホームページにも建物の遷移が紹介されていました。
あるサイトには、「昔有ったスタジオ」と題して、当時の様子が書かれていました。
キリスト教に関係のないテレビ放送関連の録音などもここで行われていた様子がわかりました。
2019年2月、受験生のご両親や卒業生から青山学院大学に寄せられた「受験生応援メッセージ」の中に、「法学修士(旧アバコ世代)」と書かれた方からのメッセージを見つけました。その方は間違いなく“アバコ”で放送ジャーナリズムの授業を受けていた方でしょう。
教職員の中にも、その存在を覚えている人が結構いました。
ここである疑問が……。
13番目に建てられた建物ではないのでは?
時系列に並べてみました。
・1955年 AVACO完成
・1975年4月 大学10号館・11号館完成
・1976年頃 AVACO撤退・13号館になる?
・1979年1月 大学12号館完成
・1988年2月 大学14号館(総研ビル)完成
どうみても、13号館だけ、建てられた順番で数字がつけられていないように見えます。
この点を吉田さんに伺いました。
今は、建てられた順番に数字を振っていることは間違いないそうですが、「40年以上も前のことなので、詳しくはわからないですね」という回答でした。
最後にちょっとした謎を残して、ここでタイムトラベラーは燃料切れのため、解散です。
やはり「13」という数字にはなにか不思議な働きがあるのでしょうか?
「キャンパスの地下には巨大空間がある?」「戦争中に謎の地下道があった?」「定礎に入れる物とは?」を調査中です。
お楽しみに。