聖書の読み方と理解を豊かにする入門書『イエス入門』
2019/04/18
本書は英国を代表する新約聖書学者であるリチャード・ボウカム氏がイエス・キリストについての研究成果をコンパクトにまとめた入門書である。氏は英国セントアンドリュース大学名誉教授で、ケンブリッジ大学で研究と講義を続けておられ、英国学士院会員、エディンバラ王立協会会員でもある。訳者の一人は「あとがき」の中で、本書について「ボウカムの新約聖書学研究の集大成だといっても過言ではありません」(191頁)と述べている。確かに、本書にはイエス・キリストについての豊かな内容が含まれている。しかも、初学者への配慮が全体に行き届いているのである。その点で、ボウカム氏自身が、「日本の読者へ」宛てた序文の中で記している「願わくは本書が、イエスについてほとんどなにも知らない方、イエスについての本をもう何冊も読んでいる方、その両方にとって有益なものとなりますように」(3頁)との願いは、十分に叶えられたと言えるであろう。ボウカム氏の薫陶を受けた訳者お二人が、読み易い翻訳を提供してくださっていることにも心から感謝したい。
私がボウカム氏を知ったのは、氏の代表作の一つ『イエスとその目撃者たち 目撃者証言としての福音書』(浅野淳博訳、新教出版社)によってである。こちらはA5版656頁と大部であるが、内容の素晴らしさにどんどん引き込まれ、知的刺激と興奮の中で一気に読み終えたことが思い起こされる。氏の二つの書に共通するのは、ご自身が『イエス入門』の序文で述べておられる「福音書は生前のイエスを知る人々の目撃者証言におおむね基づいている」(6頁)という理解である。氏の念頭にあるのは「第2章 資料」の中で取り上げられている「ここ一世紀の福音書研究で支配的だった」理解、すなわち「イエス伝承は…イエスという歴史的人物の目撃者だった人々とは無関係な伝承」であるという理解である。こうした理解に対して、氏は決然と「主流の福音書研究を誤った方向に誘導した」と断じている(26~27頁)。その上で、イエスの目撃者たちに関して、「権威ある情報源、イエス伝承の守護者という、口述社会によくある役割を果たし続けてきた」(30頁)と最大限に評価するのである。
こうした福音書の評価そのものに関する記述だけでなく、個々の個所に関する記述からも多くを教えられる。例えば、イエスの十二弟子と出エジプト後に各部族から選ばれた十二人の指導者との関連について(86頁)、「イエスがどれほど教えることに没頭したかに注意を払うべき」(104頁)、「イエスもファリサイ派の人々も神の民の聖性を増し加えることに強い関心があったが、それを実現するための方法論が大きく異なっていた」(122頁)、十字架刑の際に、「傍観者たちは嘲ったり冷やかしたりするように煽られた」(158頁)などの指摘を挙げることができる。時に、聖書を読む上で学問的アプローチが毛嫌いされることもある中、聖書の読み方を豊かにし、そのことによってイエスに関する理解をも豊かにする適切な入門書である。
リチャード・ボウカム 著
山口希生・横田法路 訳
新教出版社 2013年
1,900円+税