Christianity キリスト教

甦る、ステンドグラス

2024年7月22日、幼稚園の礼拝室のステンドグラス7枚の取り外し作業が行われることになりました。

夏休みと工事のため、誰もいなくなった幼稚園舎はまるで子ども達の声を懐かしむようにひっそりとしています。2階の礼拝室に入ると、ずっとそこで礼拝が守られていたためか、とても静謐な空気に包まれ、蝉の声も工事の音もどこか遠くで響いているようです。

 

外では暑い真夏の日差しが照り付けていますが、幼稚園のステンドグラスを通すと、不思議と深海の青や山頂の蒼を思わせる優しい光となって礼拝室に降り注ぎます。

 

幼稚園の礼拝室のステンドグラスは1995年の礼拝室改修の際に制作・取り付けられたもので、部屋の正面の中央には、マタイによる福音書第18章「『迷い出た羊』のたとえ」からデザインされたイエスが羊を抱く、六角形のステンドグラスがはめ込まれています。また礼拝室の両サイドには、ヨハネによる福音書第15章「イエスはまことのぶどうの木」をモチーフとしたぶどうを描いた五角形のステンドグラスと、その左右に十字架を描いたステンドグラスがはめ込まれています。

 

この美しいステンドグラスの取り外しと修復作業を手掛けるのは、株式会社大竹ステンドグラスの佐藤栄一郎さんと増渕恭子さん。
礼拝室のステンドグラスを見ると、すぐさま、
「ここが少したわんでいますね」
「多少、ここの鉛が切れていますが、ガラスが割れているところはないですね」
と、状態を見極めました。

株式会社大竹ステンドグラスの佐藤栄一郎さん(写真右)と増渕恭子さん(写真左)

 

道具箱から電動ねじ外しを取り出すと、1つひとつのビスを少しずつ緩めながら、ペインティングナイフを使って外の木枠を1つずつ取り外します。
外枠が外れると、今度はステンドグラスを手前に引くようにして外します。

外枠を1つひとつ外していき(写真上)ステンドグラスを手前に引くように外す(写真下)

 

間近で見るステンドグラスは、なお淡い光をたたえ、まるで薄い飴細工のようです。しかし軽やかな見た目と違って、10㎏ほどの重さがあり、持つとズシリとした重みを腕に感じます。

薄い飴細工のような見た目だが、10kgほどの重量がある

 

次に中央の六角形のステンドグラスの取り外しにかかります。ところが、経年劣化のせいで、なかなかビスの取り外しが上手くいきません。ようやくビスを外し終えると、外側の木枠が外れました。両サイドの五角形のステンドグラスと違い、正面のステンドグラスは大人1人が両腕を広げたくらいの大きさがあり、かなりの重さがあるようです。2人がかりでステンドグラスの取り外しにかかります。

 

2人で力を合わせ、手前にステンドグラスを引いた瞬間、
「2枚重なっている」
と、少し驚いたような声が上がりました。
「後ろが見えないように白濁したアクリル板を重ねていたんですね」
2枚重ねのステンドグラスを見せながら説明してくれました。

「あそこ(サイドのステンドグラス)は、裏に霞ガラスが使われていますよね。あれも外が見えないための工夫なんです」
サイドのステンドグラスを示しつつ、後ろや外が見えないよう工夫されていることを教えてくれました。

ステンドグラスのみだと、後ろが透けて見えてしまう。写真の左下には重ねられていたパネルの一部が見える

 

教会を訪れた際、ステンドグラスの後ろを気にしたことはありませんでしたが、教会でも霞ガラスを使用したり2枚重ねにしたりしているのだろうか、気になって尋ねてみました。
「教会のステンドグラスは高い位置に取り付けられていることが多いですよね。そのため(ステンドグラスから透けて見える景色など)気が付かない場合が多いんです」
と教えてくれました。

まるで赤子を取り上げるかのように、丁寧に取り外されていくステンドグラスはこの後どうなるのか、お二人に聞いてみました。

 

──この後、外されたステンドグラスはどうなるのでしょうか。
「1枚1枚、詳細に状態を確認していきます。ざっと見ただけでも、たわんでいるのが分かりますよね。ほら横から見てみてください。波打っているのが分かりますよね。こういうたわみは、しばらくの間重しを置いて平らにしていきます」

工房で、まずは丁寧に洗浄される

 

反りの状態を改めて確認

 

反り補正のために重しを乗せる

 

──平らにしていく作業は時間がかかりそうですね。素人目には綺麗に見えるのですが、他にも修復するポイントがあるのでしょうか?
「ここのステンドグラスとステンドグラスの間の境界線にヒビが見えるのは、鉛が剥げているところです。ここは鉛をハンダで補修します」

写真の矢印部分が鉛の剥げているところ

 

──作業中にガラスは溶けないのでしょうか。
「鉛を溶かしている間、その部分だけ高温になりますが、一時的なものです。とはいえ、何度もハンダを繰り返していると、ガラスが熱割れすることもあります」

 

──熱さと闘いつつ、慎重さも求められる作業ですね。平らにするのと、鉛の修復以外にも作業があるのでしょうか?
「他にも溝のガラスのパテが剥げ落ちているところがないか見ていきます」

 

──溝のガラスのパテ?
「鉛ケイムの断面はH形になっており、鉛ケイムとガラスの隙間にパテを施しています。しかし経年劣化によってポロポロとパテが落ちてくることがあるのです。その場合は新たなパテを挿入します。またざっと見てガラスに大きなヒビはないようですが、もしガラスに軽微なヒビがあればそこも直します」

ペインティングナイフの先端を丸くした特製の道具でパテの状態をみていく


ステンドグラスの裏面からパテを詰めていく

 

──ガラスのヒビを直す。難しそうな作業です。
「ヒビは目立たないように、鉛の帯をヒビの上に貼ってヒビを隠す方法とガラス自体を交換する方法があります。ステンドグラスの修復の時には、同じ色のガラスが既に廃盤になっていることもありますし、廃盤でなくても、制作時期によって微妙に色が変わっていることもあります。そのため似寄り(似た色のガラス)ではめて修復していきます」

 

──ステンドグラスのほかに色ガラスというのも聞いたことがあるのですが
「色ガラスとはガラスの製造時に金属の酸化物を混入して、様々な色に発色させたもので、ステンドグラスはカットした色ガラスを鉛ケイムでつなげてパネル状にしたものです」

 

──パネルにしてつなぎ合わせて作るのがステンドグラスなんですね
「ステンドグラスには色々な技法があります。例えば幼稚園の礼拝室のステンドグラスで言えば、正面のステンドグラスにはめ込まれていたキリストの顔や羊の線や洋服の線は絵付けの技法で作られています。ちなみに絵付けの技法とはガラス用の顔料で絵を描いて、電気炉で600度くらいの温度で焼き付ける技法です」

 

キリストの顔や羊の線や洋服の線とそれ以外の部分で違いがある。

 

聞けば聞くほど、奥深いステンドグラスの世界。本日の作業を行った増渕さんはデザイナーでもあると言います。そこで本当は自らデザインを行いたいのではと聞いてみたところ、
「ステンドグラスは一度制作したら、なかなか作り変えることのないものです。補修して長く使われていくのが一番だと思っています」
とほほ笑まれました。

1995年から29年間も幼稚園の礼拝室を彩ってきたステンドグラスは、新園舎に移設され、これからも優しい光で子ども達を包み続けることでしょう。

工房でクリーニングされ、美しく生まれ変わったステンドグラス

 

新しい礼拝室に取り付けられたステンドグラス