Christianity キリスト教 図書紹介

心揺さぶる祈りの詞華集『祈りの花束 聖書から現代までのキリスト者の祈り』

青山学院高等部宗教主任・教諭

山元 克之

「国と、人種と、階級を分裂させる憎しみを、父よ、赦したまえ。
自分に属さぬものを所有しようとする国と個人の欲望を、父よ、赦したまえ。
人間の労苦を悪用し、地球を荒廃させる貪欲を、父よ、赦したまえ。
自分以外の者の幸福や繁栄を羨む思いを、父よ、赦したまえ。
家を失った者、他国から逃れてきた者の苦境に対する無関心を、父よ、赦したまえ。
男女を問わず、人間の体をいまわしい目的のために用いようとする欲望を、父よ、赦したまえ。
自分に依り頼み、神に信頼することを望まない傲慢を、父よ、赦したまえ。」

(コヴェントリー寺院の祈り)

 

この祈りは、ここに紹介する本に出てくる祈りの一つです。第二次世界大戦中に空襲を受けた教会が、戦後新しい会堂を建て直し、かつての敵国との和解のために、毎日正午にささげられている祈りであることがその本には記されています。

ただ、この祈りは文脈の違う私たの現実にも共通するのではないでしょうか。祈りには時や空間を超えて共感できるものが多くあります。

 

私は生まれ育った町を、10歳の時、父親の転勤のため離れることになりました。いつまでも一緒に育っていくと思っていた友達との別れの時でした。それは私にとって初めて、大切なものを失うという経験だったと思います。

別れの日、友達や、小学校の先生から色々な物をもらいました。一生大切にしようと、段ボールに「宝箱」と書いてその中に入れて、しまっておきました。しかし、今はもうどこにあるのかわかりません。

その後も繰り返した引っ越しの時に捨ててしまったのかもしれません。ただ、今でも残っているものが、一つだけあります。それは小学校1、2年時の担任の先生がくださった色紙です。

それも形として残っているわけではありません。残っているのは、色紙に書かれた言葉で、大切なものを失った私が、また人生の様々な場面で、その色紙に書かれた言葉に何度も励まされたからでした。

そこに書かれていたのは、このような言葉でした。

 

「変えることのできないものを受け入れる力を 変えるべきものを変える勇気を、そして、変えられないものと変えるべきものを見分ける賢さを。」

 

この言葉が、ラインホルド・ニーバーの祈りと知ったのは、キリスト教学校に入学してからでした。色紙をくださったその先生がクリスチャンだったかどうかはわかりません。

私もクリスチャンホームで育ったわけではありません。それでも、その言葉が私の心を揺さぶり、支えになっていたということは事実で、祈りは人を支える力になるということを思わされます。

 

私たちには様々な感情があります。喜びや、悲しみ、憤り、感謝、罪意識、願いや、同情する思い、友を思う気持ちや不安。そういった中で、そっと私たちの感情に寄り添ってくれる祈りは、私たちを支えてくれます。

ここに紹介する本は、アウグスティヌスなど教父の祈りや、ルターなど宗教改革者たちの祈り、キルケゴールやドストエフスキーなど近代の人たちの祈りや、キング牧師やマザー・テレサなど現代の人たちの祈りまで、キリスト教の歴史の中で連綿と続いてきた信仰者たちの祈りが集められています。

有名な人たちばかりではなく名もなき人の祈りもまた、琴線に触れるものです。感動的な珠玉の祈りは、時代を超え、場所を超えて、私たちの心を揺さぶり、励まし、まるで自分の祈りとしての新たな響きが生まれることでしょう。

 

書籍情報

ヴェロニカ・ズンデル 編
中村妙子 訳
新教出版社 1987年
3,000円+税

「青山学報」268号(2019年6月発行)より転載