Column コラム

インバウンド・ツーリズム〈1〉日本の国際観光のいま

青山学院大学社会情報学部教授

長橋 透

2020年の東京オリンピック・パラリンピックの開催を控えて、インバウンド・ツーリズム(以下インバウンド)と言われる日本への外国人旅行者の増加が期待されています。テレビや新聞などでは訪日外国人旅行者の話題がよく取り上げられていますし、街を歩けば外国語表記を並列した案内標識もよく目にします。また知り合いのタクシー運転手さんからは、外国人のお客さんを乗せたときに、「AKASAKA Please」が「赤坂プリンス」と聞こえて赤坂プリンスホテルに行ってしまったという話も聞きました。
そこでこれから4回の連載を通じて、ますます身近になった日本の国際観光、なかでもインバウンドにまつわるいくつかの話題を中心にして、ときにはすこし辛口の視点も加えながら、紹介していきたいと思います。まず今回は、日本における国際観光の現状から概観してみましょう(図表1)。

図表1 日本の国際観光の動き(旅行者数)

図表1 日本の国際観光の動き(旅行者数)

 

インバウンドの現状

インバウンドで特筆すべきは、2003年1月の小泉首相(当時)の所信表明演説です。このとき小泉首相は観光立国を目指すことを高らかに宣言し、2010年までに外国人旅行者を1,000万人にするという数値目標を設定しました。この当時の国際観光の状況は、インバウンドが500万人程度であるのに対して日本人の海外旅行を意味するアウトバウンド・ツーリズム(以下アウトバウンド)は1,600万人台であり、3倍以上の開きがありました。そこでこのギャップを埋めるためにインバウンド促進政策がとられましたが、その本当の目的は90年代初めのバブル崩壊に起因する景気停滞を少しでも回復させたいというところにありました。いわゆる、観光の経済効果に着目したのです。
2003年には初めての官民挙げた観光プロモーション戦略、「ビジット・ジャパン・キャンペーン」を立ち上げました。その効果でしょうか、2013年に悲願の1,000万人超えを達成すると、2015年には1,974万人、そして2016年には2,404万人を達成しました。
それでは、どこの国からの旅行者が多いのでしょうか。観光白書(平成28年版)の2015年データ(図表2)によれば、第1位は中国、第2位は韓国、そして第3位は台湾でした。この3か国だけでも全体の6割強を占めていますし、アジア全体では8割強を占めることがわかります。2002年当時もすでにアジア全体で約6割を占めていましたが、その中にあってアメリカが第4位(14%)と健闘していました。それが2015年には6.4%に半減しました。これはアジアからの旅行者が急増したからですが、その主因はアジア各国の経済力が高まったことにあります。加えてそれを強力に後押ししたのは、中国をはじめとするアジア諸国に対する観光ビザの要件緩和がなされたからです。

図表2 外国人旅行者の国・地域別割合(2015)

図表2 外国人旅行者の国・地域別割合(2015)

 

私たちは、外国人旅行者のほとんどがアジアの国々からの短期滞在者であることをしっかり認識しつつ、同時に比較的長い日数滞在すると言われる欧米からの旅行者についても目を向けることが必要です。D.アトキンソン氏は、日本には観光大国となる4要素(自然・気候・文化・食事)があるのだから、外国人旅行者の多様なニーズに応える多様な観光形態を提供し、かつサービス内容に見合う金額をしっかり受け取るという視点が重要であると指摘しています。そうすることにより、インバウンドによる高い経済効果が期待できるというのです。政府は2017年3月に、アトキンソン氏の主張を盛り込んだ観光立国推進基本計画(第3次)を策定しました。そこには皆さんもご承知のように、2020年までに4,000万人を目指すことが明記されました。

 

アウトバウンドの現状

2016年のアウトバウンドは1,712万人でした。図表1を見ると、2014年まではアウトバウンドの方がインバウンドを上回っており、2015年の逆転は実に45年ぶりのことでした。
そもそも日本人の海外旅行が自由化されたのは1964年のことです。それ以前は、政府ミッションやビジネス、そして留学以外の渡航は認められていませんでした。しかもこのときに持ち出せる外貨は500ドル(18万円)、そして年に1回限りでした。今では年に何度も行けますし、外貨の持ち出し制限も原則ありません。
しかし1990年代後半から1,700万人の壁にぶつかり、政府目標の2,000万人の実現は難しそうです。若者が外国に興味を持たなくなり海外旅行が減ったと言われますが、そもそも若年人口自体が減少していることも一因です。しかし世界中で内向きの声が高まっている今だからこそ、日本の若者が多様性に触れることができる海外旅行に出かけていく意義は大きいのではないでしょうか。次回は、インバウンド促進政策を中心に進めていきたいと思います。

「青山学報」260号(2017年6月発行)より転載
【次回へ続く】