Column コラム

インバウンド・ツーリズム〈2〉インバウンド促進政策

青山学院大学社会情報学部教授

長橋 透

政府はいま、訪日外国人旅行者促進政策(インバウンド促進政策)として、その数を2020年までに4000万人にするという目標を掲げて邁進しています。最新の2017年版の観光白書によれば、2016年の訪日旅行者数は2404万人であり、前年比22%増でした。アジアからの旅行者が全体の80%超であることも、変わらない傾向です。また日本政府観光局(JNTO)によると2017年1〜6月は1376万人(前年比17%増)でしたから、このままいけば2017年は2800万人を上回る勢いです。

 

インバウンド促進政策のはじまり

現在に至るインバウンド促進政策は、1995年に22年ぶりに出された観光政策審議会答申「今後の観光政策の基本的な方向について」が始まりです。この答申では、「すべての人には旅を楽しむ権利がある」「ものづくり立国から交流立国へ」「観光産業は21世紀の基幹産業」という三本柱が示されました。第一の柱は、何らかのハンディキャップをもつ旅行弱者にも観光はもっと開かれるべきであるという、いわゆる観光のバリアフリー化を意味しています。バリアを「日本語」と考えれば、外国人旅行者への言語対応もその一つです。第二の柱は、さまざまな人々との交流の重要性を説くものです。国際観光の文脈では、多様性を認め合うことの大切さを意味しています。第三の柱は、観光は単なる物見遊山ではなく、21世紀の日本をけん引するエンジンの一つであることを意味しています。

 

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この答申を受けて取りまとめられたのが、1996年の「ウェルカムプラン21」です。ここでは、2005年までに訪日外国人旅行者数を、当時のほぼ2倍の700万人にする初めての数値目標を立てました。この中で外国人旅行者を地方へ誘客するための広域連携の必要性が謳われ、また今は普通に目にする複数言語による案内標識や駅のナンバリング等が推進され、これらは現在も引き継がれています。そして登場するのが、前回も触れた2003年の小泉首相(当時)の所信表明演説(2010年までに1000万人)です。これを実現するために、ビジット・ジャパン・キャンペーンが始められました。このとき初めて首相自らが海外向けのプロモーションビデオに登場し、両手を広げて笑顔で「Welcome to JAPAN(Yokoso!Japan)」と呼びかけました。小泉政権以降、観光立国推進基本法の制定(2006年)、同法に基づく5年ごとの観光立国推進基本計画の策定(2007年)そして観光庁の設立(2008年)といったように観光政策の基盤整備が進みました。

2007年の第一次基本計画では、訪日外国人旅行者数の目標を2010年までに1000万人としましたが、861万人までしか届きませんでした。さらに2012年の第二次基本計画では目標を2016年までに1800万人としましたが、この後外国人旅行者が急増し、5年ごとの基本計画では対応しにくいため、1年単位のアクションプログラムで目標を設定しながら対応してきました。その結果が冒頭の2000万人超えにつながりました。具体的には、中国をはじめとするアジア諸国のビザの要件緩和や免税店の増加、LCC(格安航空会社)やクルーズ船の路線の整備・拡張等そして各種プロモーションが功を奏したと考えられますが、SNSを使った旅行者による生の情報発信の効果も大きかったのではないでしょうか。2017年の第三次基本計画ではそれらの成果を踏まえて、2020年までに4000万人そして2030年には6000万人を目指すことになりました。

 

インバウンド促進と経済学

このように日本のインバウンド促進政策は、誰にもわかりやすい人数という数値目標を前面に押し出してきました。これはこれで、基本法前文に書かれた観光振興目的の一つである「国際相互理解の増進(多様性の尊重)」を図る上で重要です。しかし、本来期待されている観光の経済効果という点からみると、外国人旅行者がどれだけ消費するのかを知る方がはるかに重要です。このインバウンド消費額は2016年には約4兆円であり、基本計画でも2020年には8兆円、そして2030年には15兆円を目標としています。同時に政府は、GDP600兆円を目指しています。とすれば、2020年でみても1.3%の大きさに過ぎません。インバウンド振興策は、景気対策としてはまだパワーが小さいのかもしれません。しかし、その増加率が大きいので注目されているのです。

このインバウンド消費額は、経済学で学ぶGDPの定義式の中の輸出項目に含まれます。この消費額が1単位増加するとGDPをどれだけ増加させるのかを教えてくれるのが、経済学における乗数理論です。例えば輸出が増加するとそれがGDPにもたらす経済効果を外国貿易乗数として学びますが、観光では観光乗数として応用します。観光というと経済効果の話がよく出てきますが、その基本はこの乗数理論です。さらに細かくどの産業分野に経済効果がもたらされるのかをみるためには、産業連関分析という考え方も必要になります。観光についても、ある政策を「客観的」に評価する上で経済学の知識が役に立つのです。

「青山学報」261号(2017年10月発行)より転載

 

【次回へ続く】