Column コラム

次世代Well-Being〈2〉健康福祉分野

大学理工学部経営システム工学科准教授

栗原 陽介

栗原研究室では、計測技術、信号処理を活用したシステム構築に関する研究を行っています。計測対象は特に限定しておらず、言語学習時における脳血流量を計測することもあれば、建設時における杭の掘削孔の形状や地盤の固さの計測、ゴルフスイングにおけるクラブヘッドの軌跡を計測することもあります。その時々で社会ニーズがあるものを計測対象としています。

次世代Well-Being における健康福祉分野での取り組みとして、人間の生体情報、動きを計測することで、高齢者の健康管理を支援するためのシステム構築に取り組んでいます。本稿では、特に睡眠の質を無拘束で評価するシステムについてご紹介します。

 

睡眠の質と健康管理のための睡眠状態モニタリング

睡眠は、我々人間にとって必要不可欠なものです。質の高い睡眠は、脳と体の疲労回復や免疫機能の向上につながり、Well-Being な生活を送るための重要な要素です。睡眠の質は、国際標準であるRechtschaffen & Kales 法( 以下R-K法)により評価されます。R-K法では、一晩の睡眠時間を30秒~1分毎に区切り、睡眠中に計測した脳波、眼球運動、あご筋電(咀嚼する筋肉を動かすときの電圧)をもとに、それぞれの時間を覚醒、レム睡眠(夢をみる睡眠)、ノンレム睡眠1、2、3、4の6段階の睡眠段階に分類します。特にノンレム睡眠3、4は徐波睡眠と呼ばれる深い睡眠状態であり、このときに成長ホルモンが放出され、筋肉や骨の成長、胃腸や肌の修復、さらには疲労の回復が行われます。理想的な睡眠段階の推移は、入床してから、深い睡眠段階が現れるまでの時間が短く、さらに明け方に向かって浅い睡眠と深い睡眠を約90分周期(ウルトラディアンリズム)で繰り返し、徐々に浅い睡眠段階へ推移し起床する睡眠です。しかし、加齢にともない徐波睡眠の出現率は低下し、睡眠中の途中覚醒も増え、質の高い睡眠をとることが難しくなります。そのため高齢者では、たとえ長時間睡眠をとったとしても、疲労が蓄積されたまま起床することが多くなります。日々の睡眠の状態をモニタリングし、自分の睡眠状態を客観的に把握できれば、それに合わせて生活習慣を見直し、少しでも質の高い睡眠へと改善することができます。しかし、R-K法における睡眠段階の判定では、電極を顔中に貼ったまま就寝する必要があるため、日々の睡眠段階の推移を計測するのは困難です。以上のことから、自宅で電極などのセンサを体に設置することなく無拘束で睡眠段階を推定することができれば、日々の睡眠の質を評価することができ、健康管理の一助となります。

 

無拘束生体情報計測システムによる睡眠段階推定システム

本研究室では、無拘束で睡眠中の脈波、呼吸、イビキ、体動などの生体情報を計測するシステムを開発しており、計測された生体情報から睡眠段階を推定するシステムの構築を行っています。

 

図1

図1

図1に、無拘束生体情報計測システムを示します。図1のベッドには、ベッドマットの下にわずかに空気の入ったエアマットレスが設置してあり、その中の空気の圧力を高感度圧力センサで計測します。この状態でベッドの上に横になると、心臓の脈動、呼吸にともなう横隔膜の運動、イビキ、寝返りにともなう体動などによる様々な振動がベッドマットを伝搬し、エアマット内の空気の圧力を変化させます。この圧力変化を高感度圧力センサで計測することで、体にセンサを設置することなく、脈波、呼吸、イビキ、体動を計測することができます。計測した脈波などの生体情報には、自律神経の働きなど様々な情報が含まれており、それらを分析することで睡眠段階を推定します。さらに睡眠段階推移におけるウルトラディアンリズムの準周期性を表すモデルにもとづく状態推定アルゴリズムを用いることで、睡眠段階判定の補正を行う手法も提案しています。以上のように、無拘束で計測した生体情報から睡眠段階を推定することで、高齢者はベッドの上に寝るだけで、一晩の睡眠段階の推移を把握することができます。

本研究室では、上記の睡眠段階推定システム以外にも、高齢者の転倒検知、睡眠中の呼吸停止検知、膀胱内蓄尿量予測など、高齢者がWell-Being な状態で生活するために重要な健康福祉分野における技術課題に取り組んでいます。

高齢社会では、社会保障費の増大、介護負担の増大、生産年齢人口の減少など様々な問題が起こり、日本だけではなく世界的な問題として認識されています。高齢者が安全に、安心してWell-Being な状態で生活するためには、行政による医療福祉の制度の整備だけでなく、産業、学術研究による科学技術的な支援が必要不可欠です。その中で、今回のように「次世代Well-Being」の研究ブランドの旗のもとで、異なる研究分野の研究者が組織的に連携し、学際的に各課題解決に取り組める事業は、日本を含む先進諸国のかかえる諸問題の解決に大きく貢献できるのではないかと考えています。

次回は、知識教育分野の研究をご紹介したいと思います。

 

 

「青山学報」265号(2018年10月発行)より転載
【次回へ続く】