Column コラム

次世代Well-Being〈4〉(最終回)技能伝承分野

大学理工学部経営システム工学科教授

松本 俊之

青山学院大学次世代Well-Beingの研究紹介もこれが最後の記事となります。本稿では技能訓練システム開発に関するお話をしたいと思います。

松本研究室では Industrial Engineering(IE:経営工学)をベースにして、モノづくりのための改善と教育に関する研究を進めています。研究には大きく4つの柱があります。

1つ目として主には実際の生産企業、特に中小企業で生きた問題を取り扱って生産性向上のための改善技術を開発する研究です。例えば、今日の主題である技能訓練システムとして技能の抽出やそれをシステム化して伝達する仕組みを開発しています。他にも目視検査システムの研究もあります。

2つ目として農業にIEを適用するという構想の下、スマートウォッチを身に着けて農作業を行うと、自動的に作業データを記録するシステムの開発を目指しています。

3つ目として教育分野では、経営工学教育を中心としたゲームを開発しています。例えばグローバル生産の理解という視点でボードゲームやコンピュータゲームを開発しています。

4つ目として環境教育に関しては、ゴミ分別ゲームを開発し、小学校で出張授業を行ったこともあります。

今日の主題である生産現場における技能訓練は、ご存知の通り大企業では色々な取り組みがありますが、中小企業ではロボット化や自動化が進んでいないというのが現状です。資金面での難しさもありますし、技能が暗黙知として存在し、形式知化が難しいという面もあります。未だにOJTで教育されることが多いのではないでしょうか。

一方、最近の情報機器や技術の発達で、VR(仮想現実)/AR(拡張現実)/MR(複合現実)という技術を用いた様々な訓練システムが発表されています。避難訓練、エコー検査の訓練、航空機の配線作業シミュレータなどがあります。しかし、まだまだ中小企業までは普及していません。

本プロジェクトが始まる7年前の研究として、旋削加工技術を訓練するシステムを開発しました。この作業は、良い動きをしていると良い音がでるそうで、音階でいうと「ファ♪」という音が出ています。そこで、その音を出すためのシミュレータで作業者の動きを訓練するシステムを開発しました。また、良い削りカスも大事ですので、そのためにどういった動きが最適かという視点で、技能を抽出し、訓練するようなシステムを開発しました。

あるいは、ある企業では、窯の内部が超高温な状態で外部からガスを吹き付ける清掃を約2週間に1回行っています。小さい穴に棒を突っ込み、窯の天井と壁の部分を清掃する作業で、作業者からは清掃する部分が直接見えない上に、3分以内に行う必要があります。まるでウルトラマンみたいですね。しかも如何にきれいに清掃できるかが製品の歩留まりに影響を及ぼし、歩留まり率が1%悪化すると最終工程で数千万円の損失が発生します。これらの理由で、なかなか新人作業者が育たないということを聞きました。そこで、神様みたいな熟練作業者6名の動きをモーションキャプチャで捉え、どんなことを考えてどのように清掃しているかを技能として抽出しました。これを新人作業者に伝授するだけで教育期間が半分程度に短縮されました。また、バーチャル空間で訓練するシステムを開発しました。

MR技能訓練システムの開発
塗装作業における熟練者の動作の特徴を考慮したMR技能訓練システムの開発(2017, 矢澤)

 

それから、40名ぐらいの中小企業で行われている塗装作業の訓練システムを開発しました。先程のモーションキャプチャは企業で購入すると1000万円ぐらい、安いもので600万円ぐらいですが、それを使ってまずは技能を抽出しました。塗装でどんなことをどのように実現しているかのデータを取り、先程の研究同様、プロジェクタで提示するシステムまで開発しました。しかし、費用面から企業ではなかなか導入できません。

そこで、本プロジェクトでは、モーションセンサのKinect v2とフィンガポインタで動きを抽出して、その動きから道具を推定し、塗装状態を再現。それをパソコンで評価して、MRヘッドセットのHololensで映し出すという仕組みを開発しています。設備費として40万円もしません。本システムはMRとして画面上に対象物が見えて教示されるというシステムです。

具体的には、まず作業訓練者の骨格をKinect v2で抽出します。次に塗装の品質です。実際に計測したデータはガタガタしておりますので、塗膜厚を同時確率密度関数でモデル化しました。また、訓練者へのフィードバックとして、実際にどのように塗装されるか、動きが熟練者とどの程度違うか、Hololens上に教示されるというフィードバックを考えています。

現在、サブシステムがすべてでき上がり、今後は実際に違和感なく動作するように改良したいと考えています。

 

 

「青山学報」267号(2019年3月発行)より転載