Column コラム

フィンランド 〜1年間暮らして考えたこと〜 【第2回】

青山学院大学教育人間科学部教育学科教授

杉本 卓

寒い時期になると思い出すフィンランドの印象的な光景の一つは、ちょっと不思議に思うかもしれませんが、墓地です。

11月と12月に一度ずつ、タンペレの大きな墓地を訪れました。タンペレ大学から歩いてほんの数分、タンペレ市の中心部から徒歩圏内のカレヴァンカンガス墓地(Kalevankankaan hautausmaa)という、森の中に多数の墓石が並んでいるとても穏やかなところです。

 

諸聖人の日

11月に墓地を訪れた日は、「諸聖人の日」(pyhäinpäivä)という祝日です。10月31日から11月6日の間の土曜日がこの祝日になっていて、私が滞在していた2019年は11月2日でした。私より少し年長のフィンランド人夫婦が午後から一緒に過ごそうと誘ってくれて、15時に墓地の入り口で待ち合わせました。時々雨がぱらつくどんよりとした寒い日でしたが、家族連れで墓地を訪れる人がたくさんいました。この日はフィンランド人にとって、お墓参りをする日なのです。

 

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木々に囲まれろうそくが灯る墓地

 

知人夫婦の親族・友人のお墓をお参りしたあと、墓地の中を散策しました。多くのお墓に、ろうそくが供えられていました。私たちが訪れた時間はまだ明るかったのですが、11月初めのタンペレは16時ごろになると日が沈みます。夜の間ずっとろうそくが灯っていて、とてもきれいだと知人が教えてくれました。

 

親族・知人のお墓の他に、多くの人々が足を止めるところがいくつかあります。その一つは、有名人のお墓です。例えば、ヴァイノ・リンナ(Väinö Linna)という作家は、第二次世界大戦でのソ連との戦争を描いた『無名戦士』(1954年)という小説で有名ですが、彼のお墓もこの墓地にあります。『無名戦士』はフィンランド人なら誰でも知っている作品で、従軍経験もある作者が一兵卒の視点で兵士たちを描いたものです。

 

もう一つは、お墓が遠方にあるためにお参りすることができなかったり難しかったりする人々が、ろうそくをお供えする場所です。そこで知人が話してくれたことが、とても印象深く記憶に残っています。

 

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お墓が遠隔地にある人々がろうそくをお供えする場所

 

彼女の先祖のお墓は、ソ連との冬戦争(1939-1940年)でフィンランドが敗戦し、ソ連の領土となってしまったところにあるそうです。冬戦争は、フィンランド人にとってとても重要な戦争です。1939年11月末にソ連がフィンランドに侵攻し、フィンランドは多くの犠牲を出しながらも激しく戦い独立を守りました。しかし、敗戦によって当時のフィンランドの国土の約10%がソ連のものとなり、そこに住んでいたフィンランド人は移住を強いられました。知人の先祖のお墓は、その地域にあるためお墓参りに行けず、ここにろうそくを置いてお参りをするのだと説明してくれました。

リンナの『無名戦士』の舞台となっている戦争は、第二次世界大戦でのソ連との戦いですが、フィンランド人にとっては冬戦争の「続き」なので「継続戦争」と呼ばれています。この墓地には、冬戦争と継続戦争で亡くなった方々のお墓と記念碑もあります。

 

クリスマスイブ

墓地を歩きながら、クリスマスイブも家族でお墓参りをする日だと教えてくれました。そこで、クリスマスイブにも19時半から1時間ほど、墓地の散策に行きました。木々に囲まれてたくさんのろうそくが灯っている光景は、実に静かで美しいものです。

この日、冬戦争と継続戦争の記念碑のところでは、4名の兵士が立って記念碑とお墓を守っていました。

 

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冬戦争・継続戦争の記念碑

 

諸聖人の日には立ち寄らなかったのですが、フィンランド独立直後の内戦の碑もあります。内戦はフィンランド人同士が戦ったため、フィンランド人はあまり話題にしたがらないと聞いたことがあります。諸聖人の日に知人夫婦がここに連れて行かなかったのは、そのせいなのかどうかわかりませんが、ここにも多数のろうそくが供えられていました。タンペレは内戦の際の激戦地でした。

 

フィンランドは1917年に独立しましたが、独立国家となってからの30年弱の間に、内戦(1918年)、冬戦争(1939-40年)、継続戦争(1941-45年)と三つの大きな戦争を経験し、その影響は人々の心の奥にまだ様々な形で残っていますし、フィンランドの社会・教育を形成していく大きな基盤の一つにもなっています。

 

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内戦の記念碑

 

 

フィンランドらしいディナー

諸聖人の日は、墓地を散策したあと、知人宅で一緒に食事を作って楽しみました。知人夫婦と我々夫婦のうち、女性陣はスープと前菜、男性陣はメイン料理を担当しました。

 

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メインディッシュ作り

 

スープに入れたキノコは、日本語ではミキイロウスタケと言うようですが、スッピロヴァフヴェロ(suppilovahvero)という種類です。前菜は、スモークしたサーモンとトナカイ肉。メインは、リンゴンベリーのソースとマッシュポテトを添えた鹿肉のミートボール。デザートは、様々な種類のベリーを添えたアイスクリームです。

 

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フィンランドらしいディナー

 

フィンランド人はコーヒー好きで知られていますが、お茶を飲む人も少なくありませんし、お茶を扱っているフィンランドの会社も複数あります。食後には、フォルスマン(Forsman)というフィンランドの会社のフィンランディア(Finlandia)という紅茶を淹れてくれました。この名前はもちろん、シベリウス作曲の有名な交響詩『フィンランディア』にちなんだものです。知人は「サウナの香りがする」と笑いながら言っていましたが、パッケージの説明によると、ラプサン・スーチョン(台湾紅茶)をベースに、トウヒなど針葉樹の根で香りづけし、レモンのフレーバーを加えたものです。

 

フィンランド人にとって、諸聖人の日やクリスマスイブは、亡くなった人たちに思いを馳せ、家族で食事を共にしながら、静かにかつ楽しく過ごす日なのです。