Column コラム

フィンランド 〜1年間暮らして考えたこと〜 【第4回】

青山学院大学教育人間科学部教育学科教授

杉本 卓

第1回のコラムでも書きましたが、在外研究でフィンランドに1年間滞在した目的は、フィンランドの学校の授業を見たり、教員に話を聞いたりすることでした。そのきっかけの1つは、在外研究に行く約2年前の2017年8月下旬にフィンランドを訪れた際に見学した中学校の授業でした。

 

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2017年に訪れた中学校のエントランスと、同じ建物の図書館

 

 

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自転車通学の生徒も多い

 

見学した中学校は、タンペレ市内の中心部からバスで20分ほどのところにあります。タンペレの中心部は集合住宅がほとんどですが、この学校のある地域は、商店や飲食店はほとんどなく、戸建て住宅や低層の集合住宅が並ぶ落ち着いた住宅街です。2017年のフィンランド訪問時は、中学校からほど近い、緑に囲まれた知人宅に数日宿泊していました。

 

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中学校周辺の住宅街

 

この中学校で、英語の授業を1コマ見学し、授業をした教員とICT担当の教員のおふたりと授業後に30分ほどお話をしました。

 

反対語を答える練習問題

授業の前半は練習問題の「答え合わせ」だったのですが、興味深いことが2つありました。
この日の練習問題は、反対語を書くという問題で、図に示したように、問題文の下にいくつか解答に使える単語がリストアップされており、その後に反対語を答えるべき単語が並んでいました。

 

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反対語を答える練習問題

 

この問題を見ると、「1~6の単語の反対語をボックスの中の単語から選んで答えればいいのだな」と考えると思います。つまり、「正解」が1つもしくは少数あって、それを正しく答えればいいということだと考えますよね。そして「答え合わせ」というのは、教員が用意した「正解」と自分の書いた答えが合致したかどうかを確認することだと思うのではないでしょうか。また、その「正解」は、すでに教科書に出てきたなど、授業で習ったものだと思うのではないでしょうか。

 

ところが、この授業では、かなり様子が違いました。教室前方のスクリーンには、生徒に配布したプリントを教員が投影しており、それぞれの問題について生徒にどのような答えを考えたかを発言させた後、教員があらかじめ用意していた解答をスクリーンに提示していました。しかし、例えば1問目の「unknown」の横には、生徒が解答を書き込むスペースを示す下線が2行にわたって引いてあります。ところが、ボックスの中に並んでいる単語を見ても、「unknown」の反対語にあたるのは、「famous」1つしか見当たりません。

 

教員が「まず1問目は?」と問いかけると、生徒たちは自分が書いている答えを次々と発言します。この時点で、正解を選択肢から選ぶということではないのだとわかります。ボックスの中の単語は、あくまで「手がかり」に過ぎません。生徒たちは、「反対語はボックスの中にもあるだろうけれど、それ以外にも反対語になる単語はないかな」と考え、発言しているのです。例えば、生徒たちからは「notable」などという単語が出てきました。

 

教員が用意してスクリーンに提示した「正解」は、ボックスの中にある「famous」に加えて、ボックスの中にはない「well-known」というものもありました。問題によっては、教員がスクリーンに提示する解答は1つだけの場合もありましたし、2つの場合もありました。スクリーンに提示する単語だけが正解ではなく、生徒が発言するたびに教員は「それも反対語としていいね」「それもよさそうだね」など肯定的な反応を返していました。教員はスクリーンに提示する解答だけでなく、「他にもこんな単語もあるよ」と口頭で添えることもありました。

 

また、とても興味深いと思ったのは、問題によっては教員が生徒の答えをいくつか聞いた後に、「この単語はまだテキストには出てきていないけど」と言いながら生徒から出てきていない単語を示すことがありました。

 

以上のことから、「1つの正解を求めているのではない」ということがよくわかります。ある単語について1つないし少数の反対語を知ること・覚えることを求めているのではなく、単語の意味をよく考え、「反対語」になりうるものを調べたり考えたりするという、「考えるプロセス」を大事にしているわけです。

 

さらに、教科書・テキストは学ぶための材料の1つととらえていることも、重要です。「まだテキストには出てきていないけど」と教員が言っていたことについて、授業後に教員と話した際に「あれは意図的に言っていたの?」と確認をしました。それに対して「もちろん。教科書はあくまでリソースの1つで、教科書やその他の情報源も使いながら自分で学ぶことが大事なのですよね」と授業の担当教員は話してくれました。

 

このような授業は、フィンランドの「ナショナル・コア・カリキュラム」(日本の学習指導要領にあたる)の方針と合致しており、この授業に特別なことではなく、フィンランドのすべての学校で目指され実践されていることなのです。

 

 

デジタル機器の活用

授業の後半は、教員がウェブ上に用意した情報リソースについて、教員が説明し生徒たちがアクセスしてみるという時間でした。そこには、ネット上で無料で使用できる辞書類へのリンク、テキストの文章の内容に関連した文章や動画などへのリンク、といったものが集められています。私が見学した8月下旬は年度初めの時期で、このリソースを教員が生徒たちに見せたのはこの時間が初めてでした。「このようなリンク集を授業用に作り、今後活用するので、実際にアクセスしてみてイメージをつかんでもらう」という趣旨でこの時間を設けたようです。

 

ここで、生徒たちがどのような機器を使用していたのかというのが、気になるかもしれません。2017年当時でも、「フィンランドの学校ではデジタル機器の活用が進んでいて、生徒1人に1台のノートパソコンやタブレットが支給されている」というような記事が日本でしばしばみられました。あたかもフィンランドの学校はすべて、(当時の)日本と違ってデジタル機器がふんだんに導入され、教員も生徒たちもそれを大いに活用して先進的な授業が行われているのだ、という調子の記事も少なからずありました。しかし、この学校はそれとは異なります。知人宅の近くにたまたまある、普通の学校の普段の様子を見たわけですが、生徒1人に1台のコンピュータなどありませんでした。20台ほどのノートパソコンが入ったボックス2セットを学校全体で共有しており、パソコンを授業で使用したい教員がいれば予約をして教室に持っていく、という形でした。

 

さらに、1セットではクラス全員の人数にも足りません。ノートパソコンが行き渡らない数名の生徒はどうするのでしょうか? 授業の後半にパソコンを使う時間になり、生徒たちの大部分が教室の前にノートパソコンを取りに行く間、数名の生徒は自分のスマートフォンを取り出しました。授業後に教員に聞いた話によると、授業でのみ使用するという条件で親と学校の許可を得ている生徒は、授業中にスマートフォンを使用してよいことにしているということでした。

 

学校でのデジタル機器設置状況が、当時の日本の多くの小中高校と同様、まだ課題がある状態であることを目の当たりにして、教育が進んでいると言われるフィンランドにおいて、そのような状況でどのようにデジタル機器を使用しているのか、教員たちがどのようにデジタル機器の活用について考えているのか、などを深く知りたいという思いが強くなりました。

 

なお、この学校ではデジタル機器の設置がまだ進んでいない中で、教員たちがそうした機器を授業で使用することについてどう考えているのか、話を聞きました。その中で、「積極的に授業で使おうという教員と消極的な教員と、どれくらいの割合?」とICT担当の教員に尋ねてみたところ、「3:7くらいかな」と苦笑していました。念のため「どっちが3でどっちが7?」と聞いてみたところ、「もちろん積極的な方が3」とのことでした。

 

たまたま知人宅の近所にある中学校に、教育関係者でもない知人が見学をお願いしてくれて、「ごく普通の」学校の授業を見て、教員たちと話をすることができました。そして、「フィンランドの学校・授業はこんなに進んでいる」ということではなく、環境が整っていない部分がある中でも、教員たちが何を大切に授業をしているのかということがよく感じられました。そのため、「先進的な取り組みを見る」ことではなく、フィンランドに腰を落ち着けて、もっと深くじっくりと授業実践を見たり教員と話をしたいと考えたわけです。

 

 

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知人宅でいただいたフィンランドらしい朝食

 

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緑豊かな知人宅の庭