天竺にあかねさす【第4回 ションコ・ゴーシュの詩】
2026/01/10
2023年、ビッショ・バロティ(タゴール国際大学)の客員教授を務めることが決まったとき、滞在中にぜひとも入手したいベンガル語の詩集がありました。それは、ベンガル地方出身の現代詩人ションコ・ゴーシュの詩集です。特にその中の「怖れ」という作品をベンガル語の原文で読みたいと思っていました。
以前、丹羽京子氏が編訳した『ベンガル詩選集 もうひとつの夢』(公益財団法人 大同生命国際文化基金、2013)を読んでいたときに、「怖れ」の日本語訳に出合いました。
「怖れ」は、2016年8月に私が初めてインドを訪問したときに、コルカタで目にした情景を思い起こさせました。この訪問はビッショ・バロティ大学で開催された国際学会に参加するためのものでした。旅行の間、日本からの学会参加者と一緒に行動していましたが、コルカタで帰国便を待つ一日は、単独行動となりました。
私にはコルカタでどうしても訪ねたい場所がありました。この地で貧しい人々や病に苦しむ人々の支援に尽力したマザー・テレサの「マザー・ハウス」です。その当時、思い悩むことがあった私は、平安を求め、「マザー・ハウス」で祈りを捧げたいと考えたのです。

ホテルを出てすぐ、衝撃的なことが起こりました。まだ10代と思える小柄な女性が、赤ん坊を抱いたまま、裸足で近づいてきて、私に右手を差し出し物乞いをしたのです。物乞いに金品を渡すと大勢の人が集まって来て大変なことになる、という旅行ガイドの注意書きが頭をよぎり、私は歩みを止めずにその場を去りました。
強烈な印象を胸にとどめ、「マザー・ハウス」にたどり着いた私は、マザー・テレサの墓所で跪(ひざまず)いて祈り始めました。少しして、向かい側に白い服を着た青年が現れました。彼は涙を流しながら祈り始めましたが、その手には手錠がはめられていたのです。

帰国後すぐにコルカタの印象を書き留めようとして、気づけばそれは詩の形になっていました。
ションコ・ゴーシュは1932年生まれ。COVID-19に感染して2021年4月に89歳で亡くなりました。インド社会の貧困や差別に鋭い批判の目を向けてきた詩人でした。その詩のことばはどこまでも温かです。

2016年のインド訪問後、『ベンガル詩選集 もうひとつの夢』を読み始めたところ、ゴーシュの「怖れ」に出合い、ページをめくる手が止まりました。コルカタの街の風景とともに、赤ん坊を抱いた女性や白い服の青年の姿が鮮明によみがえってきました。そしてこの詩の、雨の中、物乞いをする少女にそっと寄り添う「わたし」のまなざしに深い感銘を受けました。
しかし、この「わたし」は誰なのか。作者なのか、母なのか、神なのか。また、この作品の核心と思われる末尾の「その唇の端で雲が千切れ/一筋の光がこぼれるときには」の意味するところは何か。丹羽氏の本には、C.I.T.ロードが「コルカタにある通りの名前」という注があるだけでした。
インドで原文を手に入れることができれば、これらの疑問が解けると思いました。

2023年8月26日の在コルカタ日本総領事館主催の講演会(【天竺にあかねさす・第3回 コルカタ講演旅行】参照)から宿泊先のシャンティニケトンに戻ったあと、旧知のシュボジット・チャタルジーさん(現在ナヴァ・ナーランダ大学助教授)とビッショ・バロティ大学の学生さんとともに、大学近くの書店に行きました。その1軒にションコ・ゴーシュの詩集が何冊も置かれていました。コルカタのオックスフォード・ブックストアではゴーシュの詩集は1冊しかなかったので、驚喜しました。

装丁が目を引く2冊を購入して急ぎ宿舎に戻り、シュボジットさんたちに「怖れ」が入っているかどうか調べてもらいました。その1冊の目次にভয় Bhaẏa(怖れ)がありました。ところが、喜びも束の間、それは同じタイトルの、別内容の作品でした。
諦めかけたところで、オックスフォード・ブックストアの社長さんが美しく包装してプレゼントしてくれたゴーシュの選詩集のことを思い出しました。包装を解き、目次のないこの詩集をシュボジットさんたちが1ページ1ページ、丹念に確認していきます。そしてとうとう探していたভয় Bhaẏaを見つけたのです。
早速、シュボジットさんを質問攻めにしました。彼によれば、この詩は女性の話し方のスタイルで書かれているとのこと。「わたし」は少女の母であったのです。「なにを怖がることがある?」と少女を安心させながら、少女が眠ると「けれどわたしも怖くなる」という、母の揺れる心がこの詩には表現されていたことがわかりました。
そして、末尾の「その唇の端で雲が千切れ/一筋の光がこぼれるときには」は、
けれどわたしも怖くなる
彼女が寝てしまうと
その口の端で黒いおそろしい雲がこわれ
太陽の光がこぼれることを願う
という意味であることを説明してくれました。つまり、この詩句には、貧困の中にあってもなお、希望を持ち続ける母の祈りが表現されていたのです。
コルカタで目にした人々の姿に、一筋の光が射したように思いました。シュボジットさんの解説によって、「怖れ」は一層忘れ難い作品となりました。
