Column コラム

イギリス流クリスマスの楽しみ方【佐久間康夫の「この世という広大な劇場」第1回】

青山学院大学文学部比較芸術学科教授

佐久間 康夫

今回から佐久間康夫先生が愛してやまないイギリスの文化と演劇にまつわる話題を取り上げる連載が始まります。ぜひお楽しみください!(アオガクプラス編集部)

 

クリスマスの風物詩

日本ではクリスマスのお祝いは12月25日までという印象ですが、イギリスでは新年の十二夜(1月6日)までがクリスマス・シーズンです。イギリスの冬は長く厳しいですが、メキシコ暖流のおかげか、雪が降ることは比較的珍しく、逆に、霧が立ち込めて視界をうばわれることもしばしばです。見渡すかぎり霜(グラウンド・フロスト)が降りた白一色の世界では、いつもは楽しいドライブにたいへん気をつかいます。

ケンブリッジで住んでいた自宅の庭。凍てつく寒さが身にしみる冬

 

リージェント・ストリートのような目抜き通りには、目にもあざやかなクリスマスの飾り付けがなされ、ロンドンのクリスマスを彩る風物詩となります。ハロッズなどの有名デパートの装いはまるでテーマ・パークを思わせます。トラファルガー・スクエアでは1947年以来、第2次世界大戦でイギリスから受けた支援に感謝して、ノルウェーから毎年巨大なクリスマス・ツリーが届けられ、聖歌が夜ごと歌われます。

この時期の芝居で忘れられないのが、「パントマイム」です。パントマイムと聞くと、いわゆる無言劇を連想しがちですが、イギリスでは、クリスマス・シーズンに上演される、ファミリー向けのこっけいなミュージカルのことを指します。「おとぎ芝居」とでも訳せばわかりやすいでしょうか。

その題材は例えば『シンデレラ』や『白雪姫』など、おなじみの内容ばかり。人気のある若手俳優が主役を務め、女装した男優が笑いを取ります。観客とキャストが大声でやりとりをしたり、一緒に歌を歌ったりと、老いも若きもイギリス人がこんなにおおらかに感情を表すのかと驚かされます。観客参加を演出の一部とした舞台の興奮は、察していただくほかありません。

パントマイムを上演する劇場のポスター

 

9レッスンズ&キャロルズ

今年も青山学院大学の聖歌隊によるクリスマス奉唱会が12月21日に開催されます。イギリスのケンブリッジ大学キングズ・コレッジの聖歌隊によるクリスマス礼拝の流儀に則ったものです。ケンブリッジで学ばれた那須輝彦先生(文学部比較芸術学科教授)が指揮するのですから、まさに本場直輸入です。身にまとう聖歌隊服(正式にはキャソックとサープリスというそうです)もイギリスで作られた純正品とか。

英語の名称は“9 Lessons and Carols”です。レッスンとは、つまり聖書の教えのこと。アダムとイヴがエデンの園から追放されるといった挿話から、イエス誕生に至るまでの聖書の物語を、9名の朗読者が次々に読んでいきます。朗読の間をつなぐように、心洗われるキャロル(讃美歌)が歌われ、最後には金管楽器や打楽器も参加し、御子イエス誕生を盛大に祝い、締めくくられます。

この奉唱会のオープニングに注目してください。礼拝堂の後方で、讃美歌469番「ダビデの村のうまやのうちに」がおもむろにソプラノ歌手によって歌いだされます。やがて独唱はおごそかな合唱へ移行すると、聖歌隊は指揮者を先頭に、客席通路をゆっくりと進み、正面の祭壇に登壇します。

このあたりの流れは、ミュージカル『ライオンキング』で、ジャングルの動物たちが一斉に客席を通って舞台に登場するオープニングに似ていると思いませんか? 『ライオンキング』はライオンの王子の誕生を祝う場面から始まりますが、あの演出はイギリスに古来伝わるイエス誕生の儀式を模したのではないか。私はいつもそう思っています。

 

キリスト教と芝居のふしぎなつながり

ヨーロッパの演劇のルーツをたどっていくと、古代ギリシャの神々へささげた儀式にさかのぼることができます。時代がくだり、キリスト教がヨーロッパの精神的支柱となった時代には、キリスト教の礼拝に芝居が組み込まれるようになります。聖書の内容を劇の形で示すことで、キリスト教のメッセージを民衆に分かりやすく伝えようとしたわけです。

キリスト教主義の学校に通った方には、クリスマスのころにイエスの生誕を描くお芝居に出演したという経験のある人も多いでしょう。目の前で、直接、言葉を語るという芝居の形にするほうが、例えば黙読するのに比べて、はるかに訴えかける力が強く、それだけ会衆の理解も深まるからです。

演劇とキリスト教には類似点が見られます。礼拝堂の祭壇は劇場の舞台、説教師は役者、礼拝に参加する会衆は芝居の観客、バイブルは芝居の台本に当たるといえます。このように、演劇を作りあげている要素には、じつはキリスト教の礼拝と共通点が多いことがわかりますね。何らかのメッセージを伝えるメディアという意味でも、演劇とキリスト教はよく似ているのです。

中世以降の西洋演劇の歴史をみますと、芝居の内容は徐々に聖書を離れ、世俗化されてゆき、ついには教会と軋轢を起こす事態も生じてしまいます。しかし演劇の中には、様々な形でキリスト教の影響が色濃く残されていくのです。

ケンブリッジ北郊にあるイーリー大聖堂の巨大なクリスマス・ツリー

[Photo:佐久間 康夫]

 

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