Column コラム

【佐久間康夫の「この世という広大な劇場」】第2回 山と湖の国スコットランド

青山学院大学文学部比較芸術学科教授

佐久間 康夫

多様な文化を織り成す魅力

2019年に開催されたラグビーワールドカップで、スコットランド代表チームの着用したユニフォームの一部に、「長崎タータン」という緑と紫のチェックの柄が使われていることが話題になりました。グラバー邸で知られる貿易商トマス・グラバーがスコットランドのアバディーン市の出身という縁で、長崎市とアバディーン市の友好関係が生まれ、伝統的なタータンの柄が贈呈されたそうです。日本とスコットランドの意外なつながりに喜びを覚えました。

 

スコットランドに熱烈な愛情を寄せて「山と湖の国」と歌ったのは19世紀の小説家ウォルター・スコットでした。とくにハイランズ(高地地方)に行くと、深い森の合間を縫うように神秘的な湖の点在する風景が見られ、まるでおとぎの国に迷い込んだような気になります。そんなスコットランドを代表する湖がネス湖です。ネス湖は細長い形状で対岸が見渡せるため大きさを実感しにくいのですが、全長35キロ、水深200メートル超というその規模たるや、イングランド中の湖すべての貯水量を上回るのだそうです。

山と湖の国スコットランドを代表するハイランズの風景

 

ところで、湖のことを現地では英語の「レイク」ではなく、「ロッホ」(Loch)という語を用いています。日本でも話題に上ることがあるネス湖の恐竜「ネッシー」も「ロッホ・ネス・モンスター」と呼ばれています。イギリスといえば英語の本家本元という思い込みがありますが、じつはスコットランドには英語とは異なるゲール語と呼ばれる民族固有の言語があり、いわばバイリンガルのお国柄なわけです。「ロッホ」もそのゲール語ですが、教会の日曜礼拝が英語とゲール語の2か国語で行われているという掲示を目にした時には、驚いたものです。

まるで本物のように見えるネス湖の恐竜の像

 

スコットランドの音楽というと、哀愁にみちたバグパイプの響きを思い浮かべる人が多いでしょうが、「蛍の光」がもとはスコットランド民謡であることはご存知でしたか?

歌詞は18世紀の国民詩人ロバート・バーンズの手になるものが知られており、原題は「オールド・ラング・ザイン」(Auld Lang Syne)といいます。これは「すぎさりし日々」という意味の古語で、旧友との思い出をなつかしむ内容は、日本語の「蛍の光」の歌詞とはまったく関係ありません。現地では、卒業式ではなく、大みそかに新年の到来を祝って歌われる定番の曲です。

 

「ブレグジット」は芝居の用語から!?

ここのところ新聞紙上をにぎわしているイギリスの話題はブレグジットですが、専門家はいざ知らず、多くの日本人にとってはやや縁遠い話のように思われますね。イギリスのEUからの離脱を表す「ブレグジット」(Brexit)という用語は、ブリテン(Britain)とエグジット(exit)を合成した造語です。この「エグジット」という語は、もともと登場人物の一人が舞台から退場を示すト書きとして用いられる演劇用語です。
ト書き‥台本に記されている俳優の動きを指示した注意書きのこと

例えばハムレットという劇中人物が舞台から退場する時、英語の台本には“Exit Hamlet.”と印刷されます。ちなみに一人ではなく複数の人物が一緒に退場するのであれば、「エグジット」の複数形の「エクシアント」(exeunt)というト書きが使われます。単数形と複数形の区別にうるさい英語という言語の特徴がよく表れていますね。ブリテンという国家がEUから離脱する際に、わざわざ退場という言葉を用いるあたり、芝居好きのイギリス人の国民性に、ピッタリの用語といえるのかもしれません。

 

スコットランドよ、いずこへ

ネス湖のほとりにたたずむ廃墟。歴史上、数々の独立運動の舞台となったアーカート城

イギリスに連合王国という呼称があるのは、イングランド、スコットランド、北アイルランドから成立する連合国家であるためです。今回(2019年12月12日)の総選挙で、保守党が圧勝したイングランドとは対照的に、スコットランドではEU残留を掲げるスコットランド民族党(SNP)が躍進しました。つまりスコットランドは将来イングランドとたもとを分かって独立国家となるのだ、という強い意思の現れと見なせます。実際に当地では再度国民投票を実施するのではないかという観測がもっぱらです。映画『007』シリーズの主役を最初に演じた名優ショーン・コネリーも独立を熱心に支持しているそうです。

もともと独立した王国だったスコットランドがイングランドと合併して連合王国が成立したのは18世紀初めのこと。日本では赤穂浪士の討ち入りがあった元禄時代にまでさかのぼります。シェイクスピアが悲劇『マクベス』を書いたのは1606年とされていますから、その背景となったスコットランドはシェイクスピアの同時代人にとって外国だったと聞くと、不思議の念にとらわれます。イングランドからの独立運動を繰り返してきた歴史をもつスコットランド。その未来にはどのような道が開かれているのでしょうか。

首都エディンバラにあるエディンバラ城から市内に鳴り響く祝砲

[Photo:佐久間 康夫]※1枚目国旗除く

参考文献
木村正俊・中尾正史編『スコットランド文化事典』(原書房 2006)
木村正俊編『スコットランドを知るための65章』(明石書店 2015)

【次回へ続く】