Column コラム

『クリスマス・キャロル』と劇場の幽霊【佐久間康夫の「この世という広大な劇場」第13回】

青山学院大学文学部比較芸術学科教授

佐久間 康夫

👻クリスマス・イブに訪れる幽霊の物語

19世紀イギリスの文豪ディケンズの作品はどれもユーモアのセンスにあふれています。彼は膨大な数の小説を著しましたが、中でも『クリスマス・キャロル』は親しみやすさという点で一番に指を折っていいでしょう。

金儲けのことしか頭にない頑迷な老人スクルージの目の前に、かつての同僚マーレイの亡霊が現れます。その身体には重くて長い鎖の輪がぐるぐる巻きついています。思いきり誇張されて描かれる、恐ろしげな幽霊に向かって、スクルージは「おまえは何者だ」と問いかけます。すると幽霊は、「何者だったのかと尋ねてくれ」と質問をやり直すよう要求します。

その後、過去と現在と未来の精霊が次々とスクルージのもとを訪れます。スクルージは精霊たちの導きによって、自分が「何者なのか」、つまり強欲で冷酷なありのままの姿を見せつけられます。ここでほんとうに問われるのは、逆にスクルージその人が「何者なのか」ということなのです。この小説で描かれるのは、自分が「何者だったのか」と目覚めるスクルージの魂の遍歴でした。

現在のクリスマスの精霊に導かれるスクルージ
劇団昴公演『クリスマス・キャロル』 スクルージ:金子由之 撮影:江川誠志

 

このプロットの独創性は、悔い改めるスクルージの物語を、イエスの誕生を祝うクリスマスと重ね合わせた点にあります。最初にマーレイの亡霊を縛り上げていた鎖の輪は、物語の終盤にいたって、人と人をつなぐ絆の輪へと奇跡的な変貌をとげるのです。どんな人間であっても新しく生まれ変わることができるのではないか──ディケンズがこの作品に込めたキリスト教的な愛と寛容の調べは誰の心にもまっすぐに響くことでしょう。

芝居の大団円での改心したスクルージ
劇団昴公演『クリスマス・キャロル』 スクルージ:金子由之 撮影:江川誠志

 

👻ドルーリー・レーン劇場の幽霊伝説

イギリス人は一般にゴースト・ストーリーの好きな国民です。日本風にいえば怪談です。もっとも日本の怪談は夏の盛りと相場が決まっていますが、イギリスのゴースト・ストーリーは冬の炉端がふさわしいようです。

「イギリスは世界で一番幽霊の人口密度の高い国である」と私は講義でよく話しますが、もちろん演劇界も例外ではありません。ロンドンの劇場街ウェスト・エンドは、幽霊が出没するという言い伝えに事欠きません。幽霊が住みつくくらいでないと、由緒正しい劇場として貫禄がないと思われている節すらあります。

ドルーリー・レーン劇場は、ロンドンの劇場で最も古い部類に入る劇場です。初代の建物が建てられたのは1662年のことで、現在の劇場は4代目になります。19世紀の名優エドマンド・キーンが壮絶な演技で客席を沸かせたことは今も語り草です。20世紀には『マイ・フェア・レディ』や『ミス・サイゴン』といったミュージカルのロングランで知られるようになりました。

劇場のホワイエには名優エドマンド・キーンの立像が

 

そのドルーリー・レーン劇場に、幽霊が出るという有名なエピソードがあります。18世紀風の灰色の乗馬用衣装を身にまとった紳士が、グランド・サークル(3階席)のD列の端からす~っと現れ、反対側の壁の中に歩いて消えていくのだそうです。このいわゆる「灰色の服の男」が目撃されるのはほぼマチネの時に限られ、彼が現れると芝居が当たりをとる吉兆と考えられています。千両役者ならぬ千両幽霊の格でしょう。

ドルーリー・レーン劇場の客席。ちょうどあのあたりかな、、、(汗)

 

真向いからロイヤル・ボックス席を見て

 

またこの劇場では、俳優兼劇場支配人チャールズ・マクリンが楽屋で口論の末に同僚俳優の目を杖で突き刺して死亡させるという悲惨な事件が1735年に起きています。マクリンは殺人罪で有罪になりましたが、死亡した俳優の遺族に慰謝料を払うことで投獄を免れたそうです。そのマクリンの霊が1階席の後方を歩きまわるそうです。

19世紀初めの道化役者ジョーゼフ・グリマルディと思しき霊が見られることもあります。演技の下手な俳優にハッパをかけるというのですから、さすがに演劇史に名を残す名優だけのことはありますね。

 

👻ウェスト・エンドの幽霊Who’s Who

1720年建設のヘイマーケット劇場。ここでも19世紀の俳優兼劇場支配人だったジョン・バックストーンの幽霊が楽屋や舞台上で何度も目撃されています。経営者として辣腕をふるったバックストーンですので、その幽霊の出現は縁起が良いとみなされています。

堂々たるヘイマーケット劇場の正面

 

ミュージカル上演でも有名なアデルファイ劇場は1806年の建設ですが、ここでも陰惨な殺人事件が。1897年にメロドラマで大評判を取った人気俳優ウィリアム・テリスがライバル俳優に楽屋口で刺殺されるという、芝居を地で行くような事件でした。フロックコートとトップハット姿のテリスの幽霊が、当時楽屋口のあった路地をさまようそうです。

アデルファイ劇場の看板を見上げて

 

18世紀の名優の名前を冠したギャリック劇場は1889年に完成しました。20世紀初頭に活躍した俳優兼劇場支配人にアーサー・ブーチアがいます。彼の幽霊が劇場の上の1室から階段を下りてきて、役者の肩をたたいて励ますのだそうです。この階段は「幽霊階段」と呼ばれています。

ギャリック劇場。劇場内には名優ギャリックの肖像画が

 

1892年に建てられ、『ピーター・パン』の舞台版を初演したデューク・オブ・ヨーク劇場では、毎晩10時になると鉄の扉がバタンと閉まる音が聞こえるとか。また、2階のバー付近を歩く黒衣の婦人もよく話題に上りますが、これは劇場の初代オーナーで、仲間内で「マダム」と呼ばれていた女優ヴァイオレット・メルノットその人だというもっぱらの噂です。

瀟洒なデザインに目を奪われるヴィクトリア朝のデューク・オブ・ヨーク劇場

 

『オペラ座の怪人』のロングラン公演で名高いハー・マジェスティ劇場の歴史も1705年にさかのぼります。19世紀末に現在の建物を建設したのは俳優兼劇場支配人として鳴らしたハーバート・ビアボーム・トゥリー。その彼が劇場内をボックス席へ移動する姿が見られています。本場で『オペラ座の怪人』を観劇する機会がありましたら、客席周りにも注意を払ってください。怪人どころか、劇場の大立者の霊がお近くをそっと歩いているかもしれませんよ。

『オペラ座の怪人』をロングラン中のハー・マジェスティ劇場

 

[Photo:佐久間 康夫]※1・2枚目舞台画像除く

参考文献
チャールズ・ディケンズ、神山妙子訳『クリスマス・カロル』(旺文社文庫 改版1988)
(青山学院大学文学部英米文学科で長く教鞭を取られた故神山妙子先生の心躍る名訳)
Richard Andrews, The London Theatre Guide (Metro Publications 2003)
関連情報
ジョージ・C・スコット主演、クライヴ・ドナー監督『クリスマス・キャロル』(1984)
(名優スコットが意地悪そうな主人公を風格たっぷりに演じたアメリカ製映画)
藤田和日郎『黒博物館 ゴースト アンド レディ』上下(講談社 2015)
(ドルーリー・レーン劇場の灰色の服の男を主人公にした伝奇アクション漫画)
宮本充主演、河田園子演出、劇団昴公演『クリスマス・キャロル』
(2021年12月2日~12日、座高円寺にて上演)

 

劇団昴様より

劇団昴様より、筆者の佐久間康夫先生の元へ現在上演中の『クリスマス・キャロル』のお写真が届きましたのでご紹介いたします!(アオガクプラス編集部)

左:スクルージ/宮本充 右:マーレイの幽霊/三輪学

 

スクルージ/宮本充

 

左:スクルージ/宮本充 右:ボブ・クラチット/田徳真尚

[撮影:梅原渉]

 

【次回へ続く】

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