Column コラム

表情によるコミュニケーション【ススメ!コミュニケーションの新しいカタチ第1回】

青山学院大学教育人間科学部心理学科教授

遠藤 健治

2020年、新型コロナウイルス感染症が世界中に拡がり、相対してのコミュニケーションをとらないこと、ソーシャルディスタンスをとることなどが推奨されるようになりました。マスクをしながら、距離を置きながら、どのようにスムーズな人間関係を構築していくのかをテーマに、様々な角度から円滑なコミュニケーションについてを考えるコーナーが始まります。青山学院の様々な分野の先生方によるリレー形式の連載です。ぜひご覧ください。(アオガクプラス編集部)

 

「ありがとう」「ごめんなさい」

私たちは、他者とコミュニケーションをとるとき、ことばだけではなく、表情や動作でも自分の気持ちや意思などを他者に伝えます。しかしその伝達は一様ではなく、伝えたいことが伝わることもありますが、伝えたいことが伝わらない、伝えたくないのに伝わってしまう、勝手に相手がこちらにない感情や意思をあると思い込んでしまう、など多様です。
たとえば、私たちの社会生活で、重要なことばに「ありがとう」と「ごめんなさい」があります。これも、ことばに表情が伴わなければ気持ちは伝わりませんし、もしもことばと表情が一致しないときは、表情が優先されてしまうこともあります。動画をご覧ください。

はじめに、「ありがとう」をいろいろな表情で言っています。どれが一番ありがたいという気持ちが伝わりますか?
表情によっては、全然ありがたいと思っていないように見えますね。
「ごめんなさい」はどうでしょう。これも同じように、いろいろな表情で言っていますが、その顔で本当に申し訳ないと思っているのか、と言いたくなるような表情もありますね。

日常、私たちは相手の表情(目や口の動きなどの比較的一時的な変化)を解読することにより、相手の感情状態や意図、欲求を推測し、それに適した対応をとっています。たとえば、こどもは、ある行為をしたとき、親の発声がなくとも、親の口角が上がっていればそれが許容されるものであることを知り、口角が下がっていればそれが容認されないことを知ります。会話で自分の話題が相手の機嫌を損ねてしまったのを知るのは、その眉、目、口などの動きを観察したことによっています。社会場面において自分の行動の適否を学習したり、他者との間で自分の意図する人間関係を構築したりするためには、顔の表情は、非常に重要な手がかりとなっています。

 

普段、意図した表情をつくれているのか?

いま、マスクをする生活になり表情によるコミュニケーションが阻害されていると言われていますが、そもそも、私たちはこれまでの生活で、自分の意図したとおりに表情を表出できているでしょうか。ある研究者が 大学生を実験参加者として、幸福、驚き、恐怖等の表情を表出させ写真に撮り、後日自分の表情写真をみてその表情が何を表しているのかを回答させたところ、かならずしも高い一致率は示さなかったということです。
そこで、青山学院大学の学生を対象に、次にあげる4つの場面を想定させ、それぞれ所定の台詞を発声し、鏡でそのときの顔の特徴を記述してもらいました。

場面1:大学で、廊下ですれ違ったゼミの先生に「おはようございます」と挨拶する
場面2:アルバイトで、接客上の失敗を客にとがめられ「失礼しました」と謝る
場面3:好意を持っていた異性から、はじめてデートに誘われた
場面4:恋人を横取りした親友に文句を言う

意図した表情がつくれたかを自己評価してもらったところ、意図した表情をつくれたと回答したのは、女性の33%(67%がつくれなかった)男性の14%(86%がつくれなかった)でした。意図した表情をつくるには顔の各部位を思いどおりに動かさなければなりませんが、顔の各部位について、コントロールしやすいと回答したのは、額・眉で16%、目・鼻・頬で23%、口で41%でした。自分の顔なのに、表情筋を充分コントロールできていないようです。実験後に書いてもらった感想の一部をあげます。

学生A 表情をつくる相手によっても表情をかなり変えていることがわかった

学生B 普段、自分が意図してつくっていると思っていた表情と実際の表情が違うことに驚いた

学生C いままで自分ではみたことのない顔をしていた

学生D 表情と言動があっていなくて相手を不快にさせたり不安にさせたことはたくさんあるんだろうなと感じた

学生E 自分には、自分で思っているほど表情にバリエーションがないのだなと言うことがわかった

学生F 今まで自分が生活してきた中でこんなに周りの人に自分の感情状態を出していたなんて何かショックだった

学生G 謝るときは相手の様子をうかがっているような顔で嫌だった。もう少し、反省している顔をしているつもりだったので、この表情だと自分が反省した表情をみせていると思っても、相手にはそうはとられていないかもしれない

学生H もっと笑えていると思っていたのに全然笑えていなかったり、口元がそこまで下がるものではないと思っていたのにとても下がっていたりしてとても驚いた

実験に参加した大学生たちは、自分でも、思いどおりに表情を表出できていないことに驚いていました。表情をつくるなんて自然にできるのだ、などと思ってはいけません。意図的に表情筋をコントロールするには練習が必要です。鏡を前にして、まずは「ありがとう」と「ごめんなさい」の練習をしましょう。

 

本当に? 目は口ほどにものを言う?

5表情
5表情をやってみた

 

上記の実験結果では、顔の部位の中で、口は比較的思いどおりに動かせるようですが、額・眉はかなり難しそうです。実は、感情によって、その感情が表れやすい部位が異なります。大雑把なまとめですが、目は怒り、恐れ、驚き、悲しみなどが現れやすく、顔の下部(口)では幸福、嫌悪、驚き、怒りが現れやすいと言われています。
COVID-19の感染予防として多くの人がマスクをつけていますので、顔の下部をみることができず、表情に関する情報量が減ってしまいました。その分、顔の上部(額、眉、目)の重要度が増しています。目は、大きく見開いたり、細めたり、ウィンクしたりと多彩な表情を演出することができますが、コミュニケーションで重要な目の役割にアイコンタクトがあります。相手の目をみるということですね。どこをみているかは、その人の関心の所在や強さを推測する情報ですが、その視線が自分、とりわけ自分の目に向けられているとき、私たちは、その人の存在を強く意識します。概して、肯定的に、魅力的で好ましいと捉えますが、視線をあちらこちらにさまよわせたり、相手の方を全くみなかったり、にらみつけたり、下を向きっぱなしであったりすると、否定的な印象(敵意や警戒感、不安、無関心など)を与えてしまうかもしれません。「やっていいよ」とか「そんなことしてはいけない」といった許諾や否定も目つきで示すことができます。瞬きの頻度も手がかりになります。目は口ほどにものを言う、ということですね。

目は口ほどにものを言う
やはり、目は口ほどにものを言う

 

マスクでも隠しきれない正体とは

顔の下部が隠れていても、顔の上部だけでも、いろいろなことが読み取れます。入学試験会場では、マスクをつけている受験生も相当数いて、受験票の顔写真を照合するときにはマスクを外してもらっていますが、実は、マスクをつけたままでも結構人の識別はできるのです。
次の図A(マスク)をご覧ください。

マスクをしても
図A(マスク)

 

8名の女性の顔が並んでいますが、マスクをつけた顔がどれかわかりますか? 結構分かりますね。
では、もう一つ次の図B(マスク)をご覧ください。

前髪があると
図B(マスク)

 

前髪を長く伸ばし、眉が隠れている髪型を模したものです。今度はどうでしょう。対応させるのが、先ほどより難しくなったと思います。顔を識別するとき、眉は意外に重要なのです(眉だけでも識別できるのです)。

さらに、眉は感情も伝えることができます。図C(眉の角度)をご覧ください。

眉の角度三種類
図C(眉の角度)

 

眉の角度だけを変えた顔画像です。メイクアップをされている方はご存じの通り、眉の太さや角度、長さで顔の印象は全然変わってしまいますので、メイクの仕上げは眉ですね。そして、眉は動かせますから、「ごめんなさい」を言うときは眉頭を引き上げて八の字眉にし、怒るときには眉山(まゆやま)をつり上げれば、効果的ですね。眉を動かせれば、眉間のしわも加わり、表情はより豊かになります。たくさん表情レパートリーを持っていれば、その中から最も適切と思われる表情を選択し、表出することができるわけです。
先ほど紹介した実験では、額・眉をコントロールできると回答した人は16%しかいませんでした。額・眉がなかなか思いどおりに動かないのですね。表情を豊かにするために、眉を動かす練習をしましょう。前髪を眉まで下ろすのは、おしゃれとしては“あり”ですが、コミュニケーションの面からは眉を出した方が有効です。

 

表情で気持ちをつくる方法

さて、マスクをつけたままでの表情表出で、もう一つ気をつけたいことがあります。それは、マスクでみえなくても、ちゃんと顔の下部(口)でも表情をつくることです。とくに、相手に好意を伝えるスマイルはマスクで隠れてしまいます。では、どうせみえないのだからスマイルは不要なのでしょうか。
ふつうは、楽しいから笑う、悲しいから泣き顔になる、腹が立つから目がつり上がるなどのように、自分の気持ちに応じて表情が表出されると考えますが、逆に、笑うから楽しくなる、泣くから悲しくなるといったように、先に起こした行動によって、自分の感情が意識されるというプロセスもあるようです。つまり、スマイルを浮かべることによって、自分の気持ちが楽しい、好意的なものになるということです。言ってみれば、意図的にある表情を表出し、それにより“こころの下地”をつくるわけです。そしてそれは、顔や行動の表出の仕方に反映します。自分が楽しいと感じていれば、目でもそれが自然に表現されます。作り笑いかどうかは、口だけをみたのでは分かりませんが、目の形状や目周辺の笑いじわなどでわかると言われています。口を含めた顔全体で笑顔をつくろうとすることで“本当の”笑顔になるのですね。

 

マスクの下のコミュニケーション

もう一つ重要なことは、表情を変えると(顔の筋肉を動かすので)声も変わるということです。電話越しでも、笑顔で話せば、声に好意が現れます。次の音声を聞いてみてください。

音声A

音声B

音声C


声の高さやイントネーション、早さなどが微妙に変化しても、その印象が変わりますね。顔で嘘はつけても声で嘘はつけないとも言われます。笑顔で話せば笑顔の声になるのです。
顔全体で笑顔を表出することで、自分の気持ちをポジティブなものに方向づけ、その気持ちが目や眉や声の表情に循環されるわけです。もちろん、緊張すべきときは、マスクの下でニヤニヤしてはダメですね。
マスクをつけるつけないに関わらず、どんな場面でも、みえないことを軽視してはいけません。みえないことにも気を配ってこそのコミュニケーションです。