Column コラム

ヒトと機械の円滑なコミュニケーションが奏でる未来のカタチ【ススメ!コミュニケーションの新しいカタチ第2回】

青山学院大学理工学部電気電子工学科教授

野澤 昭雄

情報化社会と高齢化

現代の情報化社会において、情報通信技術の利用に困難を抱える人のことを「情報弱者」とよぶことがあります。情報弱者は、授受する情報の質・量ともに制約され、「IT難民」「デジタル・ディバイド(情報格差)」などの言葉に示唆されるほどに様々な不利益を被る可能性があります。
一方、我が国は、65歳以上人口の割合が総人口の28.7%にも達しており、世界一の高齢社会となっています。高齢化による感覚機能や認知機能の衰えを考慮すると、高齢者は潜在的な情報弱者とも考えられます。したがって、超高齢社会である我が国は、「情報弱者社会」となる危険性を孕んでいるのです。さらに近年は、「情報洪水」とも言われるほど生活の様々な局面における情報化が進展しており、情報の知覚、選択、理解を適切に行うことが困難となる状況は、高齢者に限らず誰にでも容易に発生し得る状況になってきています。情報化がもたらす効率化やコストの削減の恩恵を、誰もが、簡単に、安全に、ストレスなく享受することができるような、「ヒトに優しい情報化社会」の実現が望まれているのです。

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コミュニケーションとは

さて、ここでコミュニケーションについて考えてみます。人間同士のコミュニケーションでは、会話や文字などの明示的な言語情報により、話題の焦点が伝達されています。それと同時に、表情、視線、身振り手振り、瞬きなどの暗示的な非言語情報により、感情、意図、動機などの心理状態を類推する糸口も伝達されています。実は、このような非言語情報が、明示的な言葉以上に重要なのです。怒っているのか、喜んでいるのか、話を理解しているのかなど、互いの心理状態を感じとって初めて、人間同士はストレスなく円滑にコミュニケーションできるのです。さらに、相手の心理状態を知るとともに自分の心理状態も変化し、これを表出することでさらに相手の心理状態が変化するなど、コミュニケーションの様子が相互作用により様々に変化することも特徴的です。

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人間と機械の「コミュニケーション」とは

一方、人間と機械のコミュニケーションはどうでしょうか。現在のところ、機械から人間に伝達される情報は、ほとんど全て視覚(目)と聴覚(耳)を通じた明示的言語情報に限定されています。すでに私達はこのような機械とのコミュニケーション方法に慣れているため、特に不自由を感じていないかもしれません。しかし、情報化の進展とともに情報通信機器は高度化し、より多くの情報がそれら限定的な感覚媒体に盛りこまれるようになっています。しかも、使い手の心理状態を把握することなく一方的に情報が伝えられるので、機械の使い勝手は悪化してきています。これでは情報化=ストレス増加になってしまいます。情報化の恩恵を受けつつ人間と機械のコミュニケーションを円滑にするにはどうすれば良いのでしょうか。

情報氾濫

 

近年、製品の設計開発や評価において、人間の「感性」に着目したアプローチが注目されています。感性とは、物事に対する感受性、さらには、それによって生じる感情や考え方も含む概念です。何かを見て、聞いて、感じとった結果、それを好きだとか嫌いだとか判断する、あるいは、わくわくしたり怖がったりすることが感性なのです。ただし、同じものを見ても好き嫌いや印象が人それぞれ違うのは当然です。つまり、感性とは一人一人の人間の特性そのものを意味するのです。そして、感性を伝え合うことがコミュニケーションの本質なのです。「空気を読む」「察しが良い」など、相手の感情や意図を酌むことを意味する言葉が肯定的な意味合いを持つのは、正しく感性を伝達し解釈することが円滑なコミュニケーションの要因となっているからです。

ロボットと感性

 

それならば、人間同士のコミュニケーションと同様に、人間と機械の間で相互に「感性」を伝達・解釈すれば、人間と機械の円滑なコミュニケーションがもたらされるのではないか? こんなアイディアに基づいた「感性情報コミュニケーション」が提唱されています。感性情報コミュニケ-ションに関する技術として、顔表情認識、視線認識、ジェスチャー認識、身体動作識別、感情認識、個人識別、男女識別など、様々な研究が行われています。感性情報コミュニケーション技術は、情報通信、介護福祉、教育、自動車、ロボットなど多方面への応用が期待されている、21世紀のキーテクノロジーなのです。

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