Column コラム

ウェアラブル技術を用いたスポーツ技能支援のコミュニケーション【ススメ!コミュニケーションの新しいカタチ第9回】

青山学院大学理工学部情報テクノロジー学科教授

Guillaume LOPEZ(ロペズ ギヨーム)

身体活動のモニタリング

定期的な運動は、健康、娯楽、社会的価値などに、多くのメリットをもたらすことが広く認識されている。一方、定期的な運動を維持または増やしていくことは難しい。その結果、ほとんどの人は推奨されるレベルの運動を維持できていない。

ウェアラブル機器は、これらの問題の解決に役立つことができる。ウェアラブル機器とは、身に着けた状態で利用できる電子機器・端末のことである。代表的なものはスマートフォン、スマートウォッチ、スマートグラス、イヤホンなどであるが、近年は、インソール、指輪、ネックレス型の端末も商品化されている。リーズナブルな価格で利用できるウェアラブル機器の数が増えるにつれ、身体活動の追跡など、より健康的なライフスタイルをサポートすることを目的とした多種多様なアプリの開発が進められている。

実際、運動を自動的に追跡するだけでも、運動を動機付けることができると示されている。家電市場はこの機会を認識しており、エクササイズを追跡するためのデバイス・アプリもすでに存在している。例えば、どのスマートウォッチでも、歩行距離、走行距離、消費カロリーや、心拍数は計測できる。

スマートウォッチ
ウェアラブル機器を用いた身体活動の追従のイメージ

 

スキルサイエンスの現状

※「スキルサイエンス」とは、スポーツや演奏など、あらゆるスキル(技能)を対象とし、そのスキル(技能)を科学的に解明することを目的とする研究分野です。

スポーツの動きを詳細に分析し理解することは、 コーチやマネージャーがアスリートのパフォーマンスを評価するのに役立ち、 怪我のリスクを回避したり、 トレーニングプログラムを最適化したり、 戦略的な意思決定をサポートしたりするための重要な情報となる。
近年、ハイエンドユーザー向け、ビデオベースシステム、もしくは専用のスポーツブラジャー、シューズなどにウェアラブルセンサーを入れて、体動データから、運動量および強度の解析が行われている。しかしながら、これらのシステムは高価であり、一部のハイエンドユーザーしか利用できない。 また、計算機による後処理を必要とするほか、その場でフォームやスキル改善のためのフィードバックまで行えるものではない。

一方、初心者から一般の上級者まで幅広く多くの人がスキルサイエンスを利用し、楽しく活動しながら技能向上を図るためには、市販の汎用デバイスにその技術を提供できるようにすることが大切だと考えられる。様々な運動中の心拍数をモニタリングするために用いられているチェストバンド型デバイスもしくは、運動専用ではないスマートウォッチなどが市販の汎用デバイスとして挙げられる。
多くの人に運動の楽しさを感じてもらい、上達を支援するスキルサイエンスとして著者の研究グループが、研究開発した主な技術とその効果を以下の図にまとめた。

 

主な技術と効果

 

運動種類の自動検出・識別・カウントによる活動の定量化

スポーツによって、利便性および安全性の観点で、ウェアラブルセンサーを装着できる部位が異なる。
サッカーにおける実証実験では、センサーを右足首の後ろ、 腰の下方、腰の上方に装着し、ラン、ドリブル、ヘディング、パス、キックをそれぞれ50回行ってもらった。得られたデータを加工したうえで、機械学習モデルを生成した結果、足首にセンサーを装着した場合が動きの種類判定の精度は一番高いものの、よりケガのリスクが少ない装着位置である背中(左右肩甲骨の間の上部(首の下))においても70%以上正確に動作の種類判定ができていた。今後は、サッカー選手が試合や練習中にスキルをモニタリングできるようなアプリの開発に繋げていきたい。

一方、同じ運動でも、各個人が所有しているウェアラブル機器は様々である。スマートウォッチを持っている方もいれば、イヤホンのみの方もいる。
著者の研究グループは、スポーツジムでの運動において、ワークアウトトレーニングの挙動をリアルタイムで識別する手法も提案している。提案した手法は、走行、歩行、ジャンプ、腕立て伏せ、腹筋運動の5つのエクササイズの実験を行うことで検証している。胸ストラップ、耳(イヤホンを想定)、手首(スマートウォッチを想定)、上腕(スマートフォンを想定)に装着したウェアラブル端末の体動データに同じ手法を適用した場合、高い精度で各エクササイズの識別ができるように工夫している。各動作に対するテンプレートを最適に選定すれば、個人ごとのキャリブレーション(正しい値になるよう調整すること)がなくても、どんなウェアラブル端末の装着位置でも90%以上の高い識別精度が得られる。この提案手法では、ユーザーの好みのウェアラブル端末へ簡易に適応できる。

 

その場での判定とフィードバックによる上達を支援

センサーデバイスの観点では、前述の通り大きく分けて2種類を対象としてきた。心拍数と体動をモニタリングするために用いられているチェストバンド型デバイスと、運動専用ではないスマートウォッチである。その中でも、著者の研究グループでは、スマートウォッチのみを用いて、動作後すぐにフィードバックを確認できる「現場での個別スポーツスキル向上支援システム」を提案している。
スマートウォッチ搭載の体動センサーを用いて野球の投球動作を定量化するための球速推定の方法と、テニスのサーブ動作で重要なプロネーション動作の判定方法を分析した。その結果を基に、動作をリアルタイムに判定できるスマートウォッチアプリを実装した。開発したアプリが提供している支援システムの有効性を検証した結果、投球における全被験者の平均球速と最高球速が向上し、サーブにおけるプロネーション動作の改善も見られた。

運動機能の改善

 

今後の展望

今回研究対象にしたスポーツのみならず、例えば、腕の動作がスキルに大きく関わるスポーツにおいて、日常生活で使用できるスマートウォッチは、個別スポーツスキル向上支援システムとして十分に有効であると考えられる。また、今後スマートウォッチに搭載されているセンサーの精度が向上すれば、より質の高いシステムになることが期待できる。
また、ウェアラブル端末(リストバンド型、イヤホン型、インソール型、チェストバンド型など)のセンサー情報(体動、心拍など)とフィードバック機能(画面、振動、音など)を上手に活用できれば、運動スキルのさらなる向上支援システムが開発できるため、これから先、様々なスポーツの継続性およびスキルの向上への効果を検証していきたい。