Interview インタビュー 青山極め人

「夢はオリンピックで金メダル」——。 リングから見つめるその先の世界〈大学ボクシング部・篠原 光さん〉

ボクシング部・篠原光選手をたずねて

関東大学トーナメント優勝、そして世界選手権出場と、女子アマチュアボクシング界期待の注目選手、篠原光さん(しのはら ひかる・教育人間科学部2年)に会うため大学ボクシング部の練習を訪れた。リング上では光選手とコーチがミット打ちの真っ最中。しんと静まりかえった練習場にはパンチの当たる音とシューズが床にすれる音、そしてコーチの静かな檄だけが響く。光選手の気迫あふれる表情とスキのない一挙一動から目が離せない。



元プロボクサーの父・篠原一三さん(しのはらいちぞう・現青山学院大学ボクシング部コーチ)に連れられてはじめてボクシングジムを訪れたのは5歳のとき。以来、父の指導のもとメキメキと成長を遂げ、小学校時代には早くも頭角を現した。
篠原光選手の小・中学校時の公式戦績は21勝0敗。U-15全国大会6連覇など数々の国内タイトルも獲得した。高校時代の2019年にはアジア・ユース選手権に日本代表として出場し優勝するなど、女子ボクシング界屈指の実績を引っ提げて、青山学院大学に進学した。

父・篠原一三さんはプロ引退後、トレーナーとして活動していたが、光選手が高校生のときにアマチュア指導者の資格を取得した。光選手の本学入学後、ボクシング部からコーチ就任の依頼を受け、現在はコーチの一人として全部員の指導にあたっている。ボクシング部部長の伊藤悟教育人間科学部教授は篠原コーチについて「専門の指導者に練習を見てもらえることが、ほかの部員にとってもボクシング部にとっても、たいへんプラスになった」と話す。

大学ボクシング部夏合宿での様子

合宿中の1枚。部員たちの仲のよさがうかがえる

 

自分自身を深く追究する

コロナ禍で大きな大会に出場する機会が減るなかでも、コーチである父やチームメイトらとともに地道に練習を重ねてきた。今年に入って関東大学トーナメント・ライトフライ級で優勝、5月にはトルコで行われた世界選手権に日本代表として出場するなど順調に戦績をあげている。しかし10月初旬に行われたとちぎ国体では、準決勝で判定負けとなり3位に終わった。オリンピック代表選考にかかわる大事な試合と位置づけていたため、残念な結果となってしまったが、光選手は冷静に試合を振り返る。

「打ち合いでは負けていなかったと思います。自分らしいスタイルをもっとアピールできていれば」。

どんな状況でも冷静に自分自身を分析し、目標に向かって明るく前向きに取り組む姿からは、努力によって身についたものへの自信が滲む。

国体の敗戦について篠原コーチも次のように語った。
「対戦相手は互いに知り尽くした選手。光は相手との距離をとったり手数を増やすなど戦い方を変えて成長した部分は見えました。光のパンチの方がクリーンヒットが多い印象もあり負けた感じはしていません。ただ、戦いのなかでのリズムとか、攻撃の見せ方、ジャッジに対するアピールも含め、相手の方がうまかった。うわ手でしたね」。

身長167cmの光選手は自身の戦い方について「長身の方なのでリードを打つと相手に嫌がられます。得意なのはジャブからのコンビネーション」と語る。
試合前の準備はもちろん試合中にも相手の弱点やクセなどを見抜いて戦略を組み立てるという。
瞬時の判断が勝負を決めるため集中力を継続させることも必要だ。「1ラウンド3分間のなかで体力と集中力を切らさないために」と、ボクシング部の練習以外でもスタミナ強化のためのトレーニングは欠かさない。

 

指導者と選手として。父と娘として

幼い頃から父と二人三脚で歩んできた光選手。父であり指導者でもあるというその関係性についてはどのように考えているのだろうか。

「練習のとき少し気持ちが切り替わりますが、『父』と『コーチ』ということを特別に意識することはあまりないです。ただ、親なので甘えが出てしまうことはあると思います。練習中イライラして感情を表に出してしまったり…。そういうときはけっこう怒られますし、よくないなって自分でも反省します」

言葉の通り練習中も練習後もつねに自然体で接している二人の様子はとても仲の良い父娘の関係に見えるが、同時に特別に信頼しあっている「師弟」であり「相棒」でもあるかのような強固なつながりもうかがえた。
ところで三人家族の篠原家では、光選手の母もセコンドのライセンスを取得し、試合に帯同して娘をサポートしているという。一家は文字通り家族でありチームなのだ。

夢はオリンピックで金メダル

ボクシングと学業の両立をなんなくこなす光選手は、気負いやプレッシャーも感じさせず軽やかでいつも楽し気な印象だ。普段は大学で1限目の授業に出席し、その後昼にかけてがボクシング部の練習時間。午後に授業があれば出席する、そんな毎日を送っている。
教育人間科学部に進んだのは「教職課程をとって、将来はボクシングの指導にあたりたい」から。ボクシングへの情熱が、自身の未来像にもしっかり紐づいている。

光選手はお菓子づくりが趣味で、クッキーやケーキなどをよくつくっているのだとか。それを聞いてなんとも女子大学生らしい一面と感じたのだが、じつはお菓子をつくりはじめたのも、ボクシングがきっかけ。
「もともとは減量対策としてはじめました。お菓子を焼いたときの甘い香りをかいでいると、それだけで食べた気になれるから(笑)。つくったものは家族やチームメイトに食べてもらっています」。

そんな光選手にズバリ今の目標を聞くと「オリンピックで金メダル」と即答が返ってきた。これまでの実績からJOC強化選手の候補となり、2024年のパリ五輪への出場も期待されている。日本代表選考のかかる大会を直前に控え、力強い言葉を聞かせてくれた。
「次はオリンピック出場にかかわる大会。絶対優勝します」

左からボクシング部部長・伊藤悟先生、キャプテン・長嶋元太さん(理工学部4年)、篠原光選手、篠原一三コーチ

篠原光選手の主な戦績
2021年4月U22アジア選手権大会 ライトフライ級3位、2022年5月女子世界選手権大会ライトフライ級出場、同7月関東大学トーナメント戦女子ライトフライ級優勝、同10月国民体育大会 成年女子フライ級3位