Interview インタビュー あおやま すぴりっと

人馬一体で挑んだオリンピック〈校友・北井裕子さん〉

乗馬学校を経営する家庭に育ち、小学校6年生から馬場馬術を始めた北井裕子さん。恵まれた環境とたゆみない努力により、2008年の北京オリンピック、そして今回(2016年)のリオオリンピックと、2度のオリンピック出場を果たしました。

馬場馬術を取り巻く環境が日本とは全く異なる、欧州の強豪国の並みいる選手たちにもまれながら、国内のみならず海外の大会でも着実に実績を重ねてきた北井さんには、2020年の東京オリンピックへの出場や指導者としての活躍に期待がかかります。

(2016年9月6日インタビュー)

 

平常心で臨めた2度目のオリンピック

青山学院で開催された壮行会で贈られた北井さんへのメッセージ色紙
青山学院で開催された壮行会で贈られた北井さんへのメッセージ色紙

 

──リオデジャネイロ大会は、北井さんにとってどのような大会でしたか?
8年ぶりのオリンピックは、リラックスして臨めました。北京では「オリンピックに出場している!」という非日常感と緊張感があまりに大きくてガチガチだったのですが、リオではオリンピック以外の国際大会に出場しているときと同じように平常心を保つことができました。団体戦に出場するメンバー4人の中でアンカーを任せていただきましたが、駈歩のジグザグでミスが出てしまい、減点されてしまったのが残念でした。実はオリンピックの直前にドイツでアーヘン大会というとても大きな競技会がありました。その団体戦で日本人トップの成績だったため、「リオもこの調子で行ってくれるのでは」と、アンカーの重責を担うことになったのです。しかし他の強豪国もアンカーは一番強い選手が登場するので、その中でベストの演技をすることの難しさも感じました。日本のレベルは着実に上がってきているのですが、他の国もさらにレベルアップしているため、なかなか差が縮まりません。

──オリンピックを目指すためには様々な国際大会に挑戦してポイントを積み重ね、代表選考基準を満たさなければならないそうですね。
そうですね。国際大会に積極的に出場している時期は、やはり拠点はヨーロッパになります。騎乗したドンローレアン号は常時ヨーロッパに置いていますし、長い時は、一度日本を出ると2カ月ほど戻ってくることができません。

──ドンローレアン号に乗っての練習は、1日にどれくらいされていたのでしょう。
1日に45分程度で、あまり長くはありません。練習しすぎても馬が疲れてしまいますし、練習は量より質が重視されます。北京オリンピックに一緒に出場したランボー号は、一緒に成長していったという感じでしたが、ドンローレアン号はベテランで、私以上に経験値もあり、とても心強かったですね。

──現地にはどれくらい滞在され、競技以外の時間はどのように過ごされていたのでしょうか。
開会式前から現地入りし、3週間近く滞在しました。競技を終えてからは1週間ほど馬が搬送されるまで付き添い、それから帰国しました。自由な時間も少しはありましたが、治安の問題で、選手村から出る機会はあまりなかったですね。競技以外の時間は他の馬術競技を観戦していました。

時差や現地の気候も心配でしたが、幸いトラブルもなく過ごすことができました。むしろ帰国後、日本の猛暑にまいってしまったくらいです。

──現在はご両親が経営されているアシエンダ乗馬学校のインストラクターとしても活動されていらっしゃいます。実家が乗馬学校という環境は、北井さんの人生に大きく影響されたのではないでしょうか。
それは間違いありません。今の私にとっては、選手としてトレーニングする場であると同時に、指導者として後進の育成に力を注ぐ場でもあります。また、大会で好成績を挙げるための指導だけでなく、小学生を対象としたポニークラブでも教えています。ポニーを思いやる優しい気持ちやマナーなども学びながら、楽しく乗馬ができます。ポニーとふれあいながら乗馬に親しんでいる子どもたちは、かわいいですよ。

アシエンダ乗馬学校
アシエンダ乗馬学校

 

馬がアスリート、ライダーは技術者

──馬場馬術は、選手の立ち振る舞いの美しさも採点に関係するそうですが、具体的にどのような競技なのでしょう。
馬場馬術は20m×60m の長方形の競技アリーナ内で、演技の正確さや美しさを競う競技です。常歩、速歩、駈歩という3種類の歩き方を基本に、様々なステップを踏んだり図形を描いたりします。演技には演技内容がすべて決められている規定演技と、決められた運動(エレメンツ)を取り入れて演技を構成し、約6分間、音楽に合わせて行う自由演技があります。オリンピックなどトップレベルの大会では、左右の肢を交差させたり、一歩ごとに肢を高く上げて前に進んだりと、まるでダンスを踊っているかのような演技が披露されます。それが「馬場馬術は馬とダンスする競技」と言われるゆえんですね。馬への指示は足で行いますが、指示を出していることを周囲に気付かれないよう、優雅に振る舞わなくてはいけません。また、競馬と異なり、鞭を使うこともありません。

審査員が採点した得点を満点で割り、パーセンテージで表した数字が成績となります。数字が大きいほど上位ということになります。

──人馬一体の演技が馬場馬術の醍醐味というわけですね。
そうですね。馬術競技は人ではなく馬がアスリートです。私たちは馬をアスリートにするために様々なサポートをしている技術者といっても過言ではなく、競技でも7割が馬の力だと思っています。ですから日頃からパートナーの観察を怠らず、小さな不調を見逃さないことが大事です。

──馬がアスリートとおっしゃいましたが、北井さんご自身は体を鍛えるトレーニングなどはされているのですか。
普段はストレッチ程度です。もともと運動神経も大して良いほうではありませんし、ジムのマシンで走っているアスリートの方を見ると、「私は絶対ついていけない」と感じてしまいます(笑)。ただ、馬術競技というのは全身運動なので、自ずと持久力は身に付きました。演技が終わると汗びっしょりですが、息切れはしません。

馬術では選手の筋力よりも、努力で身に付ける技術と、選手自身がもともと持っている感性が大切です。馬術はオリンピックでも唯一、男女混合で行われる競技ですが、それは腕力があり体格が良ければ有利というわけではないからです。実際、今回のリオでも、馬場馬術の個人戦は1位から3位まで全員女性という結果でした。もちろん体の大きな選手は、テクニックではなくその体で馬を動かすことができるという利点もありますが、小柄な選手はそれを技術でカバーすることができるので、特に問題ありません。

──馬術競技における日本と世界との壁や、それを乗り越える策などはあるでしょうか。
日本は競走馬を育てることには熱心ですが、馬術用の馬を生産するという歴史がありません。ヨーロッパでは良い馬との掛け合わせでより良い馬が生まれ、さらにその馬を調教する高い技術を持つ調教師も多く存在しています。そのどちらもいない日本は、残念ながらどうしても「強豪国を追いかける後進国」の立場になってしまいます。優秀な馬術用の馬の生産も調教師の育成も長い時間を必要とするもので、一朝一夕にできるものではありません。

選手は国内の環境が進むことを待つのではなく、自らどんどん海外に出ていく必要があると思います。海外を拠点にして技術を学ぶことが、国際大会で外国人選手と対等に勝負できる選手となることにつながります。国内で開催される国際大会は年に2回しかありませんが、ヨーロッパならシーズンになれば毎週のように大会があるので、多くの経験を積むこともできます。大会の賞金額も大きく、スポンサーも付きやすいので、結果が出るほど競技がしやすくなるという好循環も生まれます。若い選手にはぜひ海外で修行を積み、世界で活躍できる選手になってもらいたいですね。