再開発中の渋谷を「未来がはじまる場所」に─青山学院校友・片岡奨さん、KAZUSA MATSUYAMAさん
2023/07/10
気鋭のアーティストたちの作品で渋谷の街をジャックしたアートプロジェクト「SHIBUYA IN PROGRESS – 未来のはじまりが、ここにある」が2023年2月に開催されました。本学出身の同級生で、プロジェクトの企画・プロデュースを務めた片岡奨さん(かたおか たすく・中等部~大学教育人間科学部卒業)と、作品を手掛けたアーティストKAZUSA MATSUYAMAさん(かずさ まつやま・幼稚園~高等部出身)の二人に、創作活動への思いを語っていただきました。
片岡さんは青山学院大学教育人間科学部心理学科卒業後、大手証券会社に就職し、金融ビジネスの世界で活躍していました。そんななか、成績優秀者として選抜された海外研修時に「アートとビジネス」をテーマにした研究活動を行ったことをきっかけに、起業を決意します。
「世の中が経済的な利益を追求し続けた結果、とても便利にはなったけれど、価値観は均一化され、効率だけが重視されるようになりました。独自性や個性が死んで、あらゆるものがフラットになってしまった。けれど価値観が平均化したいまこのときだからこそ、問いを立ててそれを追求していくような生き方ができる人への価値や興味が高まるんじゃないかと思いました。ただし、自分の好きなことばかりやっていればいいわけではないし、かといって、(利益を上げるための)課題解決をするだけではつまらない。それらを両立させてビジネスとして確立していきたい」。片岡さんはそんな思いから2022年にEmbedded Blue社を創業し、アートビジネスの事業をスタートさせました。
フォトグラファーの父、アートディレクター兼エディターの母のもと、創作や芸術が身近にある環境で育った片岡さん。高等部時代は野球部、大学時代はラクロス部に所属するなど自他ともに認める体育会系である一方で、「意外と小さい頃から引きこもってものをつくるのが好き」(本人談)だったり、映画や小説などサブカルチャーにどっぷり浸る学生時代を送ったりしたのは、幼い頃の環境が影響しているのだろうと振り返ります。
クリエイティブな環境で過ごした幼少~学生時代、そして資本主義経済の中枢である金融業での経験。そのハイブリッドを強みとして、アーティストマネジメントやアートプロジェクトの企画実行、クリエイティブ制作など幅広い事業を展開しています。
幼い頃から絵を描くのが大好きだったというアーティストのKAZUSA MATSUYAMAさん。青山学院幼稚園時代にはすでに「えかきさんになりたい」と将来を思い描いていました。高等部2年の途中でイギリスに渡り、現地で約5年間アートを学んだ後、幼稚園時代の言葉どおり画家としての活動を開始しました。
2019年にL.A.とN.Y.で作品が展示された際には、目の肥えた現地のギャラリーやコレクターから高い評価を得るなど、すでに国内だけでなく広く海外でも活動を行っています。
KAZUSAさんは2020年、表情の歪みや抽象的な描写が特徴的な肖像作品のシリーズを発表します。匿名性を含ませながらも、場面の“様子”を切り取り、日常の表面的な喜怒哀楽だけではなく、本質に潜む美しさを追求しているこのシリーズは、観る人によって違う感じ方や捉え方、想像の余地を残す描写で表現されています。
「これまでいろいろなものを描いてきましたが、いま特に“人”を大きなテーマとして描いているのは、自分が原点に回帰していることのような気がしています。というのも、小さい頃から“人”を描くのが好きだったというのもありますし、何より“人”を表現することに無限の可能性を感じるからです。表情や感情の部分を鮮明に描いて表現しなくても、鑑賞者が作品のなかのストーリーを想像することでしっかりと伝わっている。自分の作品はこれまでもさまざまに変化してきて、これからも変わっていくと思いますが、無限の想像によって表現するというところはこれからも追い求めていきたいですね」。
■2023年6月に東京で行われた個展「Colored Nostalgia」の様子
2020年、片岡さんがKAZUSAさんの個展を訪れたことで二人は久々の再会を果たします。KAZUSAさんの作家活動を片岡さんがマネジメント・サポートするかたちで、二人の協働がスタートしました。
渋谷区がスタートアップ支援事業の一環として行った企画事業者募集において、応募企業約20社中、見事コンペを勝ち抜いたのが、片岡奨さん率いるEmbedded Blue社でした。「渋谷の工事現場を『未来がはじまる場所』ととらえる、というのが最初の発想でした。いつ行っても工事をしている渋谷の街。そんな、街の“裏側”ともいえる工事現場に光をあてることはできないだろうか、そこに未来が見えないだろうかと。この場所にアーティストの創造性を重ね合わせたら、そこから何かがはじまるんじゃないかと思ったんです」。
2022年に区の事業者募集が発表されると、片岡さんはプロジェクトのメンバーとともに企画を構築していきます。再開発工事現場に、アーティストたちの作品を設置するということが決まり、そこに参加アーティストの一人としてKAZUSA MATSUYAMAさんが加わりました。
このプロジェクトが意図したのは、単に街の壁面にアートを設置したということではなく、「訪れる人びとに語りかけ、きっかけをもたらす”体験”」であると片岡さんは言います。
「多くの人が行き交うパブリックな空間で、工事現場とアートの融合を目撃するというこの体験が、社会・街・人びとに希望を灯すものになってほしい。再開発中の工事現場は、本来は日の目を見ることのない、苦悩や困難も孕む場所であり時間です。そこに光をあてることで、関わるすべての人にワクワクする未来を感じてほしいと思いました。いま置かれている状況がうまくいかなかったり、辛いものであったとしても、ここから先は自分自身の手でつくっていくことができるのは確かです。工事中の渋谷の街も、挑戦を続けるアーティストも同じ時間を過ごしていて、ともに明日に期待する。自分もその当事者になれたなら、何かが変わるかもしれない」。
2023年2月のプロジェクト会期中、渋谷駅のハチ公口付近と西口付近、そしてマークシティ付近の3か所にKAZUSA MATSUYAMAさんら3人のアーティストの作品11点が並びました。街を行き交うたくさんの人や車、仮囲いで覆われた建設中のビルや建設機械の数々。そんな渋谷の“いま”の風景に溶け込むようにぴたりと収まった自身の作品を、KAZUSAさんはどのように見ていたのでしょうか。
「渋谷は自分にとって慣れ親しんだ場所、というのもあるんですが、いまは国内だけでなく、海外の人が毎日たくさん訪れるような、東京を象徴する街でもあります。そんな渋谷の街に作品を落とし込めたことは、自分のなかでとても大きなことでした。これから先、『あのときあの渋谷の街に自分の作品があった』ということは、きっと何度も思い返すだろうなと思っています」。
「学生時代を過ごした渋谷の街でこのプロジェクトを成し遂げたことに意味があった」。そう片岡さんは振り返ります。青山学院を巣立ってそれぞれの道をたどり、時々刻々と変わりゆく渋谷をこの先も当事者として見つめていくであろう二人。今後の活躍に期待が高まります。(了)
このインタビューの詳しい模様は「青山学報」285号(2023年10月発行)に掲載予定です。
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