青く澄んだ海で自分の力を試す遠泳に挑む 青山学院初等部「海の生活」
2019/07/16
毎年7月の1学期終業式後、長崎県平戸市で実施する5泊6日の「海の生活」に5年生全員が参加します。2019年の今年、47回目を迎えた伝統行事です。
青と緑と白色で作られた平戸の美しい自然が子どもたちを待っています。
青山学院初等部の数ある特徴的な、子どもの成長を促す宿泊行事の一つである「海の生活」。
どのような目的で、どのようなことを行っているのかをご紹介いたします。
1948(昭和23)年にはじまった網代臨海学校に起源を持ち、その後、勝浦や興津、下田等へ場所を移しながら体育の授業の一環として行われてきました。そんな中、「きれいな海で泳がせたい、安全な海で泳がせたい」という強い思いから、1973(昭和48)年より学校行事として、長崎県平戸島の人津久海水浴場で行うようになりました。
初回の5年生の保護者会で、当時の伊藤朗初等部長は保護者に向けて次のように語っています。
「どうして平戸に行くのですか?」とよく質問されます。キリスト教の歴史にふれるとか、集団生活をして自己を鍛えるとか、いろいろもっともらしい理屈をつければきりがないのですが、私は“海が青いからだ”と答えますよ。そうするときまって「遠いですね」という言葉が返ってくる。そこで私はまた、“あなたが遠いと考えているのは時間ですか、距離ですか”と聞き直すのです。“飛行機は近いですよ”と。すると飛行機という交通機関に危惧をもたれる。しかし私はこうも付け加えます。“飛行機が心配と考えるなら、通学途上の交通戦争の昨今を考えれば危険なことはどこにでもありますよ”と。 『信仰の盾にまもられて 青山学院初等部五十年のあゆみ』より
毎年主題聖句と次の目標を掲げて実施します。
・海での水泳訓練や遠泳を体験する
・苦しくても最後までやり遂げようとする心を持つ
・友だちと力を合わせ、集団生活を営む
・自然の美しさや尊さを感じ取る
・平戸(キリシタン)や長崎(原爆)の歴史にも実際に触れ、見聞を広める
下記の3つの大きな柱を中心に、水泳〈遠泳〉に終わらず、特に平和学習、キリスト教の歴史を学ぶなど、青山学院の特色を生かした構成になっています。
児童の泳力に合わせて泳ぐ距離を決めます。
現地にて、その時の体調などに合わせてグループを変更することもあります。
(1)根獅子グループ 2km
(2)三角岩グループ 1.2km
(3)人津久グループ 0.8km
隊列を組み、仲間を信じ、励ましあって完泳を目指します。
事前に、大学の50mプールを使用した練習もします。
初等部での事前学習(国語、社会、宗教)と、現地の見学を通しての学習
(1)原爆被爆
(2)キリスト教
(3)平戸の南蛮貿易
現地では、長崎原爆資料館、平和公園、山里小学校防空壕、如己堂、平戸オランダ商館、松浦史料博物館、平戸ザビエル記念教会、幸橋(通称オランダ橋)、じゃがたら娘像、フランシスコ・ザビエル記念碑、田平天主堂、平戸市切支丹資料館などを訪れます。(2018年度の実績より)
初等部では、1年生の「なかよしキャンプ」に始まる数多くの宿泊行事があるため、子どもたちは共に生活を営むことに比較的慣れていますが、あらためて今回の行事について心構えを築きます。
・持ち物を自分できちんと管理する
・学校生活の中で、遠泳の隊列を整えるための「並ぶ」という意識
・「食べる」力(体力をつけます)
・「聞く」力(先生やリーダーの指示を本気で聞く姿勢)
・自分勝手ではなく、みんなのことを意識する
5年生の担任の先生、他学年の先生、体育科の先生、教頭先生、ドクター1名(保護者の方)、学生リーダー10数名 総勢約30名。
そして現地の漁師の方々、宿泊先の旅館の皆さん、人津久海水浴場の食堂の方々など、多くの方のあたたかい手助けをいただいています。
大勢で力仕事をする時などに「えーんやこーら」と息を合わせるための掛け声があります。
この言葉に似せて当時の先生方が作った青山学院初等部オリジナルの言葉が「栄誉迎来(えーよこーらい)」という掛け声だと、佐々木教頭先生に伺いました。お互いのモチベーションを上げ、健闘(栄誉)を称え合うために、また、緊張をほぐす効果も狙っているそうです。
他校の様子を調べてみると、逗子開成中学校の遠泳学習では、「栄勇講礼(えいゆうこうれい)、養勇講礼(ようゆうこうれい)」という掛け声のようです。
「青山学報」70号(1974年10月10日発行)に掲載された児童の作文をご紹介します。
とても正直な感想だと思い、全文掲載します。
平戸島に来る前から、もっとも心配していた遠泳。もう、不安で仮病をつかって休もうかと、何度も思いましたが、その勇気もなく時がきてしまいました。
午前11時頃、太陽の光を背にうけて、スーと平泳ぎで必死に泳ぎ始めました。波が来るたびに、海水をゴクンと飲んでしまい、あんまり飲んだので、おなかがふくらんでしまうのではないかと心配。しかし、海水は、ソーダ水のようにすきとおっているし、空は青く空気はいいし、気持ちがいいな。かえるのように、スイスイ泳げているわたし。きのう、まっ黒に日焼けした手を、大きく大きくかく。
私の目の前は、一面の海、海。太陽はギラギラ、波の音だけが、耳にはいります。さっきまで続いていた長い間の不安はどこかに消えてしまい、さかなになったように泳ぐ。やがて、ゴールの浜辺が近づき、声援がとびこんできて、渚の砂に手がつく。ついに、500メートル泳いだのです。嬉しくて、涙が出て来てしかたがありませんでした。
45年前のこの文章を書き写している私も、ついつい涙を誘われてしまいました。
泳ぎ終わって、渚の砂に手がついたら、左右のバディと手をつなぎ、出迎えてくれるほかのグループの子どもたちの拍手の元に駆け寄ります。
まさに、子どもたちに栄誉が授けられた瞬間です。
2018年度の「海の生活」を振り返って、黒子亜美教諭は次のように記しています。
「仲間と信頼し合い、隊列を組んで、別の浜から泳いで人津久の浜にもどってくる……。こんな経験は、一生に一度しかないだろう。(中略)心をこめて支える大人たちと、全力で挑戦する子どもたちの間にも信頼関係が築かれることで、遠泳は成功するのだ。来年も、再来年も、平戸の空に栄誉迎来の声が響くことを願っている。」 「青山学報」265号(2018年10月発行)より
毎年参加している教頭の佐々木淳先生も、「とってもきれいな海ですよ」と語ります。実地踏査をして、平戸の海にほれ込み、子どもたちにも見せたい、泳がせたいと思った先生の情熱。新しい行事を作り上げる際に苦労した先生たち、その後も伝統を受け継ぎ実施してきた先生たちの苦労は大変なものだと思います。これまで無事故であることも言い添えます。
この行事を経験した子どもたちは、きっと、困難にも挫けない心と自己肯定感を育み、仲間とともにやり遂げることの大切さを胸に、大いにこの世の中で活躍してくれることでしょう。
今年も、7月15日(月)、5年生の子どもたち122名が平戸へ旅立ちました。