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【もっと知りたい!ドクター通信】薬物依存のはなし

青山学院女子短期大学校医・帝京科学大学教授

鈴木 幹夫

精神作用を引き起こす危険物質

時々、自宅で大麻を栽培していた大学生や、違法薬物を所持・使用した著名人が逮捕されたといったニュースがマスコミを賑わせます。

様々な物質が、ひとの中枢神経系に作用して、何らかの精神運動機能に影響を及ぼすことは、古くから知られていました。有史以前に偶然の発酵から発見されたアルコールをはじめとして、自生するキノコ、タバコ、サボテンなど、多くの物質が今日まで精神作用物質として用いられてきました。例えば、大麻(カンナビス)は、鎮痛、鎮静、消化、抗炎症作用があり、19世紀後半まで長く薬として利用されていましたが、1850年代以降、量産可能なアスピリンなどの代替え物質が合成されると、需要は減っていきました。このように科学工業的に生産しうる物質が出現するにおよび、覚醒剤、有機溶剤(トルエン)など、精神作用物質の問題は、医療の範囲を超えて大きな社会問題になっています。

人の脳には、「報酬系神経」という神経システムがあるとされ、これは、“快”をもたらす報酬刺激への接触を増やそうとする、本来は適応能力向上を目的として進化した神経システムです。しかし、一方で、この神経システムに、“快”をもたらす薬物刺激が繰り返されると、そこに依存が形成されるという側面も持ちます。多くの依存性薬物が、それぞれ、この報酬系神経のある部分に作用し、依存が形成されることがわかっています。

 

精神依存と身体依存

依存に至る道のりは、例えばアルコールでみると、毎日大量に飲むといった連続飲酒が始まり、だんだんと社会的許容から逸脱した飲み方が習慣化するのが「乱用」です。一気飲みを先輩から強要された大学生が意識を失い搬送されるといった報道を耳にすることがありますが、そのように短時間で大量に飲み、死にも至りうる状態が「急性アルコール中毒」です。その後、アルコールの乱用が続き、酒を飲んで酩酊したあげくに会社を無断欠勤し続けて職を失う、家族に暴力を振るうなどして家族を失うというように、「アルコールゆえに、本人あるいは周囲の人が困った状態が続く状態」が「アルコール依存症」です。この依存には、「精神依存」と「身体依存」の二つがあります。アルコールを摂取したいという止めがたい欲求のためアルコールを手に入れるまではその探索行動を決してやめない状態が「精神依存」で、依存性の薬物はすべて、まず精神依存が形成され得ます。さらに、生体がアルコールの影響下にあることに適応した結果、アルコールが体内から消退したときに、精神的・身体的な病的で異常な症候(退薬症候群)が発現する状態が「身体依存」です。アルコールの場合、何十年も連続飲酒している人が、骨折などをして入院すると図らずも断酒が強いられますが、その1~3日後の夜などに、全身の振戦(ふるえ)とベッドの隅にアリのような小動物が密集しているのが見えるといった幻視などがみられる特徴的な退薬症候群が出現することがあります。

精神依存は形成されるが、身体依存はない薬物もあります。覚醒剤は、身体依存はないとされますが、非常に強力な精神依存が形成されます。薬物依存症は回復可能な病気として扱われるべきですが、覚醒剤のように強い精神依存が形成されるものは、治療は困難を極めるようです。

 

青少年の薬物乱用を防ぐには

以前話題となったカナダでの大麻販売の合法化(2018年10月)ですが、その目的は反社会勢力への資金流入阻止と税収を上げることが主目的のようで、大麻の人体への悪影響への考慮はされていないようです。いくつかの信頼できる研究は、大麻も覚醒剤と同様に強力な精神依存が形成され得、かつ連用により、脳に不可逆的な変化をもたらすことを示しており、「動因喪失症候群」という、勤労・学習意欲低下、無気力・無関心、能動性低下などを示す状態になることが知られています。大麻は比較的入手しやすいのか、若者に乱用者が急速に増えており、まず大麻に手を出し、その後他の薬物に移行していくケースも多いので、「ゲートウェイドラッグ」とも言われます。近年は大麻に類似した合成カンナビノイドを含む違法ドラッグあるいは新規向精神薬の蔓延が問題となっています。

女性の薬物依存者の場合、薬物にではなく、実は一緒に使用する男性に依存しているともいわれます。また、家事をしながら昼間から飲酒を続けるいわゆる「キッチンドランカー」が増えており、アルコール依存症患者の実数は圧倒的に男性が多いのですが、増加率は、女性が圧倒的に高い状態が続いています。妊娠中の飲酒は、胎児性アルコール症候群といわれる知的障害や行動障害を来す神経発達障害の発症リスクをもたらします。さらに、ダイエット薬などと称し、危険ドラッグであることがマスクされ一般市民に浸透していくといった危険も指摘されています。

青少年のシンナーや大麻依存を手始めに、→コカイン→覚醒剤、さらには年齢が高くなるとアルコールというように、依存のフルコースともいえる、年代を経るごとに連鎖的に依存薬物が変遷するということもよくあります。その意味で、薬物依存の入り口である青少年の薬物乱用を防ぐことは大事なことであり、効果的な啓蒙・教育により、若者の強力な意識や意志力を育む必要があると思われます。

 

先生、最後にもうひとつだけいいですか?

Q 市販の薬で依存症になることはありますか?
A 乱用される薬物で、最近増加傾向を示しているのが、大麻と市販薬の二つです。特に10代の若者で、危険ドラッグに代わって市販薬の乱用が急速に増えています。彼らは困難にぶつかった時に、人に適切に相談することができず、薬にしか依存できないといわれ、その薬物摂取行動を強化する報酬は、快感ではなく、苦痛から一時的に逃れること、です。従って問題は、根本的に人と人との関わり方が変化している社会全体にある、ともいえます。乱用される市販薬は、鎮咳・去痰剤が圧倒的に多く、次いで総合感冒薬、鎮痛薬、睡眠薬などです。これらは、乱用が続くと、「やめられなくなる」ので、精神依存が形成されます。