美術「テンペラと油彩」『テンペラ絵の具を作ろう!』【青山学院中等部3年生選択授業】
2022/10/17
1971年に始まった中等部3年生の「選択授業」。中等部生たちの個性をいかし、将来の可能性を伸ばすため、様々な分野の授業を用意しています。
今回は、美術「テンペラと油彩」の第1回授業レポートをお伝えします。
中等部の1階に到着すると、スタイリッシュなブラックデニムのエプロンを身に着けた筒井祥之先生が出迎えてくださった。
「今日は最初に絵画室で説明をしたあと、隣の工芸室に移って作業をします。選択授業のときは贅沢に2部屋使えるのがいいですね(笑)」
先生のあとに続いて絵画室へ入ると、すでに生徒たちが着席していた。女子生徒8名、男子生徒1名の和気あいあいとしたクラスだ。
「それじゃあ、今日は2学期最初の授業ということで、エッグテンペラについての復習と、1学期に行った作業の確認をしていきます」
先生の説明によると、エッグテンペラとは、中世ヨーロッパで行われていた、卵の黄身を使った「テンペラ絵の具」で描く絵画技法のことで、ルネッサンス期に発展したヨーロッパの宗教画などに多く用いられた。古くはエジプトのミイラ棺の肖像画、ビザンツ帝国のイコン画(聖画像)にも見られるそうだ。
「テンペラ」の語源はラテン語の” temperāre”(テンペラーレ)で、「混ぜる、調合する」という意味を持つ。原始の時代から絵を描くときには身近にある素朴な材料を使っており、その際、顔料や色素に、動物の皮や骨を煮出して作る膠(にかわ)や卵黄に混ぜていたことからも、テンペラ画の歴史の長さがわかる。
テンペラ画を描くにあたり、生徒たちは1学期中にベニヤ板から作った「支持体」に地塗りを施し、好きな名画を鉛筆で模写したそうだ。
「下書きまではみんな終わった?」
先生の問いかけに、数名の生徒が控えめにうなずく。どうやら下書きの途中の生徒が大半のようだ。
「下書きの続きはあとで進めるとして、今日はいよいよエッグテンペラで使用する卵のメディウム作りと顔料を練る作業を行います。ということで、工芸室へ移動しよう」
工芸室へ入ると、机の上には卵やお酢などの食材、ボウルなどの調理器具が並んでいる。まるで調理実習のような光景だなと思いながめていると、
「今から3分クッキングを始めるよ♪」
と、筒井先生がお茶目に告げる。その言葉に反応し、「クッキング?」「ゆで卵なら作れそう」と生徒たちが盛り上がり始める。
「昨日スーパーで材料を買って、今朝は卵が割れないように満員電車で必死に守りながら持ってきました(笑)それじゃあ、まずはお手本を見せるから、よく見ていてね」
筒井先生は「卵のメディウム」のレシピを説明しながら、手際よく調理を始める。
「卵液に水が入ってしまうとメディウムが傷みやすくなるから、水が入らないように注意してね。今日作ったメディウムは選択授業の間ずっと使います。ではやってみよう」
生徒たちはグループに分かれ、早速卵を割り始める。勢いよく卵を割る子もいれば、恐る恐る卵を割る子もいるが、みんな器用にこなしていく。卵黄と卵白を分離するのもお手の物だ。
「手のひらの卵の感触をよく味わって」
手のひらに卵をのせながら「なんか気持ちいい」「不思議な感触」「割っちゃいそうで怖い」とはしゃぐ生徒たち。楽しそうな様子に、思わず作業に参加したくなる。
ところが、卵黄から卵液を抽出する工程になると雰囲気は一変。途端に難易度が上がり、「この作業、難しいよ!」「卵の膜ってどれ?」「わあ、やばい、やばい!」「膜がビーカーに入っちゃう!」と、終始大騒ぎしながら作業にあたる。
苦戦しながらも少しずつコツを掴んでいく生徒たち。得意な生徒が率先して作業を進めていく様子は見ていて頼もしい。
大盛り上がりのうちになんとか卵のメディウムが完成。見るからに濃厚な黄色い液体が出来上がった。
「次は顔料を練る作業に移るけど、その前に特別なコスチュームを作ろう」
そう言って筒井先生が取り出したのは、大きなポリ袋。油性ペンで描いた線に沿って、ハサミで大小3つの半円を切り抜く。
出来上がったのは、お手製のポリ袋エプロンだった。
「ブラウスやシャツを汚さないように、今日はエプロンを着けて作業します。金属を加工して作った顔料は人体にあまりよくないから、マスクとビニール手袋も着けてね」
出来上がったエプロンを着て、少し照れながら楽しそうに見せ合う生徒たち。中には襟首を大きく切りすぎてしまい、肩がずり落ちてオフショルダーのようになってしまう子も……。
「せっかくコスチュームに着替えたので、記念撮影をしましょう」
立派なビーナス像の前に整列して、大はしゃぎで記念撮影をする。
「おお、かっこいい!これならVIVIDS(青山学院中等部が誇るチアダンス部)にも対抗できるね(笑)ホームページの表紙を飾れそうだ」
出来上がった写真を見て大満足の筒井先生。「見せて!」と生徒たちが一斉に取り囲む。
はじめは「恥ずかしい」「ダサい」と乗り気ではなかった生徒たちも、写真を見ると「思ったよりいい!(笑)」「意外とかっこいい」と満足した様子。どんな作業も楽しそうにこなす明るいクラスだ。
「では、いよいよ顔料を練る作業に入ります。今回も先生がお手本を見せるから、よく見ていてね」
はじめて見る道具やカラフルな顔料に興味を示しながら、生徒たちは先生の手元に注目する。
筒井先生の流れるような手さばきを見ていると簡単そうに感じるが、慎重さと繊細さが求められる難しい作業だ。
好きな色の顔料を選び、勢いよくガラス板の上に広げる。
ナイフを使って顔料を集め、くぼみを作るところまでは楽しそうに進めていた生徒たちだったが、水を加える工程になると少しずつ余裕がなくなってきた。
「どのぐらい入れればいいんだろう……」「先生、水の量はこれぐらいですか?」など、不安そうな声や質問があちこちから聞こえ始める。先生も助太刀で大忙しだ。
水を入れすぎてしまった生徒は「やばい、入れすぎた!」「決壊した!」と大慌てで顔料を練っていたが、成功した生徒は「この作業、楽しい!」と余裕の笑顔だ。
ある女子生徒たちは「生チョコみたいな感触だね」「え~私のは真夏の溶けたチョコみたいだよ……」と、顔料の粘度をチョコレートにたとえていた。手元を見るとひとつは顔料がまとまっていたが、もうひとつは水分が多く、液体になっていた。なるほど、言い得て妙だ。
「顔料によって必要な水の量が違うので、自分の感覚で水の量を調整してね」
各自のセンスが問われると聞き、生徒たちは自分の手元に神経を集中させる。だんだんと口数が減り、一心不乱に顔料を練る表情は真剣そのものだった。
はじめての道具や作業に苦戦しながら、なんとか練り上げた顔料を瓶に詰めていく。先生のお手本のようにはいかなかったが、工夫しながらやり遂げた生徒たちからは達成感や安心感が見て取れた。
今回作った卵のメディウムと顔料を混ぜると、エッグテンペラで使用する「テンペラ絵の具」になるのだが、その作業は次回のお楽しみ。残りの時間は使った道具を丁寧に洗って片付け、各自下絵を仕上げることとなった。
絵の具の準備も整い、いよいよエッグテンペラの工程に入る。次回の授業も楽しみだ。