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美術「テンペラと油彩」『世界に一つの作品』【青山学院中等部3年生選択授業】

1971年に始まった中等部3年生の「選択授業」。中等部生たちの個性をいかし、将来の可能性を伸ばすため、様々な分野の授業を用意しています。
詳しくは、まとめページをご覧ください。

今回は、美術「テンペラと油彩」の第2回授業レポートをお伝えします。

 

テンペラ画の要 色合わせに挑戦

前回の授業で卵のメディウムと顔料を準備した生徒たち。今回はその二つを混ぜてテンペラ絵の具を作り、実際に絵に色をつける工程に入っていく。
期待に胸を膨らます生徒たちだが、まずは絵の具の混ぜ方を学ばなければならない。ホワイトボードを見ると、美術の授業には似つかわしくない数式のようなものが。

「何これ数式?」と驚いた様子の生徒たちに向かって筒井先生が説明を始める。

 

Mr.Tsutsui
筒井祥之先生

 

「それじゃあ今日は最初に色合わせの方法を学びます。前回みんなに用意してもらった卵のメディウムと顔料を混ぜて、まずは梅皿にベースになる色を作っていきます」

 

dish
色を混ぜるのに使用する梅皿

 

7つのスペースに分かれた大きな梅皿の中央に卵のメディウムを入れ、スポイトで注水する。希釈したメディウムを筆で取り、顔料と混ぜ合わせていく。

 

Medium_and_colour
卵のメディウム(梅皿中央)と顔料を混ぜ合わせていく

 

「これでテンペラ絵の具ができました。この絵の具を使って、次はベースの色を作ります」

先ほど作った顔料を小さな梅皿に少しずつ取り分け、混ぜながらベースの色を作っていく。

「ベースができたら次はグラデーションを作っていきます。この色合わせの作業はとても重要なので、必ず紙に試し塗りをしながら、色味を調整してください」

 

Test_painting

 

白紙に何度も筆をすべらせ、色を確認しては少しずつ他の色を足し、グラデーションを作っていく。ほんの少し色を足すだけでも色味がガラッと変わる繊細な作業だ。

「他の色を筆に取る前に必ず筆をよく洗ってね。色が混ざらないように注意してください」

 

Students
真剣に話を聞く生徒たち

 

筒井先生の手元をじっと見つめる生徒たち。これから行う色合わせの作業を頭の中でイメージしながら、先生の話によく耳を傾けていた。

「色を塗るときは下書きが透けて見えるぐらい薄く塗るのがポイントです。薄く塗って、下の色が乾いてから次の色を塗ります。手に絵の具がつかないように、木の板を上手に使ってね」

 

Wood_1
板状の木材を組み合わせたところに手を置き、色を薄く塗っていく
Wood_2

 

「それじゃあ始めよう」

筒井先生の合図で生徒たちも早速色合わせに取りかかる。使用する顔料を選び、真剣な表情で何度も色を混ぜ、オリジナルの絵を見ながら慎重に色を塗っていく。

先に塗った絵の具が乾いてから次の絵の具を重ねる必要があるため、色を塗る工程はこのあと数か月かけて忍耐強く取り組むことになった。

 

Students_1
Students_2
Students_3

 

最終回 「自分だけの作品」を完成させる

支持体作りから始まり、地塗りや卵のメディウム作り、顔料の練り合わせなども経験しながら、数か月かけてテンペラ、油彩を行ってきた生徒たち。多くの工程を経て、1年にわたる選択授業もあっという間に最終回を迎えた。今日はいよいよ、自分たちで制作した額縁にテンペラ画をはめ込む日だ。

「1年かけて取り組んできたテンペラの授業も今日が最終回です。今日はテンペラ画を額縁に入れる作業をします。サプライズもあるのでお楽しみに」

サプライズと聞いて色めき立つ生徒たち。その反応をよろこびながら筒井先生は笑顔で続ける。

 

「サプライズの前に、まずはテンペラ画を額縁に固定する作業をするから集中してね。最初に金具を留める位置を決めるために額縁の長さを測ります。辺の中央にシャープペンシルで印をつけて……」

額縁の上部を採寸し、中央部分に印をつける。

「次に千枚通しを使って印をつけたところに穴をあけます。危ないから道具の扱いにはくれぐれも注意するように」

千枚通しで小さな穴をあけ、そこに額縁を壁にかけるための金具をネジで固定する。

 

「最後にテンペラ画を固定します。これは大工さんなんかが使う鳶(とび)道具なんだけど、前に向かって金具がとぶので危険です。使うときは必ず金具がとぶ方向に人がいないことを確認してから使ってください」

引き金を引くと「パシュン!」という鋭い音を伴って、矢印のような形をした金具が額縁に打ち込まれた。
「うわあ!」「すごい、かっこいい!」「ちょっと怖いかも……」と生徒たちはさまざまな反応を見せたが、一様にめずらしい道具に興味津々の様子だった。

説明が終わると、自分の作品と額縁を手に早速金具を取りつける。
額縁を壁にかけるための金具は簡単に取りつけられたが、絵を固定する作業は恐る恐る慎重に行っていた。

 

Students_7
ガンアンカーという道具を使って額縁に絵を固定する

 

「引き金を引くのに結構力が要る……」「あれ?空振りだ」「貫通しちゃった!」など、さまざまなトラブルがあったが、お互いに助け合いながら無事に絵を額縁に収めることができた。

 

1年かけてじっくりと作り上げた自分の作品を満足げに見つめる生徒たち。数名にテンペラ画に取り組んだ感想を聞いてみると、生き生きと答えてくれた。

 

Nagashima_kun
T・Nさん

──この作品を題材に選んだ理由を教えてください。
せっかくなら大作に挑戦したいなと思って「キリストの昇天」を選びました。

──挑戦してみてどうでしたか。
ちょっと難しいのを選びすぎちゃったかな。もう少し(仕上げの)時間が欲しかったですね。でもまあ満足してます!

 

Fukuoka_san
M・Fさん(写真右)

──この作品を題材に選んだ理由を教えてください。
人物を描くのがあまり得意ではないので、風景を描きたいと思ってこの作品を選びました。

──制作に取り組むなかで苦労したことはありましたか。
原画の色味を再現するのに苦労しました。でも私なりに頑張ってグラデーションを表現できたと思うので、それが一番のこだわりポイントです。

──エメラルドグリーンの額縁もステキですね。
みんなと同じはつまらないじゃないですか。なので額縁で個性を出してみました!

 

Yuhara_san
K・Yさん

──この作品を題材に選んだ理由を教えてください。
私も人物を描くより景色を描きたいと思っていたときにこの絵に出会って一目惚れしました!木の感じを表現してみたいなと思って。

──苦労したことはありましたか。
色を作るのがとにかく難しかったです。あと、湖に反射してる感じを表現するのに苦労しました。でも、水面の揺れを頑張って表現したつもりです。木もいい感じに表現できました!

 

「それじゃあみんなお待ちかねのサプライズの時間です。こっちに集合」

筒井先生の明るい声に反応した生徒たちがすぐさま集まってきて、「わあ、ゆで卵だ!」と驚く。
なんと今日の授業のために筒井先生がこっそりゆで卵を準備してくださっていた。

 

「1人1個、好きなのを取って殻をむいてね」

「一気に殻がむけて気持ちいい!」「白身も殻と一緒にむけちゃった」など、わいわい盛り上がりながら卵の殻むきをする生徒たち。慎重に少しずつむいていく。

 

Peeling_eggs
秘伝のゆで卵レシピを紹介する筒井先生。生徒たちは殻むきに集中していた

 

「それでは1年間このテンペラの授業では卵にお世話になりました。感謝の気持ちを込めておいしくいただきましょう。じゃあ卵を手に持って……乾杯!」

「乾杯~!」

 

Cheers!

 

乾杯の合図で出来立てのゆで卵をいただく。「美術室でゆで卵を食べるなんて変な感じ」と言っていた生徒も、「おいしい!」と笑顔で食べていた。

最後に筒井先生に今年度の選択授業について感想をうかがった。

 

「年間を通してとてもあたたかい雰囲気のクラスでした。思い出話などでよく盛り上がっていました。また、クラスメイトに寄り添う優しさを持つ子が多かったですね。

たくさんの資料のなかから各自作品を選んだので、選んだ作品のなかにきっと彼らの心に響くものがあったのだと思います。『どうしてこの作品を選んだのか』を突き詰めて考えることで、自分自身のことが見えてくるのではないでしょうか。

一つの作品に長い時間をかけて向き合い、一つひとつの工程を学んだことで、テンペラ画ができるまでを知り、そこから多くを学んでくれていればいいなと思います」

 

今回制作した生徒たちの作品は、約1年間、中等部のエントランスホールで展示されるそうだ。

「展示期間が終わると、生徒たちが中等部に作品を取りにくることになっています。高等部生になって成長した生徒たちと再会できるのが楽しみです。高等部生活でこの選択授業の経験が少しでも生きる場面があれば、うれしいことだなと思います」

 

Mr_Tsutsui

 

授業レポート(文/湘 photo/茂)