中国語SP「ちゅうちゅうトリップ!! 横浜山手中華学校と中華街訪問」【青山学院中等部3年生選択授業】
2023/02/27
1971年に始まった中等部3年生の「選択授業」。中等部生たちの個性をいかし、将来の可能性を伸ばすため、様々な分野の授業を用意している。
中でも中国語の授業が熱いと聞きつけ、取材をしたのが2年前の2021年。
柳本真澄先生の厳しくも愛あふれる指導の下、会うたびに大きく成長していく生徒達の姿を一年間追ったが、時は、コロナ禍真っ只中。
完璧に組まれたカリキュラムで、唯一出来なかったことがあった。
それは、
横浜山手中華学校の見学と中華街で春節を味わうことだ。
2023年1月、徐々に日常生活が戻り始め、政府により5月には新型コロナウイルスが5類に移行すると決まった頃、
柳本先生から連絡が入った。
「取材にいらっしゃいませんか?」
今年は横浜に出かける。実に3年ぶりだというのだ。
日本列島が大寒波に見舞われた1月某日。
凍てつく空気の中、JR石川町駅に柳本先生と生徒達の姿があった。
時間よりかなり早く到着した生徒達に「“肉まん”って中国語で何て言う?」と柳本先生。
突然の質問にも笑顔で答える生徒達。待ち時間さえ中国語の勉強を忘れない。
時間前には全員が集まり、生徒同士で点呼を取り合い、定刻通りに動き出す。
さすが選択授業中国語。見事に一体感がある。
石川町駅北口を出て、すぐ目の前。
横浜山手中華学校がある。
モカ色の校舎は横浜らしいモダンさで洋館立ち並ぶ街に溶け込み、柵には等間隔で可愛らしい絵が飾られており、歩く者の心を和ませてくれる。
校舎に入ると、そこはもう中国だった。
真っ赤な提灯が天井からぶら下がり、美しい幾何学模様に切り抜かれた色とりどりの紙が壁に飾られている。
見るもの全てが新鮮で、そして美しい。
しかも、ただ美しいだけではない、そこに独特の温かさがある。
それは、手作りのぬくもりのような温かさで、外気の寒さが吹き飛んでしまうようだ。
見入っていると、
「ようこそいらっしゃいました」
教務部長の羅 順英(ラジュンエイ)先生が笑顔で出迎えてくださった。
羅先生からの手厚い歓迎を受け、通された部屋は中国の邸宅のよう。
扉は重厚な焦茶色をした木製で、ドアノブもゲートラッチ(扉金具)も黒で統一されている。
部屋の中には、丸木がそのまま柱に使われ、廊下側の窓には美しく彫られた木枠がはめ込まれている。壁沿いには、中国語の本や、可愛らしい人形、細やかで繊細な刺繍など、工芸品、いや芸術作品が飾られている。
中等部生達も興味津々のようで、あちこちからため息にも似た声が漏れてくる。
羅先生が「この部屋は中国文化教室と言って、中国文化を学ぶのに使っています」
と微笑んだ。
中国から取り寄せたという4人掛けの椅子に座ると(柱も扉も、机も全て中国からの取り寄せ品)、羅先生がスライドを映しながら、横浜山手中華学校について教えてくださった。
横浜山手中華学校――
その歴史は古く、1898年に始まる。
横浜の地に世界で初めて華僑(中国から海外へ移住した中国人)の学校として建てられた。
当時の名称は横浜大同学校。創立の翌年には犬養毅氏(第29代内閣総理大臣)が名誉校長に就任している。関東大震災、第二次世界大戦の2度の被災で校舎を失っても、その度に建て直した。1953年、山手町に臨時校舎を建て、1957年に校舎の名前を「横浜山手中華学校」に改名したという。
1966年鉄筋コンクリートの校舎に建て替え、2008年には胡 錦濤国家主席(当時)が来校。海外にある華僑学校として初めて視察を受けた。
2010年には現在地に6代目となる校舎を設立。今年2023年に創立125周年を迎える。
125年続く横浜山手中華学校の教育目標は「Chinese Spirit(中国心)」と「グローバルな視野」を持つ在日華僑華人を育むこと。
小学1年生から、中国語で中国語を学ぶ授業を施し、徹底したバイリンガル教育を行っている。先生方の、美しい中国標準語をシャワーのように浴びることで、頭の中で、翻訳しながら考えるのではなく、言語のスイッチを自由に切り替えられるようになっていくという。
この徹底したバイリンガル教育だが、横浜山手中華学校のバイリンガル教育は言語だけにとどまらない。文化も体得してこそ真のバイリンガル教育と考え、文化を学ぶ時間も欠かさない。
春節のお祝いには、みんなで餃子を作って食べるのをはじめ、全員参加の中国語によるスピーチコンテストや京劇などの中国文化を体験している。
そして、自分達が暮らす日本文化への理解を深めるため、能楽などの体験も行われている。
また、圧巻なのが授業時間数。小学校、中学校ともに週6日間、授業があり、中学生ともなると、週35時間もの授業をこなしているという。
徹底したバイリンガル教育のため、日本語と中国語を解する生徒児童達。同じニュースでも日本での伝え方と中国での伝え方がどう違うか、どう見たら良いかも考えさせるそうだ。
中国の文化を大切にしながら、自分が住んでいる日本の文化も大切にする。
異なる価値観を持つ人の見方や考え方を理解するよう努める教育は魅力的だ。
羅先生から、学校の説明を受けた後、早速、授業を見学することになった。
小学1年生と2年生が授業を受けているという1つ下の階に降りると、子ども達の元気な声が聞こえてきた。
小学1年生達は朗読の時間らしく、先生の発音する中国語をみんなが真似して発音する。
取材班には一言半句分からないが、ただその旋律の美しさだけは分かる。
懸命でピュアな声が自然に身体に染み入るようで……
中国語とは美しい。
そう感じさせてくれる発音だ。
そして気づいたのだが、さっきから先生の指示は全て中国語だ。
恐らく「窓側の列の子だけ、発音しなさい」という指示だと思う。
誰一人迷うことなくまごつくこともなくついていっている。
「様々なバックグラウンドを持っている子達がいますが、うちでは0スタートとして、ピンイン(中国語の発音記号)から始めます」
と、羅先生が教えてくださった。つまり小学1年生で初めて中国語に触れる児童もいるという意味だ。
わずか1年足らずでここまでできるようになる教育に脱帽だ。
小学2年生の中国語は、さらに進んでいて位置に関する中国語を先生と児童達が身体を動かしながら学んでいた。算数の教室では、先生がそろばんのようなものを使って説明している。羅先生曰く「算数は中国で使われているテキストを使って、中国語で勉強しています。ロジックを学べるように」。
5階では中学生達が授業中だ。
「どこでも自由に見学してください。うちはオープンなので」
羅先生の言葉に勇気を得た中等部生達だが、授業で使われている中国語のレベルの高さに
「無理、難しすぎる」
「さっきの小1のクラスで限界」
衝撃を受けたようだ。
とはいえ、週1回の中国語の授業だけで、中華学校低学年レベルについていける中等部生達も充分すごい気がする。
中等部生達全員が中国語検定準4級に合格しているだけのことはある。
中国語のレベルの高さにガックリと肩を落としていた中等部生達だったが、休み時間にやってきた横浜山手中華学校の中学生達に会うと一変した。
本学の学友会会長と、横浜山手中華学校の生徒代表が、お互いに、「今日は見学させてくださいましてありがとうございます」「今日はいらしてくださり、ありがとうございます」と少々堅めな挨拶を交した後は、初めて会ったとは思えないほどの笑顔の花があちらこちらで咲いた。
「なんで、みんな違う色のスカートを着てるんですか?」「学年によって違うんですか?」横浜山手中華学校の中学生達が目をキラキラさせて質問している。
羅先生から「色々なバックグラウンドの子がいます」と聞かされていたが、昔からの友達同士のように笑顔を交わし、手を振り合う姿に、一瞬で友達になりうるのだと信じざるをえない。
そこには、横浜山手中華学校が培ってきた自文化と他文化に対するリスペクト、人を受け入れる懐の深い人間教育、そして青山学院の隣人を愛するキリスト教に基づく教育の根底を見た気がした。
温かな交流の時は瞬く間に過ぎ去り……。
「再見(ツァイチェン)また会いましょう」
羅先生に見送られて、ほっこりした気持ちで外に出た。
力強さや活気、明るさ、懐の深さ、そして自文化、他文化に対する敬愛の情……。
外気は相変わらず冷たいが、それでも大家族に迎え入れられたような温かさが続いている。
見上げると、青い空が高く広がっていた。
横浜山手中華学校を後にし、中華街を目指して歩いていくと、
どんどん人が多くなってきた。
気づけば、列の間に知らない人が入っている。
善隣門をくぐると、中華街が広がっていた。
イチゴ飴の飾りが蠱惑的に道に迫り出し、肉まん、小籠包が白い湯気を上げて迎えてくれる。
「美味しそう」
中等部生達の声がはじけた。
横浜山手中華学校の中国語のレベルの高さに、ちょっぴりしおしおになったかと思えば、中華学校の生徒達との束の間の交流では満点の笑顔になり、今は魅惑的な食べ物を前に目をきょろつかせている。
15歳の1日は忙しい。
中華街の勝手知ったる柳本先生に連れられて来た通りにその店はあった。
3テーブルに分かれて座り、出てきた定番中華の昼食に舌鼓を打つ。
そこでも、中国語で味の表現を教える柳本先生もさすがだが、楽についていっている生徒達もさすがだ。
お腹は12分に満たされた。
と、思ったのは先生と取材班だけであったらしい。
すでに結構な量を平らげたはずの中等部生達であったが、
「肉まん、肉まん! 絶対肉まん、食べる! 肉まんは義務!」
「イチゴ飴、イチゴ飴」
「ラーメン食べる!」
「ごま団子食べよう」
と、寒い中走り回って、幸せそうに頬張る中等部生達。
ここで、中等部生達が楽しんだ中華街フーズのランキングを謹んで発表したい。
焼き小籠包を食べた生徒達からはこんな声が
肉まんを食べた生徒達からはこんな声が
パンダまんを食べた生徒達からはこんな声が
叉焼(チャーシュー)メロンパンを食べた生徒達からはこんな声が
4位以下は、
第4位イチゴ飴、ごま団子、小籠包
第5位タピオカ、ジーパイ
少数派には、フカヒレ姿煮あんかけそばやチーズハットグなど
最後に「破産しました」との声も……。
柳本先生は中華街における華僑文化を学ばせることも忘れていない。次の目的地である横浜関帝廟にみんなで向かった。
『三国志演義』の英雄、関羽さまが祀られた関帝廟を訪れると、教会はもちろん、日本の神社やお寺との違いに少し戸惑いながらも、中等部生達はお祈りを捧げる。
また、中華街にある小さな公園「山下町公園」では春節ならではの中国伝統芸能が催されていた。
人の多さと寒さからか、始まる前は少々退屈そうな顔を浮かべていた生徒達だったが、いざ始まってみると、爆竹の音に驚き、獅子舞のアクロバティックな動きに歓声を上げ、美しい舞いにはうっとりする。
興奮と感動を重ね合わせたような表情で見入り、その一瞬一瞬を楽しんでいる。
大きな壺を背中で受け止める壺芸では演者の気持ちになって「痛い、痛い」と呟き、武術のパフォーマンスでは、ステージの演者の掛け声に合わせて呼吸や正拳突きの真似を真剣に行う。
舞台上の先生と違い、ちょっと弱々しい正拳突きだ。
踊りながら、動作の度にお面が変わる「変面(へんめん)」。演者が客席に降りて、近くまで来た時には、「頭、頭、頭を噛まれよう!」と頭を噛まれる準備をする生徒達(直前に、獅子舞に頭を噛まれると縁起がいいと教わった)、「それは獅子舞よ。これは噛みません」と、柳本先生が苦笑いしている。
春節らしい華やかな雰囲気も満喫した生徒達はお土産をたくさん抱え、一路、帰宅の途についた。
ここで中華街で買ったお土産のランキング!(()内はご家族の感想)
「勉強のお供にした」という中等部生ならではの声や、
「目を離した隙に弟によって消えていた」という声もあったが、
ほとんどが、「一家みんな喜んでくれた」との声で、
中華街での楽しさを家族と分かち合ったことが伺える。
帰りの電車の中で、生徒の1人が、
「いつも勉強が厳しいので、こんなにはっちゃけたのは、みんな初めてです。
とても良い思い出になりました」
と嬉しそうに感想を聞かせてくれた。
新型コロナで学校生活がままならなくなったのは2020年。
今、中学3年生ということは、当時小学校6年生だったはずだ。
小学校の卒業式、中等部の入学式それに続く行事の多くを我慢してきた世代だ。
以前、柳本先生がこの特別授業はちょっとご褒美的な意味もあるとこっそり教えてくれた。今年の生徒達も、今までの先輩方同様、全員が中国語検定準4級(一般大学の第二外国語における第一年度前期終了程度)に合格。(三月にはその上の4級に挑戦する生徒もいるという。)
厳しい勉強を続けてきた結果であることは容易に想像できる。
そんな生徒達への粋な計らいとも言うべき今回の特別授業。どの生徒達の顔も本当に生き生きとして楽しそうだった。
1年間共に中国語を学んだ仲間と共に横浜山手中華学校とはにかみながら交流し、異国情緒溢れる中華街で白い湯気をあげた肉汁たっぷりの肉まんにかぶりついたこと、ちょっぴり冷たいイチゴ飴をかじったこと──横浜で過ごした時はきっと素晴らしい思い出になるに違いない。