Column コラム

ハイ/ロー・カルチャー徒然帳〈2〉みんなが歌った、放たれた鳥の歓びで*…〈合唱〉をめぐって

*from Sassoon,’Everyone Sang’
青山学院大学コミュニティ人間科学部教授

松村 伸一

十八世紀英国の文人サミュエル・ジョンソンは「あらゆる騒音のなかで音楽が一番不快でない(the least disagreeable)」と語ったそうだ。音楽をまるごと騒音扱いしている点が愉快なのだが、そう感じてしまうのは私が音痴だからだろう。ちなみにジョンソンの時代に公園での野外コンサートが風習として定着するが、ある銅版画に描かれたジョンソンは音楽より食事に夢中に見える。
 
そんなわけでとうてい適任とは言いがたいのだが、2015年春にグリーンハーモニー合唱団(以下GH)の女子短大顧問を、数学の宮田雅智先生(2016年春ご退職)から引き継いだ。GHをドイツ語読みした「ゲーハー」が通称で、日本語の歌の男女混声合唱が主な活動内容である。女子短大の部活ながら実質的には大学GHと一体で活動しているので、合宿などにお邪魔すると、男子学生諸君と話をする機会があるのも楽しい。

2015年の夏合宿ではじめてその練習に立ち会ったのだが、これが思いがけずスリリングなアート体験だった。

そのとき練習していたのが信長貴富『新しい歌』。ガルシア・ロルカ、ラングストン・ヒューズ、ハンス・アンデルセンの翻訳詩に、まど・みちお、谷川俊太郎の詩を加えた、いずれも〈歌〉を主題とする詩作品に曲がつけられた連作歌曲である。いちおう詩を専門としている身ながら、曲をつけること、歌うことが「詩の読解」となり得るのかと、目から鱗が落ちる思いであった。曲調の変化が詩行に新しい意味をもたらし、一音一音の息遣いの工夫が美しい効果を生む(西洋音楽に日本語の自然な発声法はうまく乗らないらしい)。後で調べて、信長は現在非常に評価の高い若手作曲家だと知ったが、見学中は傑作の発見に立ち会っているという錯覚を楽しむことができた。

古典音楽というと器楽やオーケストラをイメージしがちだが、教会音楽では本来、神の被造物である人体から発せられる声こそが神聖であって、人の被造物たる楽器はその劣った代用品とされる(パイプオルガンは人の声に近い楽器だ)。また、コーラスとは古代ギリシャ悲劇において群舞と合唱を担ったコロスを起源とし、民衆や神々の声を代弁したり、物語の進行を説明したりする役割を果たしていた。合唱団名にもよく用いられるクワイア(choir)という英語も、古フランス語経由で語形は変化しているが、もとは同じである。

合唱を通じて絆が生まれたり成長したりといったストーリーはわかりやすいのだろう。映画『天使にラブ・ソングを』やドラマ『グリー』は今も人気が高いようだが、個人的には老人合唱団を描く『アンコール!!』『ヤング@ハート』や『うた魂』のようなオフビートな作品に惹かれる。合唱を素材とするアニメ『TARITARI』もまた、合唱部員(正確には「合唱時々バドミントン部員」)の平熱の青春を描いた秀作だった。ただし正規の声楽部やその顧問の教頭が絡むとそれなりに熱くなる。あんな怖そうな教頭先生に逆らうなど、私には思いもよらないが、何にせよ、自分にできないことを軽やかにこなす若者の姿は、頼もしくもまぶしい。

 

ご紹介した映画

映画『ヤング@ハート』
ヤング@ハート
発売・販売元:ポニーキャニオン
価格:DVD¥3,800(本体)+ 税
(C)2008 Walker George Films (Young at Heart) Limited.
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映画『アンコール!!』 原題『Song for Marion』
映画『アンコール!!』
監督:ポール・アンドリュー・ウィリアムズ
出演:テレンス・スタンプ、ヴァネッサ・レッドグレイヴ
税抜価格:(Blu-ray)1,800円、(DVD)1,200円
発売元:アスミック・エース
販売元:TCエンタテインメント
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「青山学報」257号(2016年10月発行)より転載
【次回へ続く】