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プログラミングと初等部教育

千葉工業大学未来ロボット技術研究センター(fuRo)所長
 古田 貴之さん(中) FURUTA Takayuki

青山学院大学教育人間科学部教育学科教授
 杉本 卓 先生(右) SUGIMOTO Taku

初等部教諭
 井村 裕 先生(左) IMURA Yutaka

 

2020年から小学校でのプログラミング教育が必修となります。それに先がけ、青山学院初等部ではすでにタブレット端末を用いて、楽しみながらプログラミングを学ぶ授業を展開しています。
そもそもプログラミング教育とはどのようなもので、何を目的としているのでしょう。なぜ小学生の時から学ぶ必要があるのでしょう。
初等部のプログラミング教育に関わる古田さん、大学教育人間科学部の杉本教授、初等部教諭の井村先生の3氏にお話を伺いました。

 

論理的思考力を育むためのプログラミング教育

──小学校におけるプログラミング教育の概要をお聞かせください。
井村 新学習指導要領では「子どもたちに、コンピュータに意図した処理を行うように指示することができるということを体験させながら、将来どのような職業に就くとしても、時代を超えて普遍的に求められる力としての『プログラミング的思考』などを育成するもの」としています。プログラミング的思考とは、「自分が意図する一連の活動を実現するために、どのような動きの組み合わせが必要であり、一つ一つの動きに対応した記号を、どのように組み合わせたら良いのか、記号の組み合わせを改善していけば、より意図した活動に近づくのか、といったことを論理的に考えていく力」です。

従って教育必修化の目的は、プログラミング言語を覚えたり技能を習得することではありません。論理的思考力を育むとともに、プログラムの働きや良さ、情報社会がコンピュータをはじめとする情報技術によって支えられていることなどに気付くことにあります。また、身近な問題の解決に主体的に取り組む姿勢や、コンピュータ等を上手に活用して、より良い社会を築いていこうとする態度などを育むことにあります。

井村裕先生

 

──なぜ小学校でプログラミング教育が必要なのでしょうか。
杉本 まずは情報教育の一環であることが挙げられます。これだけ情報機器に囲まれ、あらゆるところでコンピュータとつながり、その理屈や背後の考え方が分からないと、これからの時代が大変生きにくいものになってしまいます。そのため、仕組みを理解する必要があるのです。また、今後はますます従来の「正解を覚える」教育から、「自ら考えることのできる子どもを育む」教育へと移行していかなければなりません。その「考える」ためのツールの一つがプログラミングということです。

杉本卓先生

 

古田 昔はテレビ、冷蔵庫、洗濯機、車などを高いクオリティで製造する、つまり与えられたテーマに沿って忠実に作業を進められる能力がある人が善しとされました。しかし、今の時代に求められている人材は、世の中全体を俯瞰でき、志を持って物事を論理的に考え、リーダーとして動けるような人物です。そういう人材育成のためにプログラミング教育が必修となるわけですが、少し「SEを育てる」という話になりがちなところがありますね。

古田貴之さん

 

井村 それが気になるところです。実際、「日本は情報産業が弱いから他国に負けないAIを作れる人材を育てなければいけない。プログラミング教育はそのためのもの」という声が出てきています。授業でコードやプログラミングを教えようとなると、本来の目的とはまるで異なった教育になってしまいます。

杉本 教育の中でプログラミングそのものに興味を持つ子どもが出ることは一向にかまいませんが、教育そのものはSEを育てようという類のものではないですからね。小学校で仲間といろいろな体験をする中の一つに、プログラミング教育があるわけです。

──杉本先生は、どのような経緯で初等部のICTに関わるようになったのでしょう。
杉本 初等部が2012年に電子黒板を初めて導入してから半年ほど経ったとき、ICT戦略委員会のメンバーに加わったのがきっかけでした。最初は井村先生から、初等部へのアドバイスや提言をしてくれないかという依頼があり、それならば1回限りではなく日常的に関わりましょうとなったのです。以来、うちのゼミの学生たちと研究教育のために初等部にお邪魔したり、初等部の先生方にICTに関わる助言をしたりしています。また昨年度からは、学院の一貫した情報教育について、井村先生を含めた設置学校の先生方と検討を行っています。

 

教員の楽しむ姿を見せることが子どものワクワクにつながる

──プログラミング教育必修化が決まる前から初等部ですでに行われていたことはあるのでしょうか。
井村 古田先生にご協力いただいているアマチュア無線クラブでは、6年生を対象にロボットのプログラミングを行っていました。

古田 大同窓会でロボットを作った感想を発表した6年生の「部品を壊した分だけ成長できた」という言葉にはしびれましたね。

井村 2020年にプログラミング学習が必修になるのであれば、今から始めていこうということで、まずは1年生の英語と組み合わせてみました。具体的には、Scratch(スクラッチ)というプログラミング言語を用いて、「上がって進んで降りる」という動作のプログラムを作りました。英語のソフトを用いることで英語の単語も覚えることができ、英語と結びついたプログラミング教育にもなっています。一方で子どもたちは、プログラミングをするというよりは、単語のパズルを組み合わせるゲーム感覚で楽しむことができます。2年生になると、自分で動きを決めてパズルを並べていきます。

古田 子どもたちはすごいですよ。40分という授業時間の中で、僕らが想定した5時間分くらいのことをやってしまうのです。教えてないことまで始めたり、ほかの子とは違うことをやってみたり……。日頃から新しいことにどんどん挑戦させているからおじけづかないし、未知なるものに対して果敢に挑戦する力を持っているのですね。先生方もさすがです。ドローンにしても「プログラミングしよう」ではなく「宙返りさせたりして遊びましょう」と言い、最後に「これはプログラミングだったんだよ」と種明かしをするのです。

井村 ドローンといえば、古田先生にお願いして、ドローンを使って教員の研修をしていただきました。しばらくすると、先生方がドローンで遊び始めたのです。初等部部長の中村貞雄先生は、日頃から「先生たちがワクワクしないと、子どもたちもワクワクしないよ」と言っています。大人が楽しんでいる姿を子どもたちに見せることで、子どもたちをいっぱいワクワクさせてあげたいですね。

杉本 先生も学んでいる最中だという姿を見せることは大切ですね。また、一貫教育を行える青山学院だからこそ、情報教育についてもその特性を生かすべきだと考えます。初等部で本来の意味でのプログラミング教育をしておかないと、中等部、高等部のプログラミング教育では「文法は覚えたので課題を与えられればプログラムを書けますよ」という、まるで外国語を学ぶかのような姿勢でコードを学ぶことになってしまいます。それではプログラミング教育の主旨にまったく沿っていません。

井村 少し心配しているのは、保護者の中には子どもをプログラミング教室に通わせているケースが見受けられることです。「プログラミング」という新たな科目ができると誤解し、ならば先取りしていけば楽だろうということでしょうが、そういう教科ができるわけではありません。初等部に任せておいていただければ大丈夫です。

古田 その通りです。重要なのはプログラミングできるスキルではなく、あくまでもプログラミング教育を通して論理的な思考を育み、世の中の難題課題を乗り越えるスキルを身につけることです。

杉本 自らプログラミングに興味を持った子どもは学校の授業だけでは物足りなくなるでしょうから、そういう子どもたちは通った方がいいと思います。