中国語③「请喝茶! 中国茶会へようこそ」【青山学院中等部3年生選択授業】
2022/03/25
1971年に始まった中等部3年生の「選択授業」。中等部生たちの個性をいかし、将来の可能性を伸ばすよう、様々な分野の授業を用意しています。
詳しくは、まとめページをご覧ください。
“中国茶会を催します。選択授業で1年間頑張ってきた生徒たちの心に残るように――。”
そんな案内状を受け、向かった先は中等部。
冬も終わり、心地よい春の陽が白亜の校舎を優しく包みこんでいる。
会場は、あのカルタ取りの行われたカフェテリア。
5限は13時5分からだが、12時40分には既にカフェテリアの奥に柳本真澄先生の姿があった。
中国茶の評茶員の国家資格を持っていらっしゃるだけあってテキパキと手慣れた様子で茶器を出している。
取材班の姿を目にすると先生が目を細めた。
「早いですね」
お茶のおこぼれに預かろうと早めに登場したことを照れ笑いで隠しつつ、テーブルの上の茶器に目を移した。
竹製の茶盤、茶壺(急須)、桃や龍、金魚、牡丹が描かれた茶杯、葉っぱ型の茶こし。広げられた茶道具のどれもが全て美術品のようだ。特に臙脂紅(えんじこう)の色鮮やかな蓋碗のフォルムは息を飲むほど美しい。
「これは景徳鎮(けいとくちん)のもので、針で一つ一つ模様を描いているんです」
蓋碗の上で艶やかに咲く牡丹の繊細さと言ったら……見るからに高そうな逸品だ。
相手が中学生だからと言ってイミテーションを使って茶会を催すことはしない。まごうことなき一級品で相手を迎える。
昔、茶の家元から「一杯のお茶のために茶室を掃き整え、花を生け、掛け軸を飾り相手を迎える。
全ては一杯のお茶でおもてなしをするために」と教えられたことがある。
デモンストレーション用のテーブルを囲むようにして作られた席、会場のしつらえまで全てが完璧に整えられている。そこは既に中等部カフェテリアではなく、茶室になっている。
一体、先生はいつからここで準備していらしたのだろうか――。
その時、予鈴の軽やかな音楽が流れた。生徒たちが集まりだし、楽しそうに席に着くと、一気に空気が華やいだ。
本鈴が鳴ると先生が口を開いた。
「ずっとオンライン期間中で、久々の再会ですね。本当は今日、遊茶という表参道にあるお茶屋さんから講師をお迎えして講義をしていただく予定でしたが、新型コロナの影響で難しくなりました。
その代わり、資料を送っていただきましたので、私が講師を務めます。今日は五感を使ってお茶の世界を感じてくださいね」
生徒たちの目が輝いた。
「普段、みんなはどんなお茶を飲んでいる?」
この質問の応えは千差万別。
「緑茶」
「ウーロン茶」
という、定番の応えの中に
「水。普段、水しか飲まない」
という応えや
「ジュース」
という小さな声も聞こえる。
「ウーロン茶って答えてくれた○○さん。茶葉から淹れている? それともペットボトルを買っている? そう、ペットボトル。じゃあ今日は、よくペットボトルで売られている茶色くて渋い味のウーロン茶だけじゃないお茶の世界を味わってもらうから。みんな、楽しみにしていてね」
そこから始まった中国茶の講義はまさに新世界そのもので、興味をかきたてられるものだった。
絹が伝わった道、シルクロードがあるように、お茶が伝わった道、ティーロードがあるという。日本語の「お茶」という呼び名は、元は広東語系のチャ(cha)に由来している。 中国から陸路を通ってお茶が伝わった場所のお茶の呼び名は、主にチャ(cha)やチャイ(chai)だそうだ。一方、福建語系ではテ(te)と呼び、中国から海路を通じて伝播し、ティー(tea)などに派生したそうだ。
お茶発祥の中国において茶葉が摘み取れる面積はなんと世界の60%! 当然茶園の面積も広大で、日本の72倍もあるといい、お茶は国の飲み物として位置づけられているのだそうだ。
「さて、お茶の種類だけど、どんなものがあると思う?」
先生の質問にすぐに緑茶、紅茶が出た。その直後、一人の生徒が元気よく手を挙げる。
「青茶」
「正解」
先生の言葉に生徒が胸を張って言う。
「はいっ、天才」
みんなが笑った。すかさず次々と手が挙がる。
「先生、紫は?」
「それはないわね」
「白、黒」
「正解。お茶には緑茶、紅茶、烏龍茶に代表される青茶。プーアル茶に代表される黒茶。そして白茶。さらに希少な黄茶があります。さて、このお茶の色の分類は、どこから来ていると思う?」
生徒たちから種や花の色など様々な意見が出たが、正解は製造工程と茶葉の特質によるものだという。特に茶葉に含まれている「酵素」がカギとなっていて、元は同じ茶葉だが、どれくらい酵素を働かせるかで、紅茶にも烏龍茶にもなるのだそうだ。この説明には生徒たちが一様に驚きの声を上げていた。
「もちろん、生育環境の如何も影響するのだけれど。同じ茶葉から緑茶も烏龍茶も紅茶も作れます」
酵素の働きを止めて作るのが緑茶、香りや色の良いところを見定め、適度なところまで酵素を働かせて作るのが烏龍茶、とことん酵素を働かせて作るのが紅茶だという。
「中国では色・香・味、そして茶葉の形が整っていることが重要となり、その全てが整っているものが品質の良いお茶ということになります。日本では抹茶や粉茶など茶葉をすりつぶして作ったお茶があるけれど、中国茶は、輸送中に茶葉の形が崩れてしまうと一気に値段が下がります。
さて、お茶のお話はこのくらいにして、そろそろお茶を味わいましょう」
生徒たちの目がきらめいた。先生は生徒たちに蓋碗を配った後、念のため、もう一度各自で洗ってくるように言った。
「蓋碗を温めるから、3人ずつ、お茶碗を置いて」
生徒たちが洗ってきた蓋碗を先生の目の前にある茶盤の上に置く。
随手泡(いわゆる電気ケトルのようなもの)から白い湯気を上げながら湯が注がれていく。
「すぐ蓋をして」
先生の声に促され、生徒たちは次々に蓋をしていく。
全員分注ぎ終わってからしばらくすると、先生が生徒たちに言った。
「そろそろいいわ、ここにお湯を捨てます」
慣れた手つきで先生は蓋をずらし、片手で茶盤の上にお湯を捨てた。
驚きと戸惑いの声が上がった。
生徒たちからはお盆の上にお湯を捨てているように見える。よく見ると茶盤はすのこ状になっていて、細いホースが繋がれ、その下にあるバケツにお湯が流れていく仕組みだ。
生徒たちは一人ずつ、おっかなびっくり蓋を少しずらし、ぎこちない手つきで茶盤の上にお湯を捨てた。
「席に戻ったら、机の上にあるお茶の封を切って、蓋碗の中に入れて」
生徒たちは言われた通り、蓋碗に茶葉を入れる。
温めた蓋碗に入れた茶葉はマスクをしていても香るらしく、
「このお茶、めっちゃいい匂いがする」
先生が頷いた。
「それは安溪祥華鉄観音(あんけいしょうかてっかんのん)というお茶です。私自身、福建省安渓県の産地の山まで買いに行ったことがあります」
“山まで買いに行った”の部分に、生徒一同、取材班までもが驚きの声を上げた。
「先生は山まで行くんですか?」
「ええ、中国茶が私の趣味なので」
先生はさらりと言ってのけ、蓋碗に鼻を近づける仕草をした。
「お茶のにおいを嗅ぐことを“聞く”と言います」
生徒たちも見よう見まねでお茶の香りを聞き始める。
「茶葉だけで嗅いだ時と蓋碗に入れた時じゃ全然香りが違う」
「今は……香ばしい」
「なんだか食べたことのある匂いじゃない?」
「黄な粉!」
先生が微笑んだ。
「そう、黄な粉に近い香りね。でもこのお茶は、茶葉の時と、お湯を注いでお茶になった時ではまた香りが変わります」
言いながら先生が生徒めいめいの蓋碗にお湯を注いでいく。
「すぐ蓋をして。そう。そのまま待ってね。安溪鉄観音は標高の高低によって味も香りも異なります。このお茶は独特の香りのするお茶で、華やかな蘭の香りがすると言われています。
それではそろそろ蓋を少しずらして、すすり飲んで」
生徒たちが蓋碗の蓋をずらし、優雅な手つきで飲み始めた。かと思った瞬間、悲鳴が上がった。
「熱っ、熱いですよ」
「絶対無理!」
「舌がしびれる」
「死んじゃう」
先生が少し笑った。
「置いておくと香りが変わり、渋くなるから気を付けて。蓋をしながら飲むのが厳しかったら、蓋を取っても良いわよ」
その言葉に蓋を取る生徒もいれば、果敢にも飲み続ける生徒もいる。
そのうち、生徒の中から
「何だか、果実の香りがするよね?」
「うん、桃とか梨の香りがする」
先生の目が光った。
「鋭い。茶葉は食べてもいいからね。中国では緑茶の茶殻をエビなどと炒めて頂きます」
言いながら先生がホワイトボードに韻という文字を書いた。
「この“韻”という字の意味の一つに“心地よい香り”という意味があって、鉄観音の口に広がる独特の香りのことを特に「音韻」といいます。武夷岩茶は岩に含まれるミネラルを吸収してできたお茶です。「岩韻」というと、岩茶の心地よい香りがするという意味になります。
それでは次にみんなに味わってもらうのは鳳凰単欉蜜蘭香(ほうおうたんそうみつらんこう)。これは広東省潮州市の鳳凰山に生えるお茶の樹で作られています。単欉というのは一本の樹のみで作られたお茶、シングルオリジンという意味で、蜜のような蘭の香りがすると言われています。鳳凰単欉の香りを表すのが、「山韻」。
それでは茶杯を変えます。前にある茶杯を選んで。背の高い茶杯と小さいおちょこのような茶杯、2つで1セットだから、1人2つずつ持っていって」
生徒たちは、目を皿のようにして美しい絵柄の描かれた茶杯を選んでいく。
その様子に先生は微笑みながら、
「背の高い茶杯の方が香りを聞くための茶杯で聞香杯と言います。
小さい茶杯が味と香りを楽しむ品茗杯よ」
そうして、茶盤の上に乗った小さくて円い急須を取り上げた。
「これは茶壺(チャーフー)というものです。こんなにも小さいのは、温かいものを熱いうちに、というところからきています。茶壺の中でも紫砂でできたものを紫砂茶壺と言い、とても良いものとされます。紫砂は土の中に小さな隙間があり、通気性があります。湯水を入れると、その空気層も同時に温まり、一旦温まると保温性が高いので、中の茶水が冷めにくくなり、茶器としてとても優れているのです。ただ吸香性が高いため、洗剤では洗えません。さらに、匂いが付いてしまうので、お茶の種類によって茶壺を変えなくてはいけないのですが」
先生が丁寧に茶壺の蓋を開け、茶匙(茶葉を茶壺に入れるために使うもの)で茶葉を入れる。
その茶匙を見た生徒が真面目な顔で聞いた。
「先生、その魔法の杖みたいな枝も山で採ってきたんですか?」
「違います。これは樹の枝に漆を塗って作られたもので、漆の職人さんが作ったものなのよ」
滑らかな手つきで茶壺にお湯を注ぎ蓋をする。そしてその上からお湯をかけた。
「えええ」
生徒たちから驚きの声が上がった。
茶壺からは白い湯気がもうもうと立っている。先生は時間を置いてから、生徒たちに聞香杯と品茗杯を持ってこさせると、聞香杯の方にお茶を注ぎ、品茗杯で蓋をするように指示した。
「それじゃあ、それを一気にひっくり返して。聞香杯の残り香を聞いて」
生徒たちの驚きは一様だった。
「ひっくり返すなんて無理」
「絶対、こぼす」
しかし覚悟を決め、生徒たちは一気にひっくり返した。
「すごい、いい香り」
さらに香りを聞こうと、聞香杯に鼻を近づけている。
「全然違う、烏龍茶じゃないみたい」
「さあ、みんな、お茶も飲んでみて」
「苦い」
「あー、口に入れた時と飲んだ時とで味が違うんじゃない?」
「本当にそうだね」
生徒たちの目がキラキラと輝きだした。
口に含んだ時と飲んだ時で味が違うお茶とはどんなものだろう。
そう思っていると、先生が私たち取材班に声をかけてくれた。
「いかがですか」
喜んで、注がれた品茗杯に飛びついた。
マスクの上からも香る瑞々しい果実のような香り。
まさに羽化登仙!!
口に含むと梨のような甘い香りが口中に拡がり、鼻腔を通って抜けていく。飲み込むと少し苦みを感じるが、喉を落ちていくと苦みはすっかり消え、ただ青空を見上げた時のようにすっきりとした感覚だけが残る。生徒の言う“口に入れた時と飲んだ時とで味が違う”感じを味わわせていただいた。
そしてこの一杯のお茶から夢見心地となり、気が大きくなった取材班はこの後何杯もお茶をいただいてしまうこととなった……。
「次、二煎目淹れますけど、味が変わるので今の味を覚えておいてね」
生徒たちが次々と茶杯に口をつけていく。
「さっきより味が優しい」
「苦くない」
「こっちの方が好き」
「フルーティーさが増したよ」
「美味しい。一番美味しい」
「全然烏龍茶じゃない」
生徒たちから感嘆の声が上がる。
その言葉につられ、ちゃっかり空いた茶杯を出して飲ませていただく。
香りを聞いてみると、花の香りが鼻腔をくすぐる。例えるなら雨に濡れて香る白い花の香りだ。飲むと、苦みが薄れ、花が踊るように香ってくる。
「好喝吗?(hǎohē ma?(おいしい?))」
先生の声がした。生徒たちは笑顔で頷く。
「好,好!(hǎo,hǎo!)(うん、うん!)」
「二煎目、みんな飲み終わった?」
「はい」
その声に先生が再び茶壺にお湯を注ぐ。
「日本茶だと一煎か二煎くらいまでだけど、中国茶は煎持ちがいいのよ。四煎目、五煎目とその都度、風味が変わるの。さあ、三煎目を淹れます。さっきとの違いを感じてみてね」
茶杯が次々と充たされていく。
三煎目は渋みの中にすっきりとした花の香りが香る。茶菓子が合う味に変わっている。
続く四煎目に生徒たちから声が上がる。
「香りが少し減った」
「四煎目も好き」
「三、四が好き」
四煎目のお茶の香りは、ひっそりと咲く小花の優しい香りがした。味は軽やかな渋みと程よい香りがかすかに混ざったような感じだった。
ひとしきりお茶を飲み終えた頃合いで先生が口を開いた。
「最後は文山包種茶(ぶんさんほうしゅちゃ)という台湾のお茶になります。台湾の青茶(烏龍茶)は清代に福建省から台湾に伝わったと言われます。台湾でこの文山包種茶はオーソドックスなお茶で、華やかで優雅な風味があると言われています」
先生がお茶を注いでいく。
綺麗な明るい黄緑色(おうりょくしょく)のお茶から、確かに上品な香りが漂う。
「蜂蜜みたいな色」
「レモンジュースみたいな色」
「一番なじみ深い香り」
生徒たちが楽しそうにお茶を観察している。
「最初の味を覚えている? 安溪祥華鉄観音は焙煎が入っていて、ちょっと渋みがあるお茶でした。2つ目はフルーティーな花の香りのするお茶、鳳凰単欉蜜蘭香でした。三番目の文山包種茶の味も試してみてくださいね」
生徒たちからは、
「いい香り」
「一番美味しい」
という声が次々と上がる。
取材班にも満たしていただいた杯に鼻を近づける。森林のような深みのある香りが漂う。
味は確かに、ジャスミンティーのような、しっかりとした味だ。でも渋みは全くない。
続く二煎目は花の香りが増す。開花したばかりの花の香りが漂い、味は緑茶のような上品な苦みとすっきりとした後味が心地よい。
三煎目は、香りこそほのかに香る程度にまで薄れてしまっているが、味がまろやかに変化している。渋みが一気に薄まり、味は一番飲みやすくなったのでは? と感じられた。
生徒たちからは、
「二番目(鳳凰単欉蜜蘭香)の三煎目か四煎目が好き」
「三番目(文山包種茶)の一煎目が好き」
などと様々な意見が飛び交った。
お茶の香りと味をたっぷりと堪能したところで、先生が生徒たちを見回した。
「今日この時間が中等部最後の授業になります。この一年間、みなさんよく勉強しました。
この十年間で一番点数も高いクラスだったと思います。中国語検定もみんな80点後半から90点後半で合格しました。耳(リスニング力)もかなり出来上がっていると思います。スピーキングでは100点を取った生徒もいました。これは一つのご縁だと思いますので、次のステップの一つの引き出しとなってもらえたらと思っています。別れは名残惜しいのですけれど……」
少し声が湿った。でも、すぐに先生は明るく微笑んだ。
「もし今後も自主的に中国語の勉強を続け、高等部で中国語検定を受ける際には一声かけてくださいね。一年間という短い時間でしたが、ありがとうございました。謝謝」
生徒たちからも「ありがとうございました」の声が上がった。
明日から期末テストのため、今日、この時間が中等部で受ける最後の授業となったが、どこまでも明るい別れだった。
春の陽の中でみんな笑顔で飲んだお茶。嗅覚が一番長く記憶に残るという。お茶の花のような果実のような香りが、きっといつか今日のことを思い出す手助けをしてくれることだろう。そして一年間勉強してきた仲間との日々の事も……。