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社会D「物の歴史」 知的好奇心・知的探求心が無限に広がる——。【青山学院中等部3年生選択授業】

「物の歴史」から人類の歴史に迫る!

青山学院中等部3年生は必修授業のほかに「選択授業」を履修します。これは生徒が個々の特性や興味に応じて多種多様な講座のなかから各自で選択できる授業で、生徒の総合的な学習の充実や、資質の向上を図ることを目的として50年以上も続く特色ある教育のひとつです。

坂本先生は日本けん玉協会認定指導者であり、現在6段の腕前

今回は中等部選択授業のなかから「社会D〈物の歴史〉」の授業をご紹介します。

授業を担当するのは坂本顕大(さかもとけんた)先生。中等部から大学まで青山学院で学ばれた坂本先生は、公益財団法人日本けん玉協会の会員で、なんと高等部と大学時代には全日本チャンピオンに輝いたこともある異色のご経歴。あの『NHK紅白歌合戦』けん玉チャレンジにも出場したという、けん玉のエキスパートでもあるのです。

選択授業「社会D〈物の歴史〉」では、毎回あるひとつの「物」をテーマに取りあげ、その「物」をとり巻く背景に、歴史や地理、政治、経済、文化など幅広い視点からアプローチしていき、生徒がディスカッションしながら物事の本質にせまっていく授業です。いくつかその内容をご紹介しましょう。

 

授業レポート①「香辛料の歴史」~大航海時代の幕開け~

胡椒、シナモン、ナツメグなど日本でもなじみの深い香辛料。原産地であるインドや東南アジアから世界へと広がっていった背景を、これまで必修教科で習ってきた地理や歴史の内容を踏まえて理解することができます。さらには香辛料貿易による航海の歴史や世界の食文化にも興味の世界が広がる内容でした。

 

◆授業のポイント◆
#香辛料の主な原産地⇒インド、インドネシアなど東南アジア
#歴史的背景⇒●インド洋交易の発展 ●ムスリム商人の活躍 ●オスマン帝国と中国の台頭 ●ポルトガルの進出
#15世紀のヨーロッパでは香辛料が調味料や薬としてかなりの高額で取り引きされていた。大航海時代の幕開けにも大きく影響した

 

授業レポート②「砂糖の歴史」~プランテーション栽培と奴隷制度~

この日はまず砂糖に関係する場面が描かれた世界各国のイラスト画像を紹介。それぞれどこの国・地域のものであるか、東京から距離が近い順に並べていくというクイズ形式で始まりました。生徒たちは班ごとにディスカッションしながら回答を探ります。地理や歴史の知識をフル回転させながら盛り上がる生徒たち。ここから各国の砂糖文化を、貿易や奴隷制度、産業革命などとのかかわりも交えて学んでいきます。これまでに社会科の授業で習ったことをいかして「砂糖から世界を紐解く」というユニークなアプローチです。


後半の映像資料ではサトウキビの刈入れから加工までの工程のほか、洋服や車の燃料にまでマルチに活用されているサトウキビの最新事情を知ることができました。

◆授業のポイント◆
#大航海時代にアフリカやアメリカ大陸にサトウキビ栽培が伝わる
#高さ2メートルのサトウキビ刈入れはたいへんな肉体労働→たくさんの奴隷が労働力として使われた
#日本では17世紀に琉球で製糖が始まる。薩摩藩への年貢として黒糖を納めていた
#近年サトウキビはバイオマス(生物に由来する資源)として注目され、再生可能なエネルギーとしての研究も進んでいる

 

授業レポート③「楽器の歴史」~戦争と宗教~

楽器を鳴らして進軍する軍隊の壁画(ドイツ・ドレスデン城)
この日は「楽器」の歴史を振り返りながら、人類の進化、歴史、文化の発達をたどります。

「ネアンデルタール人がつくった笛」、「クロマニョン人がマンモスの牙でつくったホルン」———。
私たちの遠い遠い祖先が鳴らしていたであろう音に思いをはせながら授業は進みます。楽器が飛躍的に普及、発達したのは戦争や儀式の合図として使われたことが大きいとのこと。なるほど、楽器の始まりは娯楽や教養としてではなく、もとは音を鳴らすための実用的な道具だったのですね。授業ではたくさんの楽器が登場しましたが、そのなかからふたつをピックアップしてご紹介します。

 

■“宇宙”を奏でる―「ガムラン」 
多種の楽器からなる合奏形態「ガムラン」。インドネシアで紀元前から続く伝統音楽ガムランは、金属や木製の楽器を使って行う合奏の総称。宗教儀式に欠かせない音楽です。

多種の楽器を合奏することで知られるインドネシアの「ガムラン」
インドネシアのバリ島で人口の90%以上が信仰しているというヒンドゥー教のキーワードは「宇宙」で、島の祭式で用いられるガムランは旋律が繰り返し循環することで、ヒンドゥー教の宇宙観が体現された音楽なのだそうです。
みんなでガムランの演奏を聴いてみました。机を叩いて自然をリズムをとる生徒も。

 

■音色で“天・地・空”を表現―「笙(しょう)」「篳篥(ひちりき)」「龍笛(りゅうてき)」 

篳篥
龍笛

 

 

 

 

日本では平安期に雅楽が確立しました。なかでも代表的な楽器が笙・篳篥・龍笛です。笙は「天」から差し込む光をあらわす音、篳篥は主旋律を担当することから「地」上の音、龍笛は天と地の間の「空」を意味するといわれており「ガムランと同じで雅楽も音楽で宇宙を表現している」(坂本先生)のだそう。先生の言葉に生徒から「おぉーーー!」という反応が。遠く離れた日本とインドネシアで、宗教や文化は違っても、楽器を奏でるという人間の行為には共通して“宇宙”への祈りが宿っている――。なんだかわくわくするようなお話でした。

◆授業のポイント◆
#楽器の発展の背景には、戦争や革命といった世界情勢が大きくかかわっている
#インドネシアのガムラン、キリスト教のベル、日本では仏教とともに梵鐘(ぼんしょう)が伝来するなど、楽器と宗教には深い関係がある
#【豆知識】バイオリンの最高峰といわれるストラディバリウスは、17~18世紀の地球寒冷期に育った木の特性によって名器と呼ばれる音色を実現しているため、現代において同等のものをつくることはできないといわれている

 

授業レポート④「コーヒーの歴史」~中等部上野部長特別授業~

10月26日。この日はなんと中等部部長上野亮先生の特別授業。

上野先生のお話に熱心に聞き入る坂本先生。十数年ぶりの恩師の授業でした。
コーヒー発展の歴史と関係の深い世界史の大きな動きを見ていきます。オスマン帝国からヨーロッパへとわたったコーヒー文化。貴族から庶民へと流行が広がり、コーヒーショップやカフェに集う人々によって盛り上がった気運がピューリタン革命やフランス革命など世界史の大事件へと発展していったそう。壮大なスケールのお話に聞き入る生徒たち(と坂本先生)でした。

 

 

坂本先生にインタビュー

毎回興味深いテーマを取り上げて授業をおこなっている坂本先生にお話をうかがいました。

——選択授業で「物の歴史」をとりあげることで生徒たちに何を学んでほしいと思われたのか、そのねらいを教えてください。

高等部時代にはけん玉チャンピオンとして取材を受けたことも(『青山学報』〈2011年夏号〉より)

学校で習う歴史というのは、通史、つまり古代から現代までを順に学習していくスタイルが通常です。その一方で、この講座のように特定のテーマを決めて、いつもと違ったかたちで学んでみてもよいのではないかという思いがありました。こうして、通史で得た知識や見方とはまた違った別の視点から世界の歴史を俯瞰するとともに、我々の身近な世界には幾重もの歴史が積み重なっていることを学んでほしいと思います。それから、理科などがそうですけれど、実際に授業で物を見たりさわったりして学んでいきますよね。社会科でも同じように、実物にふれるという体験をできたらいいと考えてテーマを決めていました。

──毎回おもしろいテーマをとりあげていらっしゃいますが授業の準備はどのようにされたのですか。

塩や砂糖、紙や地図など生徒たちのよく知っている身近な物をテーマにしたいというのは考えていました。生徒が持っている教科書や資料集には、点々と載っているのですが、それらをつなぎ合わせ、加えていろんな教材や資料を調べながら授業のプリントをつくっていきましたので、私自身も勉強になるところが多くありましたね。
あるとき、生徒から「航空機の歴史を知りたい」というリクエストがありましたので急遽予定になかった「航空機の歴史」をテーマに授業を組み立てることになり、いろいろな資料を調べて準備しました。ある意味、授業を用意する側の私自身が試されているようなところもありますよね。これからも生徒の希望に合わせてテーマを考え、歴史を適切に伝えていきたいと思っています。

──今後の選択授業でやってみたいと考えていることはありますか。

3学期には生徒一人ひとりがテーマを決めて、調べたものを発表してもらうつもりで、その準備を進めています。最終的にはみんなが準備したものを冊子にする予定です。高等部でも歴史を学びますが、中等部で学習したことを手元に残しておいて、今後も何かに役立ててほしいです。
それからこれは来年以降になりますが、2時間連続の授業ができればいいですね。学校が渋谷という便利な場所にありますので、2コマ分の時間があれば都内の博物館や展覧会に行って、直に歴史的な物や絵画などを見ることができます。やはり実物を見てその物の質感やサイズ感などを感じてほしいです。

──坂本先生は中等部から大学まで青山学院に通われていました。教師になりたいというのはいつ頃から思っていたのですか。

高等部2年生のときに将来のことを真剣に考えました。将来就く仕事を「働く」という以外の動詞で考えてみたんです。「売る」「つくる」「交渉する」……などいろいろイメージしてみたなかで「教える」というのがしっくりきました。その当時から「けん玉指導員」の資格を持っていましたから、人に何かを伝える、指導する、ということに興味があったのだと思います。
中等部のときに社会を習った上野亮先生(現中等部部長)や、高等部英語の渡辺健先生(現高等部部長)をはじめ、青山学院の先生方は本当におもしろくて名物先生も多かった。そういった先生方を見て影響された面もあると思います。

──今の中等部生とご自身の頃をくらべて、何か感じられることはありますか。

運よく母校に赴任することになり、中等部に来た当初は、校舎が新しくなったこともあり「変わったなー」という印象がありました。メディアスペースや学年ラウンジなど私が在学中にはなかったものでした。そういった環境をうまく活用できていることもあると思いますが、今の生徒たちは私の頃よりも、発表したり表現したりということがうまいと感じています。
またさまざまなデジタルツールが普及して、教育をとり巻く環境もずいぶんと変化してきています。見たい資料にすぐアクセスできるなど、学習効果は高いと思いますので今後が楽しみでもありますし、未知の部分でもありますね。
ただ変化の多いなかでも、個性あふれる先生方や生徒たちの楽しい様子などは変わってないなあとも思っています。かつて教えていただいた先生方から青山のよさを引き継いで、私の世代からさらに継承していければいいなと考えています。