Variety いろいろ

青山学院の四季彩-グリーンハント【2】緑の系譜-

2019年10月某日――。
“天高く馬肥ゆる秋”
ならぬ、
“天高く実るオリーブ”
今ここにグリーンパーティーの面々が集まっている。
「あそこのオリーブを食べるにはもう高枝切りバサミを注文するしかないっ」
恐ろしい考えにとりつかれそうになった時、オリーブの葉が健気(けなげ)にそよいだ。
ふと我に返り、

それでは次の植物に行ってみましょう!!

ここには、緑の系譜(けいふ)とも言うべき、あの植物がある。
ゆいちゃん 次の植物ってなんですか?

月桂樹(ゲッケイジュ)です! オリーブと同じように勝利のシンボルとして使われている植物なんですが、実は学内にあるんです!

あやのちゃん すばらしいね、ここは! この学校、すごいよ。

ゆいちゃん (笑)

この近くなんで、早速見に行ってみましょう。

女子短期大学の緑の敷地を抜けると、右手に本部棟が見えてきた。
本部棟、別名、ベリーホール――。
ベリーホールは不思議だ。見る角度によって違って見える。東西南北と向ける顔が違っていて同じ建物に見えない。そこだけファンタジーの世界が広がっているような空気を漂わせている。

ベリーホール
[Photo:川井 淳]

今、太陽が沈み始め、暮れてきた空が怪しい色に変わり始めた。
ベリーホールの裏手に差しかかると、あやのちゃんとゆいちゃんがふいに足を止めた。
なんでもここに来るのは初めてらしい。
確かに、一見通れるのかどうか分からないこの小道は、側にヤシの木やらモミの木やらが植わっている。しかも鳥の奇妙な鳴き声まで聞こえてきた。グリーンハントにふさわしい、ジャングル感にあふれている。

緑あふれる小道を楽しんで通りましょう!! そういえば月桂樹のイメージって何かありますか?

ゆいちゃん 月桂樹は……聞いたことないかも。

身近なところでは、葉っぱを“ローリエ”と言って、スーパーなどで売られています。スープやソース、煮込み料理に入れるんですよ。

あやのちゃん もしかして香りづけですか?

そうです! 香りが良くなるんです。月桂樹は学内にたくさんあるらしいのですが……これまた一本しか見つけられませんでした。

あやのちゃん でも、あるだけすごい!

確かに! 月桂樹の葉っぱもマラソンの勝者の人の頭を冠となって飾ることがあります。

ゆいちゃん 勝利の象徴だからですか?

ええ。それに実は月桂樹ってノーベル文学賞のメダルの裏にデザインされているそうです。

あやのちゃん やっぱり、勝利のシンボルだからなんですね

そうですね……たぶん。(注:そこまで詳しく分からず)

チャールズ・オスカー・ミラー記念礼拝堂。ベリーホールの中にある。

チャールズ・オスカー・ミラー記念礼拝堂を過ぎると、大学17号館に続く道が現れた。
ついに大学の敷地に入ってきた。
今授業を終えたばかりの学生たちが建物からひっきりなしに出てくるのが見える。
ふと足を止めると、この企画の流れを早くも理解したゆいちゃんが月桂樹を探すべく辺りを見回した。
今いる道は、小さな緑の庭(緑地)をつっきるように通っている。
お昼になると、緑地に据えられたベンチで昼食をとる学生の憩いの場になっている。
ゆいちゃんが木のひとつひとつに視線を移した。

ゆいちゃん どこだろう?

あやのちゃん 一面緑だから、分からないな。

いよいよクイズっぽさが出てきた!!
と一人盛り上がったのもつかの間、あやのちゃんが細い指を真っすぐに伸ばした。
あやのちゃん あれじゃないですか? 大きい木の下の隣のとこ。

すっ、するどい! 当たりです。

あやのちゃん プレートに名前、書いてありますよ。


ゆいちゃん 本当だ、ゲッケイジュ。果実は食用、葉は香辛料になりますって書いてある。

月桂樹。左:天に向かって葉が生い茂っている。右:幹の下からは若枝も出ている。

あやのちゃん 匂いって、スース―するやつですか? 甘いですか? どんな匂いですか?

ちょっと気になりますよね。葉っぱの匂い、嗅いでみますかね。(枝に手を伸ばし、葉を引き寄せる)

あやのちゃん (葉っぱの匂いをかぐ)あっ、この香り!!  間違いない。これです、これ。小学生の頃に匂いのある葉っぱが好きで、これを袋に詰めて、匂い袋を作って、先生にプレゼントした記憶があります。

優しいのね。本によると、葉っぱ自体は香りがあまりしないらしいのですが。匂いしますか?

あやのちゃん します、若干。

ゆいちゃん (葉っぱの匂いをかぐ)本当だ。ハーブみたいな香り。かすかにする。

嗅いでみていい?(葉っぱの匂いをかぐ) あっ本当だ。すごい! かすかだけどスパイシーで、力強い樹皮の香りがする。 葉っぱからも香る月桂樹。文学上ではどう扱われているのでしょうか? 教えてください、笹川先生。

笹川先生 月桂樹について、ですね。

月桂樹―詩の神からの栄誉

学院のメインストリートは秋になると黄色いイチョウの葉で彩られますね。18世紀末に活躍したイギリスの詩人ジェームズ・トムソンは、『四季』(1730)という長編詩で色鮮やかな季節の移り変わりを描きました。その中の「秋」には次のような一節があります。

薄暗い木陰や曲がりくねる散歩道で、
君の為に詩神は月桂冠を編む。

トムソンは美しい秋の自然の中を歩き回りながら詩の題材をさがし、友人の「君」のように詩の神の力を借りて素晴らしい作品を残したいと願います。ではなぜ詩の神は月桂樹の冠を編んでいるのでしょうか。

アポロンと月桂樹を結ぶ一途な愛

ローマの詩人オウィディウスによると、愛の神クピド(キューピッド)の黄金の矢によって、芸術の神であるアポロンは一人の美しい乙女ダプネに恋しますが、彼女はアポロンの愛を拒みます。ついに、ダプネはアポロンにつかまりそうになった時、アポロンが恋する自らの美しい姿を変えてくれるよう父に願ったところ、ダプネは月桂樹へと姿を変えてしまいました。しかし、アポロンは月桂樹に姿を変えてしまってもダプネを愛し、自らの神木にしました。それ以降、アポロンは自らの髪に月桂樹を被り琴には月桂樹にまとわせました。そして、芸術を司るアポロンは詩の神でもあることから、詩のコンテストの勝利者には月桂樹の冠が与えられるようになったのです。17世紀の詩人アンドルー・マーヴェルは「庭」という作品でこの伝説にふれています。

月桂樹の緑――それは決して衰えない名誉を表す

アポロンが愛した常緑の月桂樹は、決して衰えない名誉を表しています。17世紀以降、イギリスでは国王がその時代を代表する詩人に、その栄誉をたたえ月桂樹の冠をいただく「桂冠詩人」を指名し、現在でもその伝統は続いています。かつては男性詩人にのみに与えられていた称号ですが、2009年に女性詩人キャロル・アン・ダフィが選ばれ、アポロンによる名誉は女性にも与えられるようになったのです。ダフィは2019年に桂冠詩人の任期を終えましたが、今後も男性詩人だけではなく、女性詩人の活躍も注目です。(ちなみにアメリカでも1985年から「桂冠詩人」が選ばれるようになりました。)
参考文献
オウィディウス『変身物語』 上巻 中村善也訳  岩波書店、1981年。
ジェームズ・トムソン『ジェームズ・トムソン詩集』林瑛二訳 慶應義塾大学出版会、2002年。
アンドルー・マーヴェル『マーヴェル詩集―英語詩全訳』吉村伸夫訳 山口書店、1989年。

大学文学部英米文学科准教授 笹川渉

寒くなっても青々として色を変えない月桂樹、芸術の神様に愛された木だったんですね。ノーベル文学賞のメダルの裏にデザインされたのも納得です

笹川先生 そうですね。秋深まる季節、みなさんもトムソンのように自然を散策して、植物から詩心をもらってみませんか。

良いですね! 深まる秋に……(空くお腹。などとは言えない)はっ、林先生!

林先生 はいっ、急にどうしました?

恒例になりなしたが、締めの一句をお願いします。

林先生 秋麗や香をひそめたる月桂樹  林謙二

季語は秋麗ですね!(得意げ)(※漢字が入っていたので分かった)

林先生 その通り!季語の「秋麗(しゅうれい)」は「秋うらら」とも読みます。「しゅうれい」は4音からなり、「や」を伴って上五に置きやすく、「秋うらら」は五音なので下五に置くことが多い。風もなく、心が解けるような安らかさを伴った日和をいいます。

ありがとうございます。秋の陽のひだまりにいるような温かさを感じました。そろそろお腹も空いてきましたので、次の植物に行ってみましょう!

(次回に続く)

☆ベリーホールは現在、キャンドルライトアップ中(2020年1月6日まで)です。キャンドルが織りなす幻想的な光の風景をお楽しみください。※アオガクプラス辞典より

[Photo:川井 淳]</font size>

☆今回のルートのご紹介※アオガクプラス辞典より

ピンク色の点線がグリーンパーティーのたどった道