インバウンド・ツーリズム〈4〉(最終回)インバウンド促進政策と日本経済
2019/06/18
最終回は、インバウンド促進政策の課題の一つとして「経済効果」を取り上げて、少し踏み込んだ話をしたいと思います。合わせて、私が所属する社会情報学部と観光についても少しだけ触れたいと思います。
第2回でインバウンドと観光乗数の話に触れました。インバウンドにおける観光乗数の理論とは、日本を訪れた外国人旅行者の使ったお金が、その地域の中で巡り巡って何倍の経済効果を生み出すのかを示す考え方です。
日本経済はいま、人口減少と低成長に苦しんでいます。これは特に地方では著しく、図表1をみると地方のいたるところで人口が減っていることがわかります。地域の住民が減ればその分の消費額が減ってしまい、地域経済にマイナスの影響を与えます。これを埋め合わせるためにも、消費意欲が高い外国人旅行者を誘客することが考えられました。しかしそのためには、外国人旅行者が時間や費用をかけてでも訪れてみたいと思う魅力を、各地域は高めなければなりません。
また仮に外国人旅行者が訪れてくれたとしても、その地域に大きな経済効果が生まれるためには、この地域内からお金が漏れ出ないことが重要です。外国人旅行者は、日本の観光地のホテル、レストラン、テーマパーク、神社仏閣、土産物店などでお金を使います。しかし例えばホテルが他の地域の系列ホテルであったり、スタッフの多くが他の地域から来ている人たちであったりすれば、せっかくこの観光地に落ちたお金も他地域に漏れ出てしまいます。レストランでも食材のほとんどが地元産ではなく輸入品や他地域産のものであれば、これまた同じことです。
つまり、高い経済効果が得られるためには、単に観光地に大勢の人が来ることだけではなく、その地域内でお金が漏れずに循環する環境を作ることが必要なのです。この点を軽視して、地域活性化をうたい文句に宣伝効果だけを期待して観光政策を立案するのは、問題があると言えるでしょう。観光政策とは、費用対効果を考慮した経済政策であることを忘れてはいけないと思います。観光カリスマでもある山田桂一郎氏は、これに加えて、付加価値の高い地元産品を生産し、それを使った高価格メニューの提案も重要だと指摘しています。
ところで、世界のリーダーが一堂に会するダボス会議を主宰する世界経済フォーラムでは、旅行・観光競争力ランキングを発表しています。その2017年版で日本は、136の国と地域の中で第4位にランキングされました(図表2)。第1位のスペインをはじめランキング上位の国は、国際観光の有名国といった印象を受けるでしょう。
このランキングは、「観光を取り巻く環境」「観光政策に関係する条件」「インフラ」「自然・文化資源」の四つの領域における14項目90指標によって評価されています。今回は10項目で前回を上回りました。指標の中では、「政府の観光政策に対する取り組み」が大きく順位を上げました。また「ビジネス客に観光のために延泊を勧めるか」という今まではかなり低いランクにあった指標がなくなるなど、日本には少し有利に働いたようです。他方、例えば日本は治安の良い国だと言われていますが、このランキングの「安全・安心」ではなんと26位、警察の信頼度は18位です。アジアの中では香港とシンガポールの方が上位にあります。それでも総合第4位ということは、世界から日本が国際観光国としてみられ始めているのかもしれません。
2008年にスタートした社会情報学部は、「社会」「情報」「人間」という文理の枠を超えた知識を身に付けることで、人とシステムとが協調して創り出すこれからの社会で生じる様々な課題に、複眼思考をもって柔軟に取り組む人材を育てています。今回のインバウンド観光も、たとえば経済効果、情報発信・分析、旅行動機という面で、これら三つの融合領域の一つとして捉えることができるでしょう。そのせいか卒業研究では、各分野の理論やデータに基づきながら観光に関するテーマに取り組んでいる学生をみかけます。社会情報学部での学びが、日本の観光振興に少しでも役に立って欲しいと思います。
写真1を見てください。これは、最近タクシーに乗ったときに初老の運転手さんから見せていただいたものです。乗車した外国人旅行者に聞きながら作ったという、「ありがとう」の一覧です。この一言をかけられた外国人旅行者の笑顔が目に浮かぶようです。
ホスピタリティだけを求めて、長い移動時間や高い費用をかけて日本に観光に来る外国人旅行者はいないでしょう。しかしこの運転手さんのように、何気ないホスピタリティが加わるだけで旅行者の満足度はより高くなるでしょう。その意味では、ホスピタリティは必要最低限の要素なのです。