Column コラム

フィンランド 〜1年間暮らして考えたこと〜 【第8回】

青山学院大学教育人間科学部教育学科教授

杉本 卓

2000年の学習到達度調査(PISA)での好成績以来、フィンランドの教育に世界中から注目が集まっていますが、特に読解力の高さは話題になっています。高い読解力の背景として、フィンランド人がよく本を読むことが挙げられます。そして、図書館が充実していることが、フィンランド人の読書環境において重要な役割を果たしています。

 

タンペレ中央図書館 Metso

私が住んでいたタンペレには、駅からメインストリートを15分ほど歩いたところに市立中央図書館があります。1986年に開館し、建物を上から見るとライチョウが羽を広げた形をしていることから、ライチョウのフィンランド語であるMetso(メツォ)と呼ばれています。1階に一般・子ども向けの図書と閲覧スペースがあるほか、インターネットに接続されたコンピュータが並んでいる部屋もあります。2階には、音楽の部屋と雑誌・新聞の部屋のほかにカフェがあり、地下は講演会等などができるホールや少人数で集まれる集会室などがあります。

 

タンペレ市内には、この中央図書館のほかに、14の図書館と2台の移動図書館(図書館バス)があります。小中学校と同じ敷地にある図書館も少なくありません(そのため学校図書館がない学校も多くあります)。図書館は家や学校の近くにある身近な存在であり、平日も休日も多くの市民が図書館を訪れます。

 

タンペレの中央図書館は、とにかく居心地がいい場所です。目の前の道路は両車線の間が幅約20メートルの細長い公園になっており、その木々を窓の外に眺めながらゆったり座れる席があります。

 

 


タンペレ中央図書館の居心地の良い読書スペース

 

また、書棚に囲まれた椅子と机も丸みを帯びたデザインで、柔らかさが感じられます。

 


タンペレ中央図書館の丸みを帯びたデザインの椅子や机

 

ちなみに、図書館はフィンランド語でkirjastoというのですが、kirjaは本、-stoは「たくさんあるところ」という意味の接尾辞です。そして公園は、木(puu)がたくさんあるところということで、フィンランド語でpuistoといいます。

 

音楽の部屋は、音楽関係の書物のほかに、CDなどの音楽媒体も多数取り揃えられています。その充実ぶりは、単に図書館の1コーナーではなく、独立した部屋を設けるほどです。

 

 


タンペレ中央図書館の音楽の部屋

 

 

トゥルク市立図書館

フィンランドの古都トゥルクの市立中央図書館は、街の中心地にあり、一番の名所であるトゥルク大聖堂から歩いて10分弱です。タンペレ同様、中央図書館の他に、10の分館と2台の移動図書館があります。

 

中央図書館は1903年に完成した歴史と伝統のある建物です。それに隣接する形で、2007年に新館がオープンしました。1970年代には旧館が手狭になり、一部の部門を分館に移動させるなどの対応をとっていましたが、2003年にようやく新館建築が決まりました。市民のためのリビングルームのような存在になるようにと、市民が議論を重ねながら自分たちの図書館を作ってきました。「お役所」が市民の声を聞きながら作るというより、市民が意見を出し議論をしながら市民主体で作ったという意識を、市民たちが持っています。そのプロセスには長い年月がかかりましたが、フィンランド人によると、そのような決め方・作り方がフィンランドらしいとのことです。

 

この図書館も、市民が気軽に訪れる人気の場所となっています。新聞・雑誌のコーナーは、新館と旧館をつなぐ広々とした明るいスペースにあり、休日には大勢の市民でにぎわいます。また、トゥルクの図書館も音楽の部屋が充実しています。私が訪れたときは、トゥルクのオーケストラの団員をしている知人と一緒だったのですが、オーケストラでは自分の楽器の楽譜だけを渡されるため、全体の楽譜を確認したいときにしばしばここで総譜を借りているとおっしゃっていました。ヘルシンキ大学の研究者が日本の音楽についてまとめた出版されたばかりのフィンランド語の本だとか、アメリカの南カリフォルニア大学でドラムを教えている知人の英語の教本も目に入り、蔵書の幅広さには驚かされました。

 


トゥルク中央図書館の音楽の部屋

 

また、休日には書棚に囲まれながらのミニコンサートが開かれます。

 

 


トゥルク中央図書館でのミニコンサート

 

 

ヘルシンキ中央図書館 Oodi

フィンランドの図書館といえば、近年の話題は2018年にオープンしたヘルシンキ中央図書館、通称 Oodi(オーディ) です。2019年には、国際図書館連盟の「公共図書館・オブ・ザ・イヤー(Public Library of the Year)」を受賞しました。

 

Oodiというのは、「頌歌」という意味のフィンランド語でもあり、日常ではほとんど目にしない単語です。新図書館の名称として一般公募した候補の中から、発音しやすく親しみやすいこと、図書館の文化・芸術に関係のある言葉であること、作家など特定の人名ではないもの、ということで選出されました。フィンランド人に聞くと、意味のある単語としてよりも、この図書館の固有名詞としてのイメージが強いようです。

 

ヘルシンキ中央駅と国会議事堂の間に位置しているためか、国立の図書館だと間違って紹介されることがありますが、ヘルシンキの市立図書館です。

 

 


Oodiの外観

 

3階建てで、書籍や新聞雑誌などのある3階が、私たちが通常図書館としてイメージするフロアです。
とはいえ、外壁はガラス張りで昼間は明るく夜は外の灯りが見え、書棚の高さが低く圧迫感がありません。

 


Oodiの書架

 


窓に面したOodiの読書スペース

 

座り心地のいい椅子もあちこちに配置されています。

 


Oodiの丸いソファが配置された階段状の読書スペース

 

子どもコーナーは床に座ってくつろげたり脇にベビーカー置き場があったりと使い勝手もよく、居心地の良い空間になっています。

 


Oodiの児童書コーナー

 


Oodiの子ども用スペース

 

最も注目を集めているのは、2階でしょう。
階段状になっているスペースで本を読んだりパソコンを開いたりしている光景は、フィンランドの大学・学校でもしばしば目にします。

 


Oodiの読書・作業スペース

 

そのほか、個人やグループで読書・勉強をしたり、議論をしたりする小部屋がいくつもあります。

 


Oodiの学習スペース

 

さらには、ポスターなどを印刷する大型プリンター、3Dプリンター、工具類、ミシンが設置されており、調理や実験ができる部屋もあります。

 


Oodiの3Dプリンター

 


Oodiにある各種の工具

 

また、テレビゲームができる小部屋もあります。

 


Oodiのゲーム室

 

 

図書館とは?

私が担当している教育と情報に関する授業で、学生に「図書館ってどんなところ?」と質問をすると、「本がたくさんあるところ」「本を読んだり借りたりするところ」「読書や勉強をするところ」という答えが返ってきます。また、図書館は「静かにしていなければならなくて、厳粛で堅いイメージのところ」という学生も少なからずいます。

 

フィンランドの図書館も、本がたくさんあるところ(kirjasto)だし、本を読んだり借りたりするところです。しかし、「読書や勉強をするところ」というのとは少し違います。フィンランドに限らず、今や図書館は、「本があるところ・本を読めるところ」というだけでなく、様々な活動を市民が行う場所となってきているのです。

 

本といっても、紙の本だけではありません。最近では、電子書籍を利用者が図書館に来館せずに借りられるサービスが充実しています。「本がある・本を読める」というのが、図書館という場所に限定されていないと言えます。また、電子書籍が読めるように、館内でタブレット端末を貸し出している図書館も多くあります。電源コンセントがあちこちにあり、自分で持ち込んだノートパソコンを使って情報を調べたり作業をしたりしている人も多いです。家にコンピュータやインターネットの環境がない市民のために、パソコンを備えている部屋もあります。

 


Oodiのパソコンコーナー

 

本や新聞・雑誌といった文字情報だけでなく、音楽や映像資料など、幅広い資料・情報も扱っています。また、単にCDやDVDなどの媒体を提供するだけでなく、コンサートや上映会などの催しも多くあります。

 

紙ではなくデジタルの情報ということになってくると、一方ではテレビゲームなどの利用、もう一方では3Dプリンターや大型プリンターなどを利用した情報の出力という方向へも広がっていきます。そこからさらに、情報だけでなく様々なモノや活動へと広がっていきます。

 


Oodiの大型プリンター

 

また、図書館の職員についても、学生のイメージは「貸出手続きをしてくれる」「返却された本を書棚に戻すなど本の整理をする」といった程度です。しかし、日本でもそうですが、司書という専門的資格を持った職員は、図書館においてとても重要な役割を果たしています。購入する資料を選ぶなど利用者の目につきにくい仕事もありますが、図書館利用者の相談に乗るというのが図書館の不可欠な要素としてあります。レファレンスサービス(reference service)と呼ばれていますが、自分の興味関心に合う本を選ぶ手助けをしてくれたり、「こんな本があったはず」という漠然とした手がかりからお目当ての本を探してくれたり、知りたい情報やデータなどを見つける手伝いをしてくれたり、資料の探し方・調べ方を案内してくれたりします。図書館は、建物と本だけで成り立っているのではないのです。

 

フィンランドでは、専門職としての司書の重要さが広く認知されています。市民が豊富な文化的財産に触れられる場を大切にし、それを通して市民が主役の民主的な社会を構築し維持すること、そこに専門的資格を持った職員がいて様々な市民が気軽に集まれること、そのような役割を担う図書館の姿や大切さを、フィンランドで実感しました。