フィンランド 〜1年間暮らして考えたこと〜 【第11回】
2025/12/19
街中で多くのカフェを見かけるのは、フィンランドも日本と同様です。家庭や職場など日常生活の中でも、コーヒーや紅茶・ハーブティーなどを飲むことは多いのですが、ところどころにフィンランドの興味深い特徴があらわれているように思います。今回は、そんなコーヒーと紅茶にまつわる話です。
コーヒーのことをフィンランド語でkahvi(カハヴィ)といいます。統計によって順位が多少異なる場合もありますが、一人当たりの年間コーヒー消費量はフィンランドが世界一だと言われています。少なくとも日本よりはるかに多く、またアメリカや北欧の近隣諸国よりも上回っています。ある統計によると、私がフィンランドに滞在していた2019年には、フィンランドは一人当たり年間14.9kgを消費しており、スウェーデン(10.4kg)やノルウェー(8.7kg)といった他の北欧の国々より多く、アメリカ(5.0kg)や日本(3.6kg)と比べるとはるかに多いのです(全日本コーヒー協会調べ)。
フィンランド人の生活にコーヒー文化が深く根ざしていることは、「コーヒーブレイク(kahvitauko)」という習慣に表れています。法律で労働時間に応じてコーヒーブレイクが認められています。これは単なる休憩ではなく、コミュニケーションの時間として大切にされています。1日に数回、職場や学校で同僚や友人とコーヒーを飲みながら語らう時間は、フィンランド人にとって欠かせないものです。
学校の教員室でもコーヒーマシンには常にコーヒーがあり、休み時間には先生方が集まってきて、コーヒーを飲みながら打ち合わせをしたりおしゃべりをしたりしています。大学でも、建物内のあちこちにあるラウンジにコーヒーマシンが置いてあります。そういった場所では、自分のマグカップや共有のマグカップを使い、飲み終わったら各自が食器洗浄機にカップを入れて、食洗機がいっぱいになると最後に入れた人が食洗機を回す、といったことが自然に行われています。
フィンランドの多くのカフェでは、注文と支払いをカウンターで行い、飲み物や食べ物を自分でテーブルまで運ぶセルフサービスが一般的です。飲み終えた後のカップや皿をテーブルに残したままにする客もたまにいますが、他の客が複数のテーブルに残した食器を1つのテーブルにまとめたり、カウンターに片付けたりすることもよく見かけます。店員に任せて客はサービスを受けるだけというより、みんなでその場をのんびり楽しんでいる空気があります。
カフェでコーヒーを注文すると、「ミルクは?(With milk?)」と尋ねられることが多いのですが、フィンランドに住み始めた当初、この質問にちょっとした違和感を持ちました。というのは、その質問に「Yes」と答えても店員さんがミルクを入れてくれるわけでもなく、コーヒーを受け取った後でミルクを自分で入れるのです。「ミルクは?」という問いかけに「Yes」と答えないとミルクを入れてはいけないということなのかとも思ったのですが、そんなことを厳しくチェックしている様子もありませんでした。しばらくしてフィンランド人が教えてくれたのですが、フィンランド語に「maitovara(マイトヴァラ)」という単語があります。maitoはフィンランド語でミルクのことです。コーヒーカップの中でミルクを入れるためのスペース(余地)のことなのです。つまり、「ミルクは?」と尋ねるのは、「maitovara」が必要かどうか確認しているわけです。

なお、そのセルフサービスのミルクは、複数の種類が用意されているのが一般的です。そもそも、コーヒーもカフェイン抜きなど数種類のポットが用意されていて、自分が飲みたいものを自分でカップに入れるスタイルのお店も少なくありません(カップも数種類置いてある中から自分で選ぶお店もあります)。そしてミルクについては、通常の牛乳だけでなく、ラクトースフリーや脂肪分ゼロのものや、植物性のオーツミルクなど、好みや体質・健康志向に合わせて自由に選ぶことができます。これは、学校給食でも自分で必要なものを必要な量だけ取るというフィンランドの文化に通じるものがあるかもしれません。人々が自立し、自分の選択を尊重する社会のあり方が、喫茶文化にも表れていると言えます。

フィンランドのコーヒーで最も印象的だったものは、冬に湖畔で飲んだものです。
カフェや家庭で飲むコーヒーはフィルターを通してドリップして淹れるのが一般的ですが、煮出す飲み方もあります。そのために細かく挽いたコーヒー豆もスーパーマーケットなどで売っていて、パッケージにはヤカンのマークが描いてあります。

タンペレから40キロメートルほど離れた小さな町でバーテンダー兼シェフとして働いていた友人が、「せっかくフィンランドに来たのだから、フィンランドらしいことを体験してもらいたい」と湖のほとりのコテージに招き、1月後半で湖は大部分が凍っていましたが屋外で薪の火で料理をしてくれました。

はじめに、近くで獲れたヘラジカの心臓の肉を焼いて伝統的なライ麦のパンにのせ、湖の岸で凍ったリンゴンベリー(コケモモ)を数粒入れたジンを少し飲みながら食べました。その間にサーモンスープを作りながら、その脇で小さなヤカンでコーヒーを沸かしてくれました。

ジンやコーヒーを飲むカップは、白樺の木の瘤(こぶ)を掘って作ったもので、もともとフィンランド北部のサーミ人が伝統的に使っていたkuksa(ククサ)というものです。白樺の瘤(こぶ)はとても堅いので丈夫で長持ちしますし、厚みのあるククサは熱を伝えにくいので保温性に優れています。

フィンランドではコーヒーが主流ですが、お茶を飲む文化も存在します。興味深いのは、その呼び名です。フィンランド語で、「お茶」は「tee(テー)」といいます。これは英語の「tea」やドイツ語の「Tee」と同じく、中国の福建省の言葉に由来しています。16世紀以降、ヨーロッパ諸国がお茶を海路で輸入した際に、福建語の「tay」に由来する「t-」で始まる名称がこれらの地域では定着しました。フィンランドもまた、スウェーデンなど西欧からの影響を受けて「tee」という言葉が広まったと考えられます。
一方で、フィンランドはロシアと長い国境を接しており、ロシア文化の影響も色濃く残っています。ロシアでは、お茶を「チャイ(чай)」と呼びます。これは、シルクロードなど陸路を通じて中国の広東語から伝わった言葉が起源です。インドやトルコなどでチャイと呼ばれるのは、この陸路での伝播によるものです。
フィンランドでは、ロシアの伝統的な茶を淹れる器具であるサモワールを目にすることもあります。サモワールは、内部に炭や薪を入れ(現代では電気式が主流ですが)、そのまわりの胴体部分に入っている水を温め、胴体脇にある小さな蛇口からお湯が出るようになっています。また、上にはティーポットを置くところがあり、そこで茶葉を蒸らして濃い紅茶を作り保温しておきます。飲む時には、ティーポットから紅茶をグラスに注ぎ、お湯を注いで好みの濃さにします。
ヘルシンキからバスで1時間ほどのところにあるポルヴォー(Porvoo)は、ヘルシンキの街が建設される以前にその地域の商業の中心地で、フィンランドでトゥルク(Turku)に次いで古い街とされますが、そこには国民的詩人ルーネベリ(Johan Ludvig Runeberg, 1804〜1877年)の住まいだった博物館があります。

そのダイニングにはサモワールが展示されており、ロシア文化との歴史的なつながりを感じさせます。なお、サモワールの隣(下の写真の中央)に置かれているは、ルーネベリタルト(runebergintorttu)です。上部のラズベリージャムとそれを囲むアイシングが特徴的なフィンランド独特のルーネベリが好んだこのお菓子は、ルーネベリの誕生日である2月5日が近づくとフィンランド全土で売られますが、ポルヴォーでは一年中カフェなどで食べることができます。

このように、フィンランドは地理的に、お茶が中国から海路でヨーロッパに伝わったルートと、陸路でユーラシア大陸を横断して伝わったルートが、その果てで出会う場所なのです。近年、フィンランドでは、紅茶だけでなく、ハーブティーやフルーツティーを好む人も増えています。特に、北欧の森で採れるベリーやハーブを使ったお茶は人気が高く、カフェのメニューでもよく見られます。厳しい冬を越すために必要なビタミンCを豊富に含むベリー類は、フィンランドの人々にとって昔から身近な存在であり、それが現代の喫茶文化にも反映されています。
日常生活の中でコーヒーやお茶を通じて、人と人とのつながりを大切にする「スローな時間」を重んじる姿勢は、フィンランドの暮らしをより豊かにします。