Column コラム

フィンランド 〜1年間暮らして考えたこと〜 【第12回】

青山学院大学教育人間科学部教育学科教授

杉本 卓

 

音楽に見られるフィンランドらしさ

フィンランドの音楽というと、作曲家のシベリウスを思い浮かべる人が少なくないかもしれません。実際に現地で暮らしてみると、音楽はフィンランド人の暮らしの中に自然な形で溶け込んでおり、フィンランドの歴史・文化とフィンランド人の精神性に密接に関わっているのではないかと感じました。

 

歴史と日常が交差する風景

フィンランドの音楽を語る上で欠かせないのは、やはりジャン・シベリウス(Jean Sibelius 1865〜1957)です。フィンランドの民族意識が高まりロシアからの独立を目指していた時代、彼の音楽はフィンランドの人々にとって、自分たちのアイデンティティを確認するための大切な心の拠り所でした。

ジャン・シベリウス(Jean Sibelius 1865〜1957)wikimediacommonsより

 

代表作の交響詩『フィンランディア』は、いまでもフィンランドの人々にとって特別な存在で、第二の国歌とも言われます。
2019年の5月、それを実感する場面がありました。アイスホッケーのワールドカップでフィンランド代表が優勝した際、私の住んでいたタンペレ(Tampere)にも優勝チームのメンバーが来て、お祝いのセレモニーが行われ、集まった人々が最後に口ずさんでいたのは、『フィンランディア』の一節に歌詞をつけた「フィンランド讃歌」でした。ロシアの圧政から解放される喜びとフィンランド人の誇りが表現されたこの曲は、いまでもフィンランド人の心の中で大きな存在となっています。毎年12月6日の独立記念日には、フィンランド各地でコンサートが開催され、最後に『フィンランディア』と国歌が演奏されるのが恒例です。こうした歴史的な音楽が、現代でもとてもカジュアルに親しまれているのは、非常に面白い点です。

フィンランディアの演奏。シベリウス生誕150周年とTurku交響楽団225周年を記念して、2015年にトゥルクの7つの丘に団員が分散してネットで繋いで演奏したもの。指揮はLeif Segerstam(セーゲルスタム)。セーゲルスタムのダイナミックな指揮とトゥルク(ヘルシンキの前に都だった古い街)の映像が楽しめる

 

フィンランドでは、首都ヘルシンキ(Helsinki)だけでなく、人口10万人ほどの地方都市にもプロのオーケストラがあったり、夏には様々なフェスティバルが行われたりしています。例えば、ラハティ(Lahti)という街のラハティ交響楽団が本拠地としているシベリウス・ホールは、湖のほとりにあり、古い工場の建物を生かしながら木がふんだんに使われており、毎年夏にはシベリウス・フェスティバルが行われています。

ラハティのシベリウス・ホール

 

ヨーロッパの豪華な劇場というよりは、森と湖の国フィンランドらしい、自然と調和した素朴な心地よい空間で、シベリウスを中心にした音楽を楽しむことができます。

シベリウス・ホール内から見る湖

 

また、サヴォンリンナ(Savonlinna)という街では、古い要塞(オラヴィ城)をそのまま使って、オペラ・フェスティバルが行われます。

サヴォンリンナのオラヴィ城

 

特別な「芸術」として構えるのではなく、自分たちの身近にある歴史や自然をありのままステージにしてしまうところは、とてもフィンランド人らしく感じます。

オラヴィ城のオペラ会場

 

私が住んでいたタンペレの自宅前のタンペレホールに隣接する公園でも、毎年8月上旬にタンペレ交響楽団のパークコンサートが開かれます。爽やかな風の中、大勢の人が本格的な演奏を楽しんでおり、音楽が日常の「風景の一部」であるように感じられました。

タンペレ交響楽団のパークコンサート

 

 

共に声を合わせるフラットな文化

クラシックと並んで、フィンランドで欠かせないのが合唱です。滞在中、大学の先生や高校の校長先生、そして個人的に親しくしていた知人も、当たり前のように合唱団での活動を楽しんでいました。印象的だったのは、そのコミュニティのフラットさです。年齢・性別・肩書きなどにかかわらず、みんなが同じパートの仲間として対等に声を合わせる。そこにはフィンランドらしい平等な精神が息づいていました。

 

5月の終わりには、多数の合唱団がタンペレの町中のレストランやバーをまわりながら数曲ずつ歌うイベントがありました。静かで控えめという印象が強いフィンランド人ですが、歌を通じて場を共有し、穏やかに感情を通わせる。そんな形のコミュニケーションもまた、フィンランドらしいところかもしれません。

タンペレ市内のバーでの合唱

 

暗闇も楽しむ感性

そして、フィンランドを語る上で外せないのが、ヘビーメタルの人気です。フィンランドは、人口当たりのヘビーメタルのバンド数が世界一と言われています。静かな国民性とメタルの激しさは対極にあるように見えますが、実はうまく共存しています。

 

フィンランドのメタルは、激しさの中にどこか切ないメロディが含まれていることが多いように見受けられます。厳しい冬の暗闇や憂鬱さを、無理に明るく変えようとするのではなく、そのまま心の中にしっかり受け止め、魂の底から表現するというのが、彼らの感性に合っているのでしょう。

 

在外研究中にタンペレで開催されたヘビーメタルのイベントで、たまたま友人になったフィンランド人が、最後に演奏した人気バンドについて「この曲が好き。フィンランドらしい風景の中で歌っているミュージックビデオ、ぜひ見てみて!」と教えてくれたのが、Insomniumというバンドの”Heart Like A Grave”という曲です。

Insomniumの”Heart like a grave”

 

フィンランドのヘビーメタル人気を象徴するのが、クリスマス時期の「Raskasta Joulua(ヘビー・クリスマス)」です。これは、フィンランド全土20数カ所をまわる人気の催しで、おなじみのクリスマスソングをメタル調にアレンジして歌うコンサートです。会場には家族連れも多く、子どもからお年寄りまでが一緒になって楽しんでいます。「聖夜にメタルなんて」という固定観念にとらわれない、そんな自由で大らかな寛容さがフィンランドの魅力でもあります。

Raskasta Joulua(Heavy Christmas)の公式チャンネルより、“Ilouutinen”イロ・ウーティネン。1980年代に作られたフィンランドのクリスマスソング。“喜ばしい(Ilo)知らせ(uutinen)”のタイトル通り、キリストの降誕を喜ぶ歌。現代のフィンランドのクリスマスソングの代表的なものの1つ

 

フィンランドらしさ

シベリウスから合唱、そしてヘビーメタルまで、フィンランドの音楽は実に多彩です(もちろんここで取り上げなかった音楽ジャンルで盛んなものもたくさんあります)が、その根底には「自分たちの好きなものを、ありのままに大切にする」という誠実さがあるように感じます。

 

自分たちのルーツを大切にするフィンランド人の姿、寡黙な人々が音楽を通じて見せる静かな熱っぽさなど、日常の中に当たり前のようにある音楽にも、フィンランドらしさが息づいているように感じました。

 

杉本先生より

☆フィンランドを代表するフィンランディアを聴き比べたい方へ、さまざまな演奏をご紹介いたします!

①首都ヘルシンキのフィンランドを代表するオーケストラ、ヘルシンキ交響楽団演奏による「フィンランディア」。ヘルシンキの新しい音楽ホールが2011年にできた時のこけらおとしコンサートで、指揮はJukka-Pekka Saraste。フィンランドで最も有名なフィンランド人指揮者の一人です。

②Lahti Symphony OrchestraがLahtiのシベリウス・ホールで演奏している「フィンランディア」。※(歌なし)

③タンペレ・ホールを本拠地とするTampere Philharmonic Orchestra演奏の「フィンランディア」。指揮はSantti-Matias Rouvali(両親ともLahti交響楽団の団員だったフィンランド人で世界的に活躍している指揮者)※動画は歌部分からスタートします

 

☆フィンランドのメタルを聴きたい方へ贈るフィンランドのメタルクリスマス🎄

19世紀半ばに作られたフィンランドのクリスマスソングの定番”Sylvian joululaulu”。静かで落ち着いた寂しげな雰囲気の中に明るい喜びも感じられるところがフィンランドらしい