Column コラム

企業のSDGsと地域活性化【青山学~青山から考える地域活性化論~第7回】

青山学院大学大学院国際マネジメント研究科教授

宮副 謙司

SDGsと地域活性化

近年、企業や行政の取り組むテーマとして、「SDGs」(Sustainable Development Goals;持続可能な開発目標)が話題である。それは「将来に向けて持続可能な地球環境や社会を創る活動」と捉えられる。ただ、実際の企業等の現場では、SDGsで掲げられた17の領域の中で、どの領域を、どのように取り組むのか、どう効果を上げるのかということばかりが議論されているように感じられる。主体が、企業、行政であっても、あるいは市民であってもSDGs活動の本質は、日常的に自然に(無理せずに)、継続して取り組むことであろう。
そのためには、我々の(企業や行政の)、社会的・道徳的な意識、他者への配慮、コミュニティへの関与といった、いわば「シチズンシップ」が前提としてあり、それが醸成されることが重要なのだろうと考える。例えば、地域活性化の先行都市とされる米国ポートランド市では、地域を皆とともに良くしたいという地域住民の地域社会意識が高く、まさにシチズンシップが人々に備わり、地域活性化につながっているといえる。それを醸成する行政や企業の教育・コミュニティ活動支援などが日常的に数多く存在するのである。多くの日本の地方自治体関係者らが当地を訪問・視察し、施策を真似して試みても、そのままでは日本での地域活性化を実現できていない。それはシチズンシップの持ち方が根本的に違うからである。
真の地域活性化は、地域の人々のシチズンシップを醸成する取り組みから生まれるものであり、企業や行政がそれに気づき取り組めば、それはSDGs施策でもあり、真の地域活性化につながるものと考えられる。

 

企業が取り組むSDGs

本稿で企業が行うSDGsを考えると、その取り組みは3点に整理できる(図表-1)。①自らのシチズンシップを高める(コーポレート・シチズンシップ)、②地域コミュニティへ施策を働きかける(直接的なSDGs)、③地域の人々へ働きかけその人々のシチズンシップを高める活動を行い(間接的なSDGs)、将来的に地域コミュニティのサステイナブルな社会充実を目指すことが考えられる。
そこで、事例として、この連載で取り上げた愛媛県西条市の企業:クラレ(第5回)を見てみると、その地域対応は、すでにSDGs型といえる。

 

クラレの地域におけるSDGsの事例

クラレの地域対応で特徴的なことは、西条事業所を設けた1936年以降の早い時期に、従業員の福利厚生施設として発祥し、その後市民に継承されたものがあることだ。例えば、病院(現在の西条中央病院)、教会(西条栄光教会・西条栄光幼稚園)はその事例である。クラレグループは、初代社長の大原孫三郎氏が設立した公益財団法人大原美術館の支援を継続しているが、西条市でも発祥地の倉敷と同様に民藝コレクション拠点「愛媛民藝館」(写真-1)が第二代社長の大原總一郎氏の提唱により設立され(1967年竣工)、その後も長年クラレ退職者が運営支援するなど文化活動を継続してきた。現在それらはクラレの運営施設ではないが、時を経て地域の生活資源になっている。

写真-1「民藝」2017年12月号で特集された「愛媛民藝館」
写真-1「民藝」2017年12月号で特集された「愛媛民藝館」

 

シチズンシップの重要性

ただクラレが西条市に拠点を設けて以来、長い歴史を経ているからこそわかるSDGsの取り組みの教訓も見られる。
愛媛民藝館や西条栄光教会は、当初クラレの文化・地域貢献として開設された。すなわち、地域への直接的SDGsといえる。しかしながら、愛媛民藝館は、企業から当初「器」を与えられただけで、残念なことにその後、地域の人々の民藝への目覚めや、「中身」を育成するような文化活動には至らず、真の地域活性化につながっていない。他の民藝活動が活発な都市、例えば盛岡、鳥取、松本などとの違いは明白である。
例えば、盛岡では、農業書の出版社「光原社」を経営する及川四郎氏が、昭和になって南部鉄器、かご・民具、ホームスパンなど民藝の育成に取り組みはじめ、現在では、それらコレクションを販売する店舗や民藝的な空間での喫茶を展開し、一種の民藝をテーマとする店舗が連なる街なみを形成するまでに発展している。行政もそうした地場産業の振興と観光の拠点として「盛岡手づくり村」を郊外部に開設し人材育成にも力を注いでいる。
また鳥取では、昭和初期に耳鼻咽喉科開業医だった吉田璋也氏がプロデューサー的に地域の陶芸家や手仕事職人を育成し、自ら民藝店や民藝空間のある飲食店を経営するなど民藝をテーマとする文化育成、人材育成のコミュニティ活動として発展してきたのである。
しかし西条は、四国でただ一つの民藝館を持ち50年の歳月を経るものの、盛岡や鳥取のように地域住民から民藝運動の推進役が生まれず、民藝運動は広がっていない。これはクラレの課題ではなく、西条の地域住民や行政のシチズンシップの課題だろう。
また西条栄光教会は、1948年のクラレ従業員の聖書研究会から始まり、1951年に教会が竣工した。その後、長年を経て、クラレの手を離れ、主事する牧師も代替わりし、クラレ創業家経営者の意思の継承が薄れている。また本来、教会は、地域におけるシチズンシップ醸成の場であるが、現在の西条栄光教会の運営はその実現に至っていない

地域の人々のシチズンシップを高める

クラレの事例で見たように、企業のSDGsの取り組みは、まず住民への教育や支援(「間接的な」SDGsの取り組み)を通じた、地域の人々のシチズンシップの醸成が重要ではないだろうか。シチズンシップに基づいたSDGs活動を行えば、地域活性化の動きを加速でき、また長年継続できる。企業のSDGsと地域活性化がともに実行されることになる。

「青山学報」270号(2019年12月発行)より転載
【次回へ続く】