Column コラム

【佐久間康夫の「この世という広大な劇場」】第4回 聖パトリックの日とアイリッシュ・ダンス

青山学院大学文学部比較芸術学科教授

佐久間 康夫

聖パトリックの日

3月17日が何の記念日かご存じでしょうか? アイルランドの守護聖人、聖パトリックの命日です。聖パトリックは紀元5世紀にアイルランドにキリスト教を伝道した人物で、この日はアイルランド共和国では祝日とされています。

特に英語圏の国々では、アイルランド系の移民が中心になって盛大なお祭りが催されます。ここ20年ほどは、日本でも表参道をはじめ各地で、聖パトリックの日を祝う行事が開催されるようになってきました。緑色の服を身に着けた人々のパレードを目にしたこともあるでしょう。エメラルド・グリーンは国花シャムロック(三つ葉のクローバー)に由来するアイルランドのシンボル・カラーなのです。

 

北米にはアイルランドからの移民が多く、その子孫に当たる、いわゆるアイリッシュ・アメリカンの人口は、4000万人にものぼるそうです。例えば、かつての大統領ジョン・F・ケネディやロナルド・レーガンがアイルランド系ですし、グレース・ケリー、クリント・イーストウッド、ジョニー・デップといった名だたる俳優がアイルランドの血を引いていることを表明しています。そうそう、小説家スコット・フィッツジェラルドや劇作家ユージン・オニールも……。いやはや、この調子で著名人の名前を挙げていくと、切りがありません。

そんな彼らの母国アイルランドの文化が、日本で注目を集めるようになったのは、20世紀も終わりに近づいてからのように記憶しています。歌手エンヤの歌声や映画『タイタニック』のワンシーンによって、アイルランドという国にたいして、ひとつのイメージを結ぶことができたという人も多いのではないでしょうか。

 

アイリッシュ・ダンスとの出会い

私が初めてアイリッシュ・ダンスを知ったのは、イギリスの友人宅に招かれてテレビ中継を見せてもらった時のこと。もう四半世紀も前ですが、その折に味わった興奮は今でも鮮烈に覚えています。父祖伝来の民俗舞踊であるアイリッシュ・ダンスを巧妙にアレンジした圧巻の舞台が1994年の「ユーロビジョン・ソング・コンテスト」で披露され、満場の喝さいをさらったのです。翌年、アイルランド国民の苦難の歴史をつづった拡大版が『リバーダンス』と銘打って制作され、ショー・ビジネスとして大成功をおさめました。

ユーロビジョン・ソング・コンテスト‥ヨーロッパ放送連合の主催で1956年以来毎年開催される音楽コンテスト。ヨーロッパ各国の持ち回りで、1994年のホスト国がアイルランドだった。今日の視聴者数は数億人といわれる。
 

今でこそすっかり有名になりましたが、黒のコスチュームを身にまとった30名ほどのダンサーが整然と並び、一糸乱れずにステップを踏みジャンプする熱狂的なステージ。両腕はおろか上半身もほとんど動かさず、両足の敏捷な動きだけで魅せる群舞は、筆舌につくしがたい興奮にあふれています。タップダンスやフラメンコとも歴史的につながりがあるのかな、などと想像もかき立てられ、欧米の舞踏文化の奥深さが実感される舞台です。

『リバーダンス』は少なくとも3回は観ないと味わいつくせません。1回目は、ダンサー一人ひとりの卓抜な技巧に目を凝らし、2回目は、舞台上で演奏されるバンドの民族楽器のリズムや音色に身をまかせ、3回目は、完ぺきなまでに統率のとれた演出が生み出す魔法に陶然となって、という具合です。

 

文化のヘリテージという考え方

ヘリテージ‥未来に継承すべき遺産や伝統の意

私のカナダの友人にドイツからの移民二世がいます。本人は英語圏で育ったため英語のネイティブ・スピーカーですが、ドイツ語を第一言語とするご両親が英語で苦労する姿を見て育ったと言います。そのような環境で育った二世や三世にとって、両親や祖父母が母語として使っていた言葉は、ヘリテージ・ランゲージ(継承語)と呼ばれています。子の世代は先祖の国の言葉の習得に苦労する例も多いそうです。

移民の子どもたちにとって、受け継ぐべきはただ単に言葉の問題だけではなく、その背景を形作っている文化そのものなのだと思います。その文脈において考えると、先にふれた聖パトリックの日の祝いも、ただの無邪気なお祭り騒ぎとは言えません。自分たちのルーツを見つめ、民族の歴史を共有し、自らのアイデンティティを探し求める、大切な人生の一里塚になっているわけです。

数年前、私はシアトルで聖パトリックの日のフェスティバルに遭遇する機会にめぐまれました。現地の子どもたちが躍るアイリッシュ・ダンスの舞台にふれることもできました。



アイリッシュ・ヘリテージ・フェスティバルで披露されたアイリッシュ・ダンス
 

シアトルといえば、1896年に日本郵船の蒸気船三池丸が茶葉を積んで到着し、アジアと北米を結ぶ交易が始まった土地です。また廃墟となったガス工場をそのまま巨大なオブジェとして保存し、7ヘクタールもの広大な憩いの場「ガスワークス・パーク」としていることにも驚きました。このように様々な形で歴史と文化を保存する意識の高いアメリカの一都市で、アイルランドの文化もまた若い世代にしっかりと受け継がれていることに不思議な感動を覚えました。

アメリカのワシントン州シアトル全景

 

1896年に蒸気船三池丸が来航した港。北米とアジアの懸け橋となった記念の地
 

「ガスワークス・パーク」

 

シアトル市内で遭遇した聖パトリックの日のパレード

[Photo:佐久間 康夫]※1枚目三つ葉のクローバー除く
参考文献
風呂本武敏編『アイルランド・ケルト文化を学ぶ人のために』(世界思想社 2009)
木村正俊編『アイルランド文学―その伝統と遺産』(開文社出版 2014)
海老島均・山下理恵子編『アイルランドを知るための70章』(明石書店 2019)

 

読者の方より

読者の方より佐久間先生の元に素敵なお写真が届きましたので、ご紹介いたします!(アオガクプラス編集部)

アリゾナ州ファウンテン・ヒルズの噴水。
170メートルの高さに噴き上げる噴水が、聖パトリックの日には緑色に。
写真提供:金氏久美子さん(青山学院女子短期大学1970年卒)

 

【次回へ続く】