“All the world’s a stage” 演劇 一瞬に懸ける「生」の魅力【大学文学部 佐久間 康夫研究室】
2019/06/18
演劇文化が盛り上がっているかどうかでその国の政治経済状態が判るという。多様性の時代、国のアイデンティティが薄れゆく中、受け継がれゆく演劇文化の魅力を語っていただきました。
──先生のご著書にはイギリスが大好きだと記されています。いつから惹かれたのですか。
1970年の大阪万博です。当時私は青山学院高等部の1年生でした。子どもの頃からロシア文学や推理小説が好きで、イギリスのパビリオンの入口にシャーロック・ホームズのシルエットを見つけて舞い上がりました。非常に強烈な印象を残しましたね。
──大学は教育学科ご出身です。
高等部のときの担任の先生が大村修文先生で、政治経済の天野景文先生やクラブ顧問の松本通孝先生など、社会科の良い先生方に影響を受け教員を目指しました。しかし、大学在学中、文学や演劇の方に興味を持ってしまいました。亡くなられた神山妙子先生、伊東好次郎先生、今もお元気な岡三郎先生などの英米文学科の講義も受講していました。先生方は私を英米文学科の学生だと思っていたようです(笑)。
──ケンブリッジ大学へ研究員として行かれています。
37歳の頃です。妻と二人の子どもと一緒に行きました。やはり私は「イギリスかぶれ」で、見るもの、聞くもの、触るもの全てをとにかく好きになりましたね。
──イギリスで印象に残っているエピソードがあれば教えてください。
エピソードだらけですが、イギリスは外国人を受け入れることが得意な国で、歴史的にも学問の中心地的な場所です。大学街でしたので、自分が「学びたい」という気持ちを全身に出すと〝教えたがり〟な人が教えてくれる。当時お世話になった方々とは未だにお付き合いがあります。
──演劇の魅力とは何でしょうか。
「生もの」という点ですね。映画やテレビドラマですと、撮り直しができますが、演劇ではそれは絶対にできない。一瞬に懸ける、命懸け、それがやはり芝居の魅力ではないでしょうか。また、役者、演出家、舞台装置家、衣裳など色々な人が携わる総合芸術という点。そしてお客ですね。お客がいないと芸術として成立できないのが演劇なのです。
──一番好きな演目は何ですか。
以前、劇団四季の『CATS』のプログラムに寄稿したのですが、「自分が人生で最後に観る芝居は『CATS』にしたい」と書いたくらい好きですね。
27匹の猫が出てきて、人生を振り返ったときにどのくらい充実した人生を送ることができたか、それぞれの猫が表わしているのですが、観る人によって色々な楽しみ方ができます。初演から観ていますが、若い頃はその躍動感、歌や衣裳に魅せられました。最近は大事な友人を亡くしたこともあり、いずれ自分が天上に召されるときのことを考えてしまいますね。
──シェイクスピアで好きな作品や舞台を教えてください。
『お気に召すまま』という作品で故・蜷川幸雄さんが演出された「オールメール・キャスト」といって全て男優による舞台ですね。
主人公は命を狙われますが、アーデンの森というところに逃げて恋を成就するというストーリーです。私たちも、自分の人生で趣味でも何でもいいのですが、逃げ場を持つことはとても大事だと思います。
かつてロンドンで現地の友人達と、蜷川さんが日本語で上演された『テンペスト』を観に行きました。その友人らは、日本語自体はわからないけれど、何をやっているかは全部わかるということでした。芝居は言葉がわからなくても、良いものであれば通じるのだと、すごく感じました。
講義や研究で、台本をいかに理解するか、深く読むかということを大事にし、追求しているつもりです。
──シェイクスピアの作品の中で好きな台詞はありますか。
『お気に召すまま』の台詞で「All the world’s a stage.(この世は全て舞台)」です。人生は舞台であり、人間は役者で、色んな役を演じているのだ、と。元々演劇の世界は昔からこのような発想があるのですが、良い考え方ですよね。
──学生に学んでもらいたいこと、期待することは何でしょうか。
演劇を通してコミュニケーション力を養ってもらうこと。芝居をする側からすれば、自分の芝居を観客に伝えなくてはいけない。いかに、どう表現すれば、その台詞をどう言えば、どの表情なら伝わるのか、ということを学んでいるのですから。
そして芝居を好きになってもらいたいですね。芝居のチケットを買ってあげてください、と。
大学文学部比較芸術学科教授。
青山学院高等部卒業、青山学院大学文学部教育学科卒業。同大学院文学研究科英米文学専攻修士課程修了。同英米文学専攻博士課程単位取得済退学。ケンブリッジ大学Wolfson College研究員。
専門は、エリザベス朝演劇、現代イギリス演劇。
横浜国立大学非常勤講師等を経て、1985年4月、本学に就任。
[Photo:加藤 麻希] https://www.katomaki.com
紙幅の関係で掲載がかなわなかったエピソードをご紹介いたします。
・違うよ、“Angry Young Men”だ
学科内での議論の際、佐久間先生がつい熱くなってしまったところ、その様子を見ていた同僚の先生が「キレる老人」とひと言。ひどいこと言うなあ、と思いつつも「違うよ、“Angry Young Men(怒れる若者たち)”だ」と応じられたそうです。この言葉は、1950年代にイギリスの戯曲から生まれた、イギリスの社会に反逆する若者たちを指すものだそうで、さすが、切り返しにも文学的なユーモアが溢れています。
「そのようなときは、ただ本当に怒るのではなく、自分は怒る役、“キレる老人”役だと考えます。感情は引きずらず、校門を出たらパッと別の人間になります」と佐久間先生。まさに“All the world’s a stage!”
・ペンキ屋さんは〇〇? アカデミックな土地ならではの思い出
ケンブリッジでは、小学生の送り迎えを親が行い、佐久間先生も例に漏れず送迎をされていたそうです。ときには、お子さまの同級生の親御さんがシェイクスピア学者だったという、アカデミックな土地ならではの思い出も。
また、イギリスの大学では、カジュアルな装いで講義を行う先生が多いとか。あるとき、ペンキで汚れていたシャツとジーンズ姿の方と出会い、佐久間先生は「ペンキ屋さんかな?」と思いながらお話しをされていましたが、実は、有名なシェイクスピア学者の方だった! ということもあったそうです。どうやらDIY(日曜大工)の後、そのままの姿で出勤されていたようです。
・演劇の虜にされた、あるアクシデント
学生時代、ある舞台作品を最前列で鑑賞されていたところ、ステージ上のテーブルに置かれた舞台装置のお酒が客席に向かって落ちてしまう、というアクシデントがあったそうです。しかし、物語はそれでも進行し続け、そして、終演後には俳優がお客の元へ謝罪に……。
通常であれば、少しがっかりとなるかもしれない出来事でしたが、佐久間先生は、失敗のリスクをいとわず臨む演劇の「生」の魅力を感じ、大感激されたそうです。