プログラミングと初等部教育
2019/06/11
──古田先生は保護者としてだけではなく、初等部での出張授業など様々なご協力をいただいています。
古田 僕はかねてから、未来を背負って立つ人材を育成する力は、本学の初等部が突出していると思っていました。なぜなら、うちの研究室のスタッフはみな優秀ですが、半数は青学出身で、さらに等級がトップの3名の研究員のうちの1名は初等部出身なのです。僕の子どもたちが初等部に通うようになって保護者の立場から見たときに、その思いはますます強まりました。
初等部のどこが人材育成に長けているのか。まず「独創」ではなく「共創」を大切にしていることにあります。初等部では実にいろいろなグループワークを行っていて、自分一人ではできないことでも協力し合えばできるということを、子どもたちは体験を通して学びます。そして個性を重んじ、互いをリスペクトし、さまざまな価値観や多様性を認めるという姿勢が、初等部では当たり前のように成立しています。うちの初等部出身の研究員も相手に敬意を払い、一緒にできることは何かを考えられる人達で、僕はその姿勢から多くを学ばせてもらいました。だから僕も「初等部でできることはないか」と考え、アマチュア無線クラブのボランティアを始めてすでに5年以上が経ちます。
杉本 初等部に出入りするようになって面白いなと思ったのは校舎のつくりです。教室は廊下に開かれている上に、教室の外にはオープンなスペースがあって、クラスを超えて一緒にさまざまな作業をすることができるようになっています。1年生と6年生がウッドデッキを挟んで同じ階というつくりもすごいと思いました。教育の思想が校舎に反映されているのでしょうね。それから古田先生が言われたように、「共創」と同時に「個」も重んじているのが初等部の特色ではないでしょうか。たとえば校舎のあちこちに一見無駄にも思えるような不思議な空間がありますが、それは子どもが一人になれるスペースなのです。また、洋上小学校に同行したことがあるのですが、集団行動、共同作業が基本の中で、「しゃべらない時間」を設けていることが非常に印象的でした。
──初等部らしい印象的な思い出はありますか。
古田 4年前、3~5年生の希望者を対象にしたロボット体験ライブを行いました。ロボット5機種ほどを初等部に持参して、みんなに操縦を体験してもらおうという催しです。20人くらい集まればいいかなと思っていたらなんと200人の希望者があり、急きょ2日間にわけて開催しました。その年代の子どもたちに同様のイベントを行うと、みんな興奮して半ばパニックになったり、ロボットの奪い合いになったりすることが少なくないのですが、初等部ではそういうことが皆無でした。しかも先生方が「整列して」など注意するわけでもなく、子どもたちの自主性に任せている。初等部の先生たちには、そういう教育をしている、そういう子どもたちに鍛えているという自信があるのですね。ときおり3年生がごねると、5年生が「まあまあ」となだめるという光景を見て、うちのスタッフたちが驚愕していました。
初等部の先生方は本当にすごいです。雪の学校では子どもたちをイグルーで一晩過ごさせたり、洋上小学校では船で日本を半周したりと、子どもたちにとって財産になる大きな経験をさせてくれるのです。普通では経験できないことをさせるにはリスクも伴うので、そうたやすいことではないと思いますが、それでも毎年開催する原動力は、ひとえに子どもたちへの愛でしょう。なかなかできることではないですよ。
杉本 初等部の先生はバラエティに富んでいますね。青学出身者だけでなく、ほかの私立で学んだ先生もいれば公立学校で教えていた先生もいて、企業に勤めてから初等部にやってきた先生もいる。先生方が多様だからこそさまざまな世界とつながっているということは、とても良いと思います。
井村 初等部は今年創立81年を迎えますが、何十年も変わっていない行事がいくつもあります。それは先生方に「これを続けていけば子どもたちは育っていく」という自信があるからです。現在は、長年継承してきた伝統的な行事や教育に、時代に即した新しいものを取り入れている形で、その新しいものの一つがプログラミングというわけですね。子どもたちには「プログラミングするとこんなおもしろいことができるんだよ」「プログラミングの世界ってこんなものがあるんだよ」と紹介してあげたいのです。
──未来に向けたメッセージをお願いします。
杉本 これからの未来を創造するリーダー、かつみんなを幸せにするリーダーを育成することが本学のミッションであり、それができる環境が初等部にはあります。その意味をみんなで噛みしめながら、この先も何ができるかをワクワクしながら考えていきたいです。
井村 情報化社会では機械がさらに進出し、ブラックボックス化が進み、見えないもの、わからないものがどんどん増えていきます。しかし論理的思考力が身についていれば理解力も向上し、例えば、機械にトラブルが生じても原因を突き止めて簡単に直すことも可能になります。それを実際に体験させてあげるのが初等部の役目ですから、これからもプログラミング的な思考、つまり論理的思考力の育成を続けていきたいと思います。
古田 人生にはピンチが訪れるときがあります。重要なことはピンチを避けることではなく、プログラミング的思考を用いてそのピンチをどう乗り越え、逆にチャンスにするかです。初等部こそ、それができる人材を育てる場です。青山学院が策定した「AOYAMA VISION」で示したサーバント・リーダーに大事なものは志です。志を持ち、論理的に考え、人の心を大事にする人材が、この初等部から数多く巣立つことを願っています。
日本におけるロボット開発の第一人者。東日本大震災の際、福島第一原子力発電所の内部を調査できる唯一のロボットを開発し、無償提供している。
青山学院大学理工学部機械工学科卒業、同大学院理工学研究科機械工学専攻博士後期課程中途退学後、同大学理工学部機械工学科助手を経て現職。博士(工学)。
助手時代に小型の二足歩行ロボット「Mk.」シリーズの開発に成功。(独)科学技術振興機構のロボット開発グループリーダーとしてヒューマノイドロボットの開発に従事。初等部保護者。
東京大学教育学部学校教育学科卒業、同大学大学院教育学研究科学校教育専門博士課程単位取得退学。情報通信技術(ICT)を利用した教育、情報社会・文化、読み書きと学習・発達の関係などの問題について研究している。共著に『インターネットを活かした英語教育』(大修館書店)『教育の方法・技術』(学文社)など。
青山学院大学理工学部経営工学科を卒業後、小学校教員免許を取得。初等部での全普通教室への電子黒板設置、授業におけるタブレット導入などICT 活用を推進する傍ら、青山学院大学大学院教育人間科学研究科にて小学校におけるICT 導入と教員・児童の意識変化を研究。