Now

イノベーションを護れ! SecHack0(セクハッコー)からの挑戦状~中等部で学ぶセキュリティ×イノベーション

青山学院中等部3年生選択授業

青山学院中等部では中等部3年生がそれぞれの個性をいかし、将来の可能性を広げられるように、さまざまな授業を選択できる“選択授業”を開講しています。受験にとらわれることのない一貫校ならではの取り組みで、中国語や韓国語といった語学講座をはじめ、美術、美文字、電気自動車、物の歴史、暗号などが用意されています。
この度、その中等部3年生選択授業の1つ「暗号」の授業の中で特別授業が行われることとなりました。

 

「イノベーション」×「セキュリティ」とは

「イノベーション」も「セキュリティ」もIT業界にいなければ、あまり馴染みのないものと捉えがちですが、実は視点を変えたり、外見を変えたりするだけでも「イノベーション」となります。「モノづくり」そのものが「イノベーション」といっても過言ではありません。また「セキュリティ」については現代の情報化社会おいて、誰もが無視できないものとなっています。
イノベーションとセキュリティは実は切っても切り離せない関係にあります。
セキュリティ面を考えながら、アイデアを形作っていけるよう、“国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT、以下NICT)”は若い世代向けにSecHack365というプログラムを開講しています。そのNICTの支援により中等部における今回の特別な授業が実現しました。

 

本日のルール

2025年10月15日、中等部3年生選択授業「暗号」の授業が行われる教室では、あらかじめ7つの班がつくられていました。これは、「モノづくり」を体験するためのものです。

教室に入ってきた生徒たちから「面白そう」と、はずんだ声が上がっていた


NICTから、SecHack365の修了生で、現在青山学院大学理工学部情報テクノロジー学科の4年に在籍している羽持涼花さんが先生として教壇に立ち、SecHack365の紹介そして「イノベーション」と「セキュリティ」について説明しました。
今日行うワークショップは、1年間かけて「イノベーション」と「セキュリティ」を学び「セキュリティイノベーター」を目指すSecHack365の体験版SecHack0である、とのこと。生徒たちが前方のスクリーンを食い入るように見つめています。

説明をする羽持さん(スクリーン前)


ワークショップでは、4人(ないし3人)1組のグループが、5つの依頼のうち1つを選択し、その依頼を解決するためのアイテムを開発(イノベート)していくというもの。
ただの思い付きだけでアイテムをつくるわけにはいかず、発売されるところまで視野に入れ、「セキュリティ」対策を講じた「イノベーション」でなくてはいけません。
あらゆる観点からアイデアを出し「イノベーション」できるよう、役割ごとのお面を被って、キャラを演じながら、アイデアやセキュリティへの「アイデア出し」を促すカードを使って開発を進めていきます。

ワークショップで演じるキャラの説明

 

キャラのお面を被る生徒たち

 

一通りワークショップの説明が終わると、羽持先生がスクリーンに視線を集めます。
「それでは本日の、依頼者はこの方です」

スクリーンに映し出された依頼者。「お札の人?」という楽し気な声も

 

スクリーンに横山道行先生(中等部数学科教諭、「暗号」の授業を担当)の顔が映し出されると、「イノベーション」や「セキュリティ」について呼吸を忘れたように聞き入っていた生徒たちが途端に笑顔に。しかし依頼人である横山先生からの5つの依頼を読み始めると、真剣な目つきになりました。

 

グループワーク

横山道行先生からの依頼
  • ①先生や親から「○○したの?」「○○しなさい!」と確認(注意)される空気を察知し、後回しにしていることに対してやる気を起こさせるアイテム
  • ②先生が授業中に眠そうな生徒を他の生徒に気づかれないよう覚醒させるアイテムや方法
  • ③暗号の授業をエンタメ化し、世間(他の学校など)にも広まるためのアイテム
  • ④がまんしない、無理しないで、健康的に運動(ダイエット)する気を起させる、運動が楽しくなるアイテム
  • ⑤「運動会」「文化祭」など皆で力を合わせて頑張る必要があるときに自分のアイディアを上手くみんなに伝えるためのアイテム。修正点や改善点を頑張っている人が傷つかないように伝えるためのアイテム

 

チーム名の決定や、どの依頼を選択するかから始まった話し合いは最初から過熱気味。教室から「絶対誰も選ばないから③にしよう」「自然数で選ぼう」「おいおい全部自然数だろ」などの声が上がります。

巻物に書かれた、先生からの依頼を読み込む生徒たち

 

授業開始30分もすると、各グループは、アイテム開発のためのアイデア出しへ。「勉強しないと電力の供給が止まるという仕組みにするのはどう?」「そもそも暗号を知っているとより楽しくなるって方向で攻めるか、暗号を知っていないとやばいって方向で攻めるか。どっちかじゃない」など各グループ選択した依頼に対するアイデアが飛び交います。

机の上のホワイトボードがアイデアで埋まっていく

 

時間が経つにつれ、開発したアイテムに対する、安全面での対策へと話し合いが進んでいきます。グループ間を回っていたインストラクターの先生方の
「もしハッキングされて、情報が流出したらどうする?」
「なくした場合はどうなるの? 例えば盗んだ人は使えるのかな?」
という声掛けに各グループ刺激を受けたよう。

声掛けに即座に反応する生徒たち。インストラクターの方から「テクノロジーのことを良く知っているので、すぐ反応できていた」という意見が聞かれた

 

生徒たちは、
「確かに落としたら壊れそうだから、強化するためのコーティングするのは?」
「認証かけて情報流出を防ぐのはどうかな?」
「IDとパス以外で。全部の指で指紋認証? それは面倒くさいんじゃない? もっと簡単な方法はない?」
など、休むことなく、議論が白熱していきました。

教室からは「やばい! 書くところがなくなってきた」との声が

 

開始から1時間15分。開発したアイデアを基にアイテムを粘土でこねていきます(考えたアイテムを粘土で視覚化する)。その出来に、満足そうな声が上がる中、グループ発表の時間となりました。

各グループの机に集まり、発表を聞く

 

ダイエットアイテムを開発したグループが、7グループ中3グループと最も多い結果に。しかし選んだ依頼は同じでも、できたアイテムは、時計型デバイスのダイエットアイテムやアプリ、そしてダイエットバンドなど多種多様。
「太陽光電池ならぬ血脈を使って発電できるようにする」
「病院と連携して健康状態を把握」
「指紋認証に網膜認証も追加できるようにし本人認証のセキュリティを高める」
などの工夫が光ります。

開発の痕跡

 

また技術的な部分だけでなく、
「歩いたらポイントがたまり、たまったポイントでプレゼントがもらえる」
「太ももや二の腕、ウエストに装着可能」
「AIに相談してゴールを決め、月1でチートデーを設け続けやすくする。初回6万円で1年間の保証付き」
など細かな設定をしているグループもあり、インストラクターから、驚きの声が上がります。

ダイエットアイテムの次に多かったのが、授業中の居眠りを阻止する(覚醒させる)アイテムです。
「居眠りしてても、穏やかに起こせるイヤホン、イヤカフ」
「授業中の居眠り防止ブローチ」
など性別を問わずに装着できるようデザインされていたり、落としても壊れないよう強化コーティングされていたりと、実際に使用できるように考え抜かれていました。

アイデアに加え造形美が光るアイテム

 

また1グループのみが選んだアイテムとしては、「親の不安を察知し、やる気をださせるペンとウォッチ」という既成概念にとらわれない近未来的なアイデアを披露したグループも。

空気を察知するアイテム“さっT”を説明するグループ

 

そしてやはり1グループのみ、「暗号のエンタメ化」の依頼を選択したグループは、暗号が身近なところで使われていると実感できるよう、「悪口を誉め言葉に変えるアイテム」を開発。「昨今SNS上の悪意のある書込みで傷つき、心を痛める人達を救いたい」と、開発したアイテムの理念を熱く語ります。「不要な言葉で心傷める人がいない世界を作りたい」という締めの言葉には教室から大きな拍手が。セキュリティ面を十分考慮したイノベーションで社会問題を解決しようとする姿勢が垣間見えました。

「暗号のエンタメ化」という依頼を選択したグループの発表

 

振り返り

授業終了後に、NICTのインストラクターの方々からは、

インストラクターA様 皆さん、すごく知識が豊富でした。そもそも「暗号」の授業があることが驚きです。そのおかげか、皆さん結構テクノロジーのことも分かっていてすごいなと思いました。またビジネスプランなどもきちんと考えられるような、そういう知識などもあり、世の中に対し、解像度を高くして見ているところが、とても優秀だなと思いました

インストラクターB様 議論の着手も非常に早く、手を動かして(作業して)いたのがとても良かったなと思いました。既に基礎はあるので、応用する場を、基礎をどう世の中に応用するかを学べると、鬼に金棒。さらに優秀になっていくのではないかと思いました
インストラクターC様 率直に驚いたのが『そういえば中学生だった』と思わせたところです。高校生や大学生がディスカッションしている感じがしました。全員が必ず発言し、一人ひとりがグループの中の当事者意識をもって、与えられた状況、シチュエーションに対して自分で考えて発言し、チームメンバーの声を聞く。そしてそれに対して考えて、発言する。ホワイトボードに書く。粘土で作る。ということを、誰一人やらない、やれない人がいない。
グループワークを高いレベルでこなしていました。この年代、この年齢、中学生では考えられないレベルの高さを感じました。
これは、一朝一夕では身につかないもの。日頃の授業のカリキュラムや先生方の生徒さん方への接し方が生徒さんを形作っているのかなと想像しています。恐らく日々慣れているのだろうなと思いました。
また、『暗号のエンタメ化』を開発したグループに「これをインターネット空間に応用したら、炎上とかそういうものを防止できるように応用できるのではないの」と聞いてみたら、彼らは「それはディスカッションの中で入っていました。この後も調べていくつもりです」と答えていて、頼もしいなと思いました。ぜひそういうものをつくることを、SecHack365で羽ばたいていただければ私たちも嬉しいと強く思っています

といった感想が聞かれました。また生徒からは

生徒Aさん 授業を受ける前まではイノベーションというものが分からなかったのですが、モノづくりを基本としている事がわかりました。それも自分のためだったり、他人のためだったり、社会のためだったり、いろいろな人のことを考えて一から利点や欠点を考えてモノづくりをしていると分かり、モノづくりをしたいという気持ちが高まりました
生徒Bさん 今までイノベーションという言葉をあまり聞いたことがありませんでした。この授業を受けてから、技術やモノを作る大切さ、そして世のため、他人のために作る大切さ、さらに悪用されないためのサイバーセキュリティ―の重要さを改めて実感しました

といった意見が聞かれました。

SecHack0と授業名に0とつくように「イノベーション」と「セキュリティ」のスタート地点に立った中等部3年生たち。2時間の授業の中で、一人ひとりが発言する活発な議論、そしていかにアイデアを社会に役立てるかまで考え抜く姿が印象的でした。「イノベーション」そして「セキュリティ」に対する考え方を学習し、実際に体験した今日の学びが情報社会に生きる彼ら彼女らにとって、いつの日か役立つものとなることでしょう。

開発したアイテム名を刻んだ“アカシ”

授業レポート(文/聖 photo/茂)