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数学C「暗号入門」『解読せよ! 身近な存在「暗号」を知る』【青山学院中等部3年生選択授業】

1971年に始まった中等部3年生の「選択授業」。中等部生たちの個性をいかし、将来の可能性を伸ばすよう、様々な分野の授業を用意しています。
詳しくは、まとめページをご覧ください。

 

数学C「暗号入門」

今回は、数学C「暗号入門」の授業についてご紹介いたします。
担当の横山道行先生のインタビュー、そして2回の授業取材レポートをお伝えいたします。

 

横山道行先生インタビュー

──授業のねらいを教えてください。
数学C「暗号入門」では暗号史に沿って、古典から現代のまでの暗号とそれらに関わる数の理論を紹介しています。暗号の理解はもちろんですが、数自身がもつ面白さも伝えたいと考えています。中学校では新しい「数(負の数や平方根)」を学びます。数について深く学ぶとこんな不思議なことができる、難しいグラフや図形の知識が無くても理解できるところが暗号の面白いところです。特に現代の暗号(公開鍵暗号)は初等整数論という、数に関する仕組みで成り立っています。

横山道行先生
横山道行先生

 

──日常生活で暗号が身近になってきていることとも関わりがあるのでしょうか。
そうですね。暗号はここ数年で身近なもの、必要不可欠なものとなりました。数学が暗号に活かされていることをトピックとして扱うのは簡単ですが、この授業では暗号発展の歴史をたどりながら、1年かけて暗号とそれに関する数学を学びます。このような授業はなかなか珍しいと思います。

──なぜ暗号の授業を始めようと思ったのですか。
この「3年生選択授業」は、教師の特長や個性が活かせる、教科書の枠を越えて教えることができる授業、と先輩の先生方から教えられました。教師自身が楽しい、面白いと思えることを生徒に伝えられる場が、青山学院中等部で受け継がれてきた選択授業の大きな特色です。
私が学んだ数学の中で、生徒たちと共有できるテーマが「暗号」でした。自分が楽しんで学んだものを生徒に伝えたい、という想いで始めました。

──先生ご自身が暗号や数学に興味を持たれたのはいつですか。
中学生の頃はどちらかというと数学よりも歴史が好きな生徒でした。数学が好きだったか、得意だったかについては、記憶が薄れてしまいました(笑)。たぶん苦手ではなかったと思います。

高校生の頃から次第に数学に惹かれていきました。通学中、読書を日課としていたのですが、ある日、手にした数学の本を面白いと感じて漁るように読みました。それらは、数学者の森毅さんや矢野健太郎さんが一般向けに書かれた文庫本でした。そこから、専門書へと移行していきました。図書室で数学の本を探すのが楽しくなり、専門的な数学の面白さを知りました。フランスの数学者集団「ニコラ・ブルバキ」に憧れるなど、ますます好きになっていきました。

高校2年生の時、筑波大学で数学や物理が好きな高校生を全国から40人ほど集めた合宿に参加する機会を得ました。数学科の先生方の特別授業を受講し、大学生の手ほどきを受けながら大学の数学を学びました。相部屋の学生と夜通し数学の話をし、課題を解きました。この合宿の経験で、“数学の道に行こう”と決意し、数論が盛んだった立教大学理学部数学科に進みました。

──大学ではどのようなことを学ばれたのですか。
どっぷりと数学に浸かっていました。指導教授に“面白いからやってみないか”と勧められた卒業テーマが「整数論と暗号理論」でした。20数年前の当時、少しずつ暗号関係の本が発行されはじめ、勉強ができる環境になってきたところでした。ありがたかったなあと思います。学業以外には、ハンドベルにも親しんでいました。

──今年、青山学院大学にも数理サイエンス学科が新設されました。
当時の青山学院に数学科が無くて残念でした。新たに数学を学べる学科ができたのを嬉しく思います。

──大学生の頃は教職課程も取られていたのですね。
専門科目との両立はなかなか大変でした。教師を目指していましたが、大学院を勧めてくださる先生も多く、更なる勉強にも興味がありました。いろいろと悩んだ結果、野村総合研究所に就職しました。すごく刺激的な会社員生活で、仕事を通して様々な学びや発見があり、とても鍛えられました。
しかし、数学の教師になりたいという夢をあきらめきれず、青山学院中等部に幸い受け入れてもらえました。

──一般的にみますと、思い切った転身でしたね。
野村総研を辞める時に人事の方に次の進路を伝えたところ、とても驚かれました。

──それだけ数学がお好きだったのですね。
数学に関わる生活がしたいという気持ちが強かったですね。

横山道行先生

 

──数学の授業のはずですが、SDGsにもつながった幅の広い授業内容でした。
私自身、大学時代にジェンダーに関わる施設の立ち上げに学生代表として関わらせてもらった経験があります。“ジェンダーと数学”の関係にも興味がありました。教職課程での実践報告のテーマが「なぜ理系に進む女性が少ないのか」でした。

──なぜ理系に進む女性が少ないとお考えですか。
“時代の壁”が大きかったと思います。1990年代、理系が好きでも、後の就職や結婚を考えると文系に進んだ方が無難だ、という考えがありました。当時の大学生にアンケートを取った結果、「家族に反対されて」という声がありました。

──今は変わってきたでしょうか。
少しずつ変わってきていて、女性の研究者も増えてきました。
東京大学では毎年3月に「数学の魅力―女子中高生のために」という講座が開かれ、講演では女性研究者の方々の貴重なお話をきくことができます。中等部生も参加しています。中学生には難しい話もありますが、理系に進む女性が少しでも多くなるきっかけになることを願っています。

──これまでの授業を通して、生徒の変化があればお聞かせください。
18年前にこの授業を始めたころは、暗号はメジャーではなく、物珍しく、謎解きゲームのような意味で関心を持つ生徒が多かったです。
現在は、情報セキュリティのことなど生徒たちにも浸透して、暗号という言葉に対する驚きが少なくなってきています。それだけ暗号が日常生活に必要不可欠なものになっていることの表れでしょう。だから数学として専門的に勉強してみようと呼びかけています。ここ10~15年の変化ですね。

──生徒の感想や回答で驚いた、感動したことなどがあったらお教えください。
65期のある生徒から「暗号の授業があるから青学を受験した。先生の授業を受けたいから青学に進学を決めた。」と言われたことがありました。もっと頑張らねば、と身の引き締まる思いがしました。
また、ある生徒は授業で紹介した暗号博物館を見学するためにアメリカまで行きました。授業がきっかけとなり、自分の目で本物を見たいと行動を起こしてくれたのは、嬉しかったです。

──教師冥利に尽きますね。先日は、先生の授業の取材もありましたね。取材に来るということは珍しいと思います。
そうですね。今日は学院広報部のみなさんの他に記者の宮本さおりさんと日本数学検定協会上席研究員の方にも授業にご参加いただきました。AI時代の数学力についての本を出版されるそうです。「面白い数学授業を行う注目の中高一貫校」として取材をお受けしました。企画書をいただいたときには,「なぜ私の授業を」と驚きましたが、進学通信((株)エデュケーショナルネットワーク)の編集長の方に「青学で面白いことをやっているから取材した方がいいよ」と勧められたそうです。コツコツと18年間続けてきた授業ですが、まさかこのような形でスポットを当てていただくとは思ってもみませんでした。口コミで評判が伝わっているのか、知っている方は知っているのだと実感し、うれしかったです。

──2022年の2月に発行予定だと伺っています。楽しみです。
暗号は開講当時、物珍しい授業だったかもしれませんが、時代に合ってきた話題なのだと思います。どのように紹介していただけるのか、私も楽しみです。

──「暗号」の授業のテキストは先生手作りのオリジナルですね。
大学で学んだ数学に暗号史などを加えて、今の形になりました。暗号の世界は年々新しくなっています。今後も情報収集をしてアップデートをしながら自分も時代に追いついていかなければならないと思っています。1クリックで暗号化可能な時代だからこそ、それまでの発展過程、どれほど人類が数学とともに駆けてきたか、工夫を凝らしてきたかというバックボーンも知ることができる丁寧なテキストを目指しています。

──今後、授業で取り入れたいことなどがあったらお教えください。
今年は1限枠でしたが、来年は2限枠に増やしたいと思っています。
過去にも2限枠で行ったことがあります。校外学習を取り入れて、有明の「リスーピア RiSuPia」(現:AkeruE)という科学館に行ったり、トレンドマイクロ株式会社に行って、現場で働く社員さんにお話を伺ったりしました。この他にも内閣府の革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)に参加している、国立情報学研究所などの先生にお越しいただき、量子コンピュータ・量子暗号について出張授業をしていただいたことがあります。時間が増えると教室の枠を超えての活動ができるのも楽しみです。生徒と共に学ぶ機会が得られることは、私自身大変有意義なことです。

──数学の楽しさ、面白さを教えてください。
“答えが一つであること”が数学の楽しさとよく言われますが、答えを出すだけでなく答えに辿りつく過程でいろいろと考え、悩むことも楽しめるのが数学の楽しさ、面白さだと思います。検索すればどこかに答えが載ってしまっている今の社会ですが、その中で自分なりに考えを巡らし、どうアプローチして問題を解くかなど、頭を使う楽しさ、そこに数学の面白さがあると思います。

──自分で考えることの楽しさですね。
みんなで一緒に解く楽しさもありますし、一人で黙々と集中して解く楽しさもありますね。考えることを、悩むことを嫌がらないようにする。なかにはいつまで経っても解けないこともあります。それを嫌がらず、粘り強く打ち込んでいくということは楽しさなのだと思います。

──人間形成にも繋がっていますね。
そう言っていただけるのはうれしいことです。
数学を学ぶと、その先では自然の法則や経済活動など、多方面で数学が役立っていることが見えてきます。数学を学ぶことが新しい世界の理解を助け、自分の内面を豊かにすることを生徒達に伝えていければと思います。

──いまだに解かれていない数学の定理などにも興味はありますか。
もちろんです。中学生には(私にとっても)高次元の話ですが、中学生向けにかみ砕いて、まだまだ数学には興味深いテーマがあることを伝えたいです。

──受験を考えている皆さんにメッセージをお願いします。
ぜひ一緒に勉強できたらいいですね。暗号の他にも、中等部の選択授業は他校に無いたくさんの魅力的な講座があるので、中学校で自分の得意なこと、好きなことを見つけたいと考えている受験生の皆さんにはお勧めです。中等部の伸びやかな雰囲気の中でいろいろなことに興味をもって学んでほしいと思います。

暗号の授業は希望者が多く、抽選になることがあります。希望が叶わなかった場合でも、意欲がある生徒たちは、テキストやプリントを読みたいと言ってくれます。そのような生徒には授業のあらましを伝え、プリントを渡しています。

時間をかけずに答えが見つかる時代ですが、中学校の3年間はゆっくりコツコツ“勉強したぞ”という実感を得て欲しいと思います。
知識は邪魔になりません。中学時代にいろいろ吸収して、自分の中にいっぱいのインプットを増やしましょう。そのきっかけ作りが選択授業だと思っています。

横山道行先生
インタビュー/茂 photo/森

 

授業レポート第1回

2021年6月16日

 

数学Ⅰの教室、
先生の手作りのテキストと、電子黒板に映し出されたこれまた先生手作りのパワーポイント。いろいろな動きも入っていてわかりやすい。両方を見ながら授業は進められた。

授業のはじめに、宿題のことに触れられた。
横山先生がクマの形をした「回転グリル暗号」と呼ばれる暗号機を手に持ち、生徒の宿題の進捗状況を確認。暗号機の宿題のようだ。

 

暗号授業1回目レポート
「回転グリル暗号」何だろう?
その謎は、第2回目の授業レポートで明かされる

 

さて、1年間の「暗号」の授業の始まりは「暗号の歴史」から。今日は第3回目の授業で、第2次世界大戦で暗躍した暗号機「エニグマ」を巡る授業だった。

暗号とは、第三者に知られないようにする“秘密の通信”である。その要は「暗号化」と「復号」。第三者にわからないように「暗号化」し、相手はそれを「復号」=解読してはじめて伝えることができる。この仕組みは、現在においては、通信手段のほか、記録媒体への保存にも利用されている。

この「暗号」の仕組みは、なんと、紀元前3000年頃から存在すると言われている。実に5000年前の話である。

前回の授業で学んだヴィジュネル暗号は、人の手で解読するものだったが、エニグマは作る時から機械で作成、それを機械が解読(復号)する、という初めての仕組みだったという。

コッホが商業用に制作したその機械は高さ40cm、重さが45kgもあり移動しづらかった。ビジネスデータの暗号化という先見的な発明だったが、その重要性が当時まだ理解されずに、結局、ドイツの陸海軍へと権利が渡った。
その結果、潜水艦Uボートに搭載し、無制限潜水艦作戦(通商破壊作戦)に利用されるにいたる。

したがって、この暗号を解読することが急務となったのはイギリスなどのドイツ周辺国であった。

 

暗号授業1回目レポート
眠たい6時限目の座学のはずが、真剣に聞き入る生徒たち

 

「最初にエニグマを解読した国はどこでしょう?」と先生が質問する。
「第2次世界大戦がはじまったとき、ドイツが最初に攻撃をした国です。この前社会で習ったと思います。」
生徒「ポーランドです。」
先生「正解です。」

数学の授業なのに、社会科にも関連していることを学んでいる。

 

暗号授業1回目レポート
Uボートが暗躍した位置関係。社会科の授業も兼ねているかのようだ

 

ポーランドは、最初にドイツからの攻撃を受けるという予測のもと、エニグマの解読に全力を傾け、その解読班に、世界で初めて「数学者」を交えた。マリアン・レイエフスキがその人で、パターンを見つけ、サイクロメーターという装置を作り、見事解読に成功した。

この結果、その後の暗号解読チームには数学者が入るのが当たり前のようになっていったという。

第2次世界大戦が勃発する前年の1938年までは、ほぼドイツ軍の暗号を解読できたそうだ。開戦前に、その技術はイギリスとフランスに公開された。

「古い戦争映画に、エニグマを処分するようなシーンが出てきます。興味がある人は見てみてください」との先生からの紹介。

イギリスには、ちょうどオックスフォードとケンブリッジの中間にあるブレッチリーという地に、世界中の暗号を解読するための「ブレッチリー・パーク」という名の学校が作られた。
当初150人で始まった学校は、戦争中、1万人にまで膨れ上がったという。
そこで活躍した人物が、アラン・チューリング。イギリス人の数学者・論理学者で、エニグマの解読を担当した。“計算機科学の父”“AIの父”と呼ばれる人物である。戦後、彼は同性愛者として告発され、保護観察処分となり、1954年、青酸カリをしみこませたリンゴをかじって自殺した、と言われている。41歳だった。

 

暗号授業1回目レポート
先生自身が、NSA(アメリカ国家安全保障局)が運営するアメリカ国立暗号博物館を訪れたときの写真も入れたパワーポイント資料

 

先生はこう語った。
「SDGsの考えが広まっている今の時代に生きていたら、彼も違う生き方ができたでしょうね。」
数学の授業で、SDGsとの関わりを生徒にも教えている。

1966年にチューリング賞が設けられた。“計算機科学のノーベル賞”と言われ、現在に至っている。

 

暗号授業1回目レポート
アラン・チューリングの説明

 

先生の質問。
「ノーベル賞には「数学賞」というものはありませんが、数学のノーベル賞と言われている賞を知っていますか?」
さすがに答えられる生徒はいなかった。
「それは「フィールズ賞」です。4年に1度40歳以下の人に贈られる賞なので、ノーベル賞よりも厳しい賞ですね。」
そんなに厳しい条件があるとは知らなかった。

次回の予告「エニグマの次の暗号機ローレンツ暗号機を解読するために作られた、世界初のコンピュータのひとつである“コロッサス”について学びます。ビデオが40数分あるので、少し早く教室に来てください。」

終鈴が鳴ると、担当の生徒が「起立!」と声をかける。
「気をつけ」「礼」。
礼儀正しく、授業が終了した。

落ちついた雰囲気の授業で、先生のやさしくしかも力強い声が心地よい説得力を持っている。先生ご自身の大きな体も味方にしているようだ。

授業レポート(文/茂 photo/森)

 

授業レポート第2回

2021年10月6日

 

数学がテーマの中等部5階は、夏休みを経たせいもあってかより鮮やかさが増したように感じた。生徒たちの色とりどりの作品が、中央にあるメディアスペースの壁を埋め尽くすよう、飾られたからかもしれない。
「暗号」の授業はこの階の教室で行われている——。

メディアスペース)
メディアスペース

 

廊下で、日本実業出版さんと日本数学検定協会さんの取材班と出くわした。
2022年2月に「日本の数学教育の変化」についての書籍が発売される。そのために横山道行先生の授業を取材するらしい。

メディアスペースから廊下を隔てた教室に入ると、午後の陽差しを浴びながら、横山先生がPCをセッティングしているところだった。
「今日はグループで考えてもらうから、グループに分かれて。輪になれるように、相談できるように座って」
生徒たちが、席の間を縫うように移動し始める。
最初に見学した前回の授業と異なり、クラスには打ち解けた和やかな空気が漂っている。
「前回までは第二次世界大戦中の話で、マンハッタン計画がどう盗まれたのか? スパイの暗躍の話など、古典的な暗号の話でしたが、今回からようやく現代の暗号の話に入ります」
スクリーンには
“公開鍵暗号とは その仕組と歴史”
と映し出された。

暗号の授業)
公開鍵暗号とは?

 

公開と鍵――。一見矛盾するこの二つの単語がどうつながっていくのか、生徒たちが期待をこめた目で先生を、そしてスクリーンを見つめる。
「公開鍵暗号がどう誕生したか、お話しをする前に、突然ですが問題です」
スクリーンがかわいい女の子と男の子のイラストに変わった。

「ここにアリスさんとボブ君がいます。ボブ君は大切な贈り物を、愛するアリスさんに送りたいと思いましたが、2人は遠く離れて暮らしています。そこでボブ君は贈り物を送るために頑丈な箱を用意しました。また2人は安全なやり取りをするため、次の物を用意しました。
①ボブ君専用の錠と鍵
②アリスさん専用の錠と鍵

暗号の授業)
ボブ君とアリスさん。それぞれ専用の錠と鍵

 

先生は続けて、
「箱には条件があります。
①箱は物理的に壊せません。
②箱には複数の錠が付けられます。
③錠が付いた箱を第三者は開けられません。(正しい鍵がないと開けられない)

ボブ君とアリスさんはそれぞれ自分の鍵と錠を持っています。ボブ君の錠はボブ君の鍵でしか開けられませんし、アリスさんの錠はアリスさんの鍵でしか開けられません。
さて、ボブ君とアリスさんは鍵と錠を使って、箱をどのような方法で、安全なやり取りが出来るか、みんなで相談して考えてみよう」
それぞれのグループに世界地図が渡された。

暗号の授業)
突然ですが、問題です

 

世界地図の左端にボブ君のイラスト、右端にアリスさんのイラストが描かれ、その上にはそれぞれ金色の鍵と錠、銀色の鍵と錠が貼られている(面ファスナーでベリベリと貼ったり剥がしたりが出来る)。そして二人の中間、太平洋には、問題の箱が貼られている(やはり貼ったり剥がしたりができる)。

地図を手にしたグループの話し合いは、最初は遠慮がちに次第に大胆に進んでいく。
「先生、鍵を箱の中に入れて送るのはアリ?」
「ボブ君が渡しに行くのが一番、早いんじゃない?」
生徒たちの間を回る先生は、「そうしたらどうやって、アリスさんは中を開けるの?」「本人が渡しに行くのは、設定としてないからダメ」と首を振る。

暗号の授業)
配られた地図を使って考える

 

しかし徐々に、あちらこちらから「そうだよ、天才!」「分かった!」という声が上がり始めた。

最初に分かったグループが、
「先生、分かったけど、この方法だと送料がかかりすぎだと思います」
それを聞いた先生は満足そうに頷いた。しばらくするとクラスに向かって、
「それでは、どのグループもだいたい分かってきましたので、答え合わせをしましょう」
答え合わせは、実演という形が取られた。
黒板の前に出てきた生徒2名がボブ君、アリスさん役、先生が善良な運び屋さん役を演じる。

暗号の授業)
実演による答え合わせ

 

答えは、こうだ。
①ボブ君が自分の錠を付けた箱をアリスさんに送る。
②アリスさんは送られてきた箱に自分の錠を付け、ボブ君に送り返す。
③ボブ君はアリスさんから送られてきた箱に付いている錠2つのうち、自分が付けた錠を自分の鍵で開け、アリスさんに送る。
④アリスさんはボブ君から送られてきた箱に付いている自分の錠を外す。

答え(動画:広報部作成)

 

「このやり取りが正解ですが、ボブ君とアリスさんは何回箱のやり取りをしましたか? そうです、3回です。さっき送料がかかりすぎるとクレームがつきました。さて3回かかったやり取りが1回で済む方法を考えてみましょう。地図を丸めてくっつける(ボブ君とアリスさんを近づける)のはナシですが、初めの前提条件を変えるのはアリです。さあ考えてみましょう」

暗号の授業)
地図を丸めてくっつけるのはナシ

 

生徒たちは再びグループで話し合いを始めた。地図を前に、鍵や錠を貼ったり剥がしたりしながら、徐々にどのグループも“1人が錠だけ、1人が鍵だけ”持っていればいいと気づき始める。

「そうです。前提条件を変えれば、問題は解決です。ボブ君がアリスさんの錠を持っていれば、箱のやり取りが1回で済むよね? これが、公開鍵暗号の最初のアイデアなんです。そして公開鍵暗号には数学の考え、それもみんなが中1の時に習った素数が、素数の研究が役立つことが分かりました。それまで数の研究は社会に役立つとは考えられていなかったんですが、今から45年前に素数が社会の役に立つと分かりました」

先生はスクリーンに映し出された、公開鍵暗号の図解を使って説明し始める。

暗号の授業)
公開鍵暗号の用語説明

 

「実際にネット上で錠のデータを公開することができる。公開鍵サーバと言うんだけど、この錠のデータは誰でも自由に取得できるものなんだ。ただし、開く鍵を非公開にすることによって秘密のやり取りできる仕組みだ。テキスト50、51ページを開いて」
みんな一斉にテキストをめくる。グループ学習であんなに騒がしく盛り上がっていたのが嘘のように静まり、先生の一語一句に集中している。

「錠にあたるのが、公開鍵public keyで、鍵にあたるのが秘密鍵secret keyなんだ。公開鍵が1つあれば、何人とでもやり取りができるんだ。ここで公開鍵暗号と共通鍵暗号を比較してみよう」
スクリーンに再び違う絵が映し出される。

暗号の授業)
公開鍵暗号と共通鍵暗号の比較について解説する横山先生

 

「公開鍵暗号を使って5人とやり取りする場合、必要な鍵は5個だけど、共通鍵暗号を使う場合は、10個も必要になるんだ」
先生は続けて、公開鍵暗号の歴史を話し始めた。1976年に公開鍵暗号のアイデア(特徴のみ)の誕生から、1978年リベスト、シャミア、アルドマンがRSAを発表し、2002年に「チューリング賞」を受賞するまで、こぼれ話も含めて絵巻物を拡げるように展開していく。

「さて次回から、公開鍵暗号を成立させる数学を1から勉強していきます。それでは今からみんなが作ってくれた「回転グリル暗号」を返すから、友達に解読してもらって」
先生が宿題を返していく。
これが前回の授業の時の宿題「回転グリル暗号」だったのか。
字が書かれた紙(暗号)とそれを覆う紙(鍵)が1セットとなっているのだが、生徒たちのアイデアや工夫が楽しい。
紙をくりぬいて虫食い状態にしたものが鍵となるのだが、美しく色づけされており、リンゴや熊の形をしたもの、中にはコルク製のもの、ペットボトルの蓋をいくつも使い立体的にしたものまで様々なものがある。

暗号の授業)
返却された暗号の数々

 

生徒たちは、互いの作品を交換し合い、鍵をぐるぐる回しながら読み始めていく。ちょっと覗いてみたが、部外者には意味が分からない。だが、仲間同士では読めるのだろう。暗号の授業の成果が発揮されているようだった。

暗号の授業)
互いの作品を交換し合って暗号を読み解く

 

授業レポート(文・動画/聖 photo/茂)

 

生徒インタビュー

──暗号を選択した理由を教えてください

Kさん 数学が好きで、暗号を勉強したいと思いました

Bさん 数学は得意でないけれど、暗号から入って得意になってみたいと思いました

Yさん 小さいころから『暗号クラブ』(ペニー・ワーナー著)という本を読んでいて、暗号に興味がありました

──暗号の楽しいところは

Kさん 数学の歴史は習ったことがないので、知らないことを知るのは楽しいです

──暗号の難しいところは

Kさん 数学の計算で、習ったことのない計算をするのは難しいです

──暗号を学習してみてどうですか

Bさん 戦争に数学が関わっていることに驚きました。紀元前から暗号という考え方があることを想像していなかった

Yさん いろいろな分野の人たちが暗号に関わっていることが面白い