国語C「美文字」『手書きを楽しみ、文字に親しむ』【青山学院中等部3年生選択授業】
2022/03/16
1971年に始まった中等部3年生の「選択授業」。中等部生たちの個性をいかし、将来の可能性を伸ばすよう、様々な分野の授業を用意しています。詳しくは、まとめページをご覧ください。
今回は、2020年度からスタートした国語C「美文字」の授業について、担当教員の達富悠介先生のインタビューと2回の授業レポートをお伝えいたします。
──達富先生が「美文字」に興味を持たれたきっかけを教えてください。
大学院生の時、「美文字研究家」として活動されている書家で横浜国立大学教授の青山浩之先生の研究室に在籍していました。文字の上達の方法を学んだり、文字の文化的な背景に触れたりして「もっと上手に書きたい、学びたい」と思ったのがきっかけです。
──中学校の教員になられた理由は。
教員である両親の影響もありますが、子どもの成長に一番近い場所で学びに関わりたいという気持ちがありました。
中学校は義務教育の最後の段階で、小学校で習ってきたことを更に積み上げ、深めていきます。各教科の専門性も高め、それらに親しみ、人間として成長することが求められる大事な時期に携わりたいと思い、中学校の教員を目指しました。
──「美文字」の授業を始められたきっかけは何でしょうか。
国語の授業とは別の視点で手書きに取り組んでほしい、という思いからです。また私自身の「教員としてもっと文字を知りたい、上手になりたい」という思いと併せ、どうすれば生徒が状況に合った「ふさわしい文字」「美しい文字」を正しく書くことが出来るようになるかという問いから、授業を始めようと思いました。
──授業の目的を教えてください。
現代はデジタル化された社会ですが、手書きに親しみ、文字を好きになってもらうという目的があります。
また、整った文字を書くことはもちろん、それだけではない書写の方法を提案したいと思っています。取材いただいた「リレー書道」のように、他の人と協働しながら一画一画文字を書いてみたり、字形(じけい)をとらえるため、毛糸を使用して文字の形をつくってみたり、「文字を書くことはもっとひらかれたこと」だと伝えられる授業を目指しています。
また、硬筆書写技能検定に向けての練習も行います。これまでに多くの生徒が、中学生・高校生程度の3級に合格し、検定の成績優秀者に贈られる「理事長賞」を受賞した生徒もいました。
──今まで書写の授業は「お手本通りに書かなくてはならない」というイメージがあったので、取材させていただいた「リレー書道」の「自分で考えて書いて良い」という視点は衝撃でした。
ありがとうございます。お手本のような美しい字形を書けるようになることは大切なことですが、必ずしもお手本通りに書くものではない、とも考えています。人それぞれの個性が文字に表れると思いますし、目的や状況に応じて「ふさわしい文字」は変化するものだと思うのです。
──今回取材させていただいた授業の他には、どのような内容の授業がありますか。
正方形の黒い模造紙に白い粘土で漢字をつくる授業では、画と画の間の距離をとらえ、すき間均等を意識しました。黒地の部分が強調され、面積を比較しやすくなります。
また、消しゴムを使った篆刻(てんこく)や、好きな歌詞を色紙に書く授業も行います。
他にも、6種類の芯の硬さが異なる鉛筆をカッターナイフで削り、書き味を比べ、どの硬さの芯かを予想する授業を行いました。
6色のインクを調合してオリジナルのインクをつくり、色の名前を付けて、オリジナルのペンの制作もしました。文字を書く上で、その色に親しみや、こだわりを持ってほしいという目的です。授業はとても盛り上がり、課外でもペンをつくる生徒がいたくらいです。
夏休み前の最後の授業では暑中見舞を書きました。書画用品の老舗である「鳩居堂(きゅうきょどう)」に赴き、それぞれが相手のことを意識してはがきを選び、購入するというところから行います。文をしたためることで、デジタルにはない思いを伝えられることを知ってもらいたいですね。
──達富先生から見て、授業を通した生徒の変化などはありましたか。
目的の一つである「整った文字を書く」という変化が一つありました。中等部の書写の授業と重ねて基礎を固めることが出来ているのかなと思います。
他にも「正しいペンの持ち方に変えて手が疲れにくくなった」と聞いた時は「伝えて良かった」と嬉しくなりました。また様々な活動を通して文字に親しんでくれたと実感として持っています。
──これから授業に取り入れてみたいものはありますか。
たくさんあります。
まず、街の中の手書き文字を集め、発表してもらう、という授業を考えています。例えば、お菓子のパッケージの文字であれば、商品の味を伝える工夫がなされているなど、見どころがあります。
他にも文房具やフォントの開発をしている会社の方にお話を伺う授業もしてみたいと思っています。筆記用具やフォントの開発をするに至った目的を伺い、学べると良いですね。
また、私の恩師である青山先生からお話をうかがい、教科書にある文字、芸術作品としての文字について学びたいと思っています。青山先生の研究室の卒業制作展に生徒を連れて行きたいとも考えています。
──最後に、生徒たちへのメッセージをお願いします。
これからの人生、ずっと文字を好きでいてほしいと思います。現代の社会で文字を手書きする機会は減ったと思うのですが、ここぞという時、大事な時に手書き文字を選択出来るよう、自分の文字に自分なりの自信を持ってほしいです。
もし可能であれば、高校で書道を選択して、更に深めてほしいとも思いますし、学校を卒業して社会人になってからも、誰かに手紙を送るなど、日常生活の中でちょっとした手書きを楽しみ続けてほしいと思います。
──本日はありがとうございました。
授業レポート第1回では、正方形の透明な板に毛糸で文字を形づくり、字形をとらえる授業の取材を行った。まずフェルトペンで文字を書き「難しい字形」を体感するところから授業が始まる。(取材日:2021年5月19日)
✍普段通り文字を書いてみよう
最初の題材は「女」。字形をとらえづらく、書家でもバランスを取ることが難しいとされる字だそうだ。配付された教材に生徒おのおのがフェルトペンで文字を書き入れる。
文字を書き終えると、何名かの生徒の文字が見本としてプロジェクターに映し出され、どのような字が書かれたか全体で共有し、問題点と問いが見つけ出された。
そして、達富先生による書き方の解説がなされ、生徒は再度フェルトペンで「女」の文字を練習する。達富先生は生徒の様子を確認しながら教室内を歩き「女に比べると男は単純。あっ、これは文字の話だからね!」と、皆を和ませた。
✍難しい「ひらがな」ランキングは?
次は2000人を対象に調査された「難しいひらがなランキング」の結果を皆で予想する。生徒たちは、第3位までの予想を配付されたプリントに書き込む。
生徒が予想した文字は、あ・ぬ・る・め・む・ゆ、などなど。積極的な発表がなされた。実際のランキングは、1位「を」2位「ふ」3位「む」。なお、ゼロ票だった文字は「も」とのこと。興味津々になった生徒たちから「先生、じゃあ『り』は何位?」と他の順位についても質問が飛び交った。
✍毛糸を使い、文字を形づくる
「難しい字形」を考え、フェルトペンで書き、体感した。次はその文字を手で形づくり、字形をとらえる。
「ペンで文字を書くと一瞬で終わってしまうけど、手で形をつくることによって、ゆっくり文字と向き合える」と達富先生。
毛糸を使い、正方形の透明な板にセロテープで貼り付けていく。やわらかく形成しやすい毛糸はうってつけの素材だ。ちなみに、板はクリアファイルを使用した達富先生のお手製。当日の朝に切ったそうだ。
制作する文字は「む」と「を」。まずは、プリントの見本の文字を見ずに、自分の頭の中にある「む」から形づくる。完成後は隣の人の板と重ねて、それぞれの文字の違いを確認する。
その後、代表2人の作品をプロジェクターに、横並びの状態と重ねた状態の2パターンを投影し、文字の違いを見る。
そして、先生より「む」は漢字の「武」が崩れた文字という字源の説明のもと、美しく書く方法の説明が行われ、生徒はプリントに「む」の文字を書き入れる。手で形作り得た感触と、文字の持つ背景を踏まえ、更に文字と向き合う時間が始まる。
続いて、「を」を形づくり、字形をとらえる。「む」と同様の流れで授業が進んだ。
✍最後に再びフェルトペンで
本日の授業で学んだことを踏まえ、配布されたプリントのお手本を見ながら、フェルトペンで文字を書き記していく。
授業の終わりには、2学期は筆ペンを使う授業の旨、告知があった。達富先生は実際に毛筆で書き、筆の入り方が異なるなど、ペンで書く際の違いも説明。最後に授業の感想を記入する「振り返りシート」を配布し、この日の授業は終了した。
✍生徒の「振り返りシート」より
実際の「振り返りシート」に書かれていた生徒たちの感想の一部をご紹介する。生徒それぞれの気付きがあったようだ。
第2回は「リレー書道」の授業の取材を行った。リレー書道とは、複数名で協力しながら1人1画ずつ書いて一つの文字を完成させる活動のこと。テレビ番組でも取り上げられ話題になった。
今回の目的は「点画と字形の関係をとらえること」と達富先生。まずはプリントを使った予行演習から始まった。(取材日:2021年10月6日)
✍2人1組でリレー書道の練習
最初に“お隣さん”とペアで練習。1組につき1枚プリントが配られる。
まずはどちらが先に書き始めるか作戦会議。得手不得手を踏まえた上で役割分担を考え、最初の文字「口」に臨む。
「1画目どうぞ!」。達富先生のかけ声を受け、筆ペンを手に取り書き始める。これまでの授業で学んだ注意点も踏まえ、2画目、3画目と続き、完成だ。
続いて、二つのペアの作品を比べてみる。「双方、3画目のはみ出る箇所がうまく強調されていますね。全体のバランスはどうでしょうか」という風に、達富先生からそれぞれの書の良い点、惜しい点をみつける観点が示された。
続いて「五」「青」「鬱」の文字にチャレンジ。画数が増え、難易度が上がり緊張感が増していったが、生徒たちの熱意も増していった。「青」の文字を書き終えるや否や、次の文字「鬱」の作戦会議を始めるペア、「『鬱』を可愛く書いてみたい!」と創作意欲を燃やすペアがいたくらいだ。
✍大筆を手に取り、リレー書道の練習
本番前に代表生徒2人と達富先生とで大筆を使い練習する。文字は「大」の3画。まわりから「がんばれー」と声援がかかる中、生徒により最初の一筆が書き入れられた。
続いて2画目。達富先生から「では、この1画目を踏まえた上で、どう書くかだね」とのアドバイスを受け、2画目が書かれる。
最後に達富先生の一筆が入り、完成。1画目、2画目のバランスを意識してどのように3画目を入れたか、説明がなされた。
「必ずしもお手本のような美しい文字を書くことだけが目的ではなく、前の人が書いた一画が特徴的でも、次の人が全体的なバランスを考えカバーすることが出来る。その特徴を生かすことが出来るのもリレー書道の醍醐味」と達富先生は語る。
✍リレー書道、本番開始!
本番は以下のルールで行われる。
✅4人1組での共作 ✅大筆を使用 ✅交代しながら書いていく ✅どの順番で書くかなど作戦会議OK |
4つにグループが分かれると、「お題を出します。一つ目は『王』。作戦会議30秒!」と達富先生のパワフルな声が響く。順番を話し合いで決めるグループ、じゃんけんで決めるグループと多様だ。
「1画目どうぞー!」。達富先生の声を合図に各グループが一斉に書き始める。
達富先生の更なるかけ声とともに2画目、3画目と加えられ、文字が出来上がってゆく。
「4画目は3画目のすき間を意識して、どうぞー!」。最後の4画目が書き入れられると「素晴らしい」と拍手が起こるグループ、「ごめんなさい」と謝る声が聞こえるグループ、各々の様子が伺えた。
そして、4グループそれぞれの作品がプロジェクターに映し出され、全員に共有される。
「どうかな、圧倒的なのあった?」と、生徒の感想を聞く達富先生。「一番良いのはDグループかな。でも突き抜けたグループがないというのも正直なところなので、次の文字で見定めましょう」と講評が行われた。
「では次、スタンバイしてください!」
最後のお題は「水」だ。結果はいかに? 一つのグループの文字が完成するまでの様子を動画でご覧いただきたい。
1グループ、また1グループと特色ある「水」の文字が完成されてゆく。
そして、4グループ出そろう。「う~ん、判断が難しいな」と達富先生。
「『水』については……Aだな」。
「お~」と教室から拍手が起こる。「Dグループも同じくらい良いけど、やはり4画目が強調出来ていること、1画目の縦の入りとハネがしっかりある点が決め手です!」。この言葉に生徒も納得の様子だ。
そして達富先生からの講評が終わるとともにチャイムが鳴り、この日の美文字の授業は終了した。
リレー書道のルール上、一つの作品がピックアップされたものの、どのグループの文字も力を合わせて書かれた、個性光る力作だった。きっと達富先生も同様に感じていたことであろう。
✍生徒の「振り返りシート」より
生徒の感想をご紹介する。リレー書道を通した自分やまわりの者への気付き、緊張感などから学びを得たことが窺える。