青山学院の四季彩-グリーンハント【2】緑の系譜-
2019/12/06
2019年10月某日――。
“天高く馬肥ゆる秋”
ならぬ、
“天高く実るオリーブ”
今ここにグリーンパーティーの面々が集まっている。
「あそこのオリーブを食べるにはもう高枝切りバサミを注文するしかないっ」
恐ろしい考えにとりつかれそうになった時、オリーブの葉が健気(けなげ)にそよいだ。
ふと我に返り、
女子短期大学の緑の敷地を抜けると、右手に本部棟が見えてきた。
本部棟、別名、ベリーホール――。
ベリーホールは不思議だ。見る角度によって違って見える。東西南北と向ける顔が違っていて同じ建物に見えない。そこだけファンタジーの世界が広がっているような空気を漂わせている。
今、太陽が沈み始め、暮れてきた空が怪しい色に変わり始めた。
ベリーホールの裏手に差しかかると、あやのちゃんとゆいちゃんがふいに足を止めた。
なんでもここに来るのは初めてらしい。
確かに、一見通れるのかどうか分からないこの小道は、側にヤシの木やらモミの木やらが植わっている。しかも鳥の奇妙な鳴き声まで聞こえてきた。グリーンハントにふさわしい、ジャングル感にあふれている。
チャールズ・オスカー・ミラー記念礼拝堂を過ぎると、大学17号館に続く道が現れた。
ついに大学の敷地に入ってきた。
今授業を終えたばかりの学生たちが建物からひっきりなしに出てくるのが見える。
ふと足を止めると、この企画の流れを早くも理解したゆいちゃんが月桂樹を探すべく辺りを見回した。
今いる道は、小さな緑の庭(緑地)をつっきるように通っている。
お昼になると、緑地に据えられたベンチで昼食をとる学生の憩いの場になっている。
ゆいちゃんが木のひとつひとつに視線を移した。
学院のメインストリートは秋になると黄色いイチョウの葉で彩られますね。18世紀末に活躍したイギリスの詩人ジェームズ・トムソンは、『四季』(1730)という長編詩で色鮮やかな季節の移り変わりを描きました。その中の「秋」には次のような一節があります。
薄暗い木陰や曲がりくねる散歩道で、
君の為に詩神は月桂冠を編む。
トムソンは美しい秋の自然の中を歩き回りながら詩の題材をさがし、友人の「君」のように詩の神の力を借りて素晴らしい作品を残したいと願います。ではなぜ詩の神は月桂樹の冠を編んでいるのでしょうか。
ローマの詩人オウィディウスによると、愛の神クピド(キューピッド)の黄金の矢によって、芸術の神であるアポロンは一人の美しい乙女ダプネに恋しますが、彼女はアポロンの愛を拒みます。ついに、ダプネはアポロンにつかまりそうになった時、アポロンが恋する自らの美しい姿を変えてくれるよう父に願ったところ、ダプネは月桂樹へと姿を変えてしまいました。しかし、アポロンは月桂樹に姿を変えてしまってもダプネを愛し、自らの神木にしました。それ以降、アポロンは自らの髪に月桂樹を被り琴には月桂樹にまとわせました。そして、芸術を司るアポロンは詩の神でもあることから、詩のコンテストの勝利者には月桂樹の冠が与えられるようになったのです。17世紀の詩人アンドルー・マーヴェルは「庭」という作品でこの伝説にふれています。
アポロンが愛した常緑の月桂樹は、決して衰えない名誉を表しています。17世紀以降、イギリスでは国王がその時代を代表する詩人に、その栄誉をたたえ月桂樹の冠をいただく「桂冠詩人」を指名し、現在でもその伝統は続いています。かつては男性詩人にのみに与えられていた称号ですが、2009年に女性詩人キャロル・アン・ダフィが選ばれ、アポロンによる名誉は女性にも与えられるようになったのです。ダフィは2019年に桂冠詩人の任期を終えましたが、今後も男性詩人だけではなく、女性詩人の活躍も注目です。(ちなみにアメリカでも1985年から「桂冠詩人」が選ばれるようになりました。)
参考文献
オウィディウス『変身物語』 上巻 中村善也訳 岩波書店、1981年。
ジェームズ・トムソン『ジェームズ・トムソン詩集』林瑛二訳 慶應義塾大学出版会、2002年。
アンドルー・マーヴェル『マーヴェル詩集―英語詩全訳』吉村伸夫訳 山口書店、1989年。
(次回に続く)
☆ベリーホールは現在、キャンドルライトアップ中(2020年1月6日まで)です。キャンドルが織りなす幻想的な光の風景をお楽しみください。※アオガクプラス辞典より
☆今回のルートのご紹介※アオガクプラス辞典より