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社会B「現代社会」『目をそむけてはならない現実を知る』【青山学院中等部3年生選択授業】

1971年に始まった中等部3年生の「選択授業」。中等部生たちの個性をいかし、将来の可能性を伸ばすよう、様々な分野の授業を用意しています。
詳しくは、まとめページをご覧ください。

 

社会B「現代社会」

今回は、社会B「現代社会」の授業についてご紹介いたします。
授業取材レポートと、担当の高木香里先生のインタビューをお伝えいたします。

 

授業レポート

2021年12月1日

 

2学期最後の授業。
これまでの授業で少しずつ観てきた映画『BLOOD DIAMOND』(アメリカ 2006年)も最後のシーンを残すのみとなった。

 

現代社会授業レポート

 

アフリカのシエラレオネの内戦(1991-2002年)中の、反政府軍RUFの残虐ぶりや、武器調達の資金源として不法に取り引きされるダイヤモンド(紛争ダイヤ)、麻薬で洗脳された少年兵の姿などを描き出した、レオナルド・ディカプリオ主演の作品である。
RUFは、襲った村人たちの中から少年たちを麻薬漬けにして言うことを聞く兵隊に仕立て上げ、少年兵たちに村人の手足を切らせる。その結果、村人に米の生産をできなくさせ、RUFに依存するように仕向ける。そんな残酷な事実が描かれている。一方で、ダイヤモンドの裏取引で、武器調達資金を稼ぐ。現在のアフリカが抱える様々な問題があぶり出されている。

中学3年生には、ショッキングな内容かもしれない。私にとっても初めて知る、非情な事実だ。生徒たちはみな、真剣に画面に見入り、一言一句逃すまいと耳をそばだてて聞いている。
彼ら彼女らは、この映画の内容をどのように感じているのだろうか。

高木香里先生は語りかける。それは若者へのメッセージである。
「映画の中の記者も言っていたけれど、この事実の中の何をどのように世界の人々に伝えたらいいのか、迷います。でもこういう問題があるということを知ってもらいたいと思います。」
「みんなが大人になった時、この問題の解決のために関わることができることを見つけてくれたらいいなと思います。」

 

現代社会授業レポート

 

そして、2015年にイスラム国に拉致され殺害されたジャーナリストの後藤健二さんが書いた書籍『ダイヤモンドより平和がほしい 子ども兵士・ムリアの告白』(汐文社2005年)を紹介した。この著書は、2006年の産経児童出版文化賞を受賞している。
「後藤さんは、子どもたち、特に戦争孤児のことを取材していました。この本に書かれているのがまさに少年兵のことです。後藤さんは、少年兵にされてしまった少年の社会復帰活動をされていました。」
「後藤さんは、手足を切られた人たちにインタビューしました。少年兵をどう思っているか、と。すると『少年兵を恨んでいないが、この事実を忘れてはならない』と答えたそうです。」

内戦後のシエラレオネについて、先生が紹介した。
・内戦は2002年まで11年間続いた。
・国を立て直すため、NGO (non-governmental organizations)が活躍した。
・2003年に「キンバリー・プロセス認証制度」という国際的な認証制度が採択され、紛争ダイヤではないことの証明が必要となったが、罰則が無いため、今でも見えないところで取引は行われている。

「どんなことを考えたか、感想文とノートを提出してください。」
「3学期は、南北問題、南南問題、貿易ゲームなどを行って、どう生き抜いていくかを考えてもらいます。」

みんなのノートには、後藤さんの『ダイヤモンドより平和がほしい 子ども兵士・ムリアの告白』の表紙のコピーが貼られていた。
1年をかけて綴られるこの生徒たちのノートは、人間に課された問題提起の書物になる。

 

現代社会授業レポート

 

いまの自分の生活を振り返り、綺麗ごとだけではない世界の諸問題を知り、今、さらに将来、自分にできることは何だろうかと考えさせる。高木先生からの様々な問いかけには、真の共存・共生について考えてほしいという願いが込められている。
中学3年生でこれらの事柄を学ぶ意義は、たとえ重たくとも、とても大きい。

授業レポート(文/茂 photo/梨)

 

高木香里先生インタビュー

──授業のねらいを教えてください

今年のように、私が中等部3年生の公民の授業を受け持っている年は、公民の授業では話しきれない様々なテーマを扱っています。せっかく選択してくれた生徒たちが、少しでも考えることができるようなテーマを取り上げて、関連する映画などを視聴してもらい、プリントにまとめていく形で進めています。
公民の授業を受け持っていない時は、南北問題や格差問題を中心に進めています。2013年から、毎年ではありませんが、選択授業を受け持っています。

私たちは恵まれた環境にあるので、もう少し現実の社会を伝えられたらいいな、というねらいがあります。

高木香里先生
高木香里先生

 

──先日の授業で観た映画『BLOOD DIAMOND』も衝撃的な現実でしたね。生徒も真剣に観ていましたね。

そうでしたね。少し残酷な描写もあるので、中学3年生には少し早いかなという気もしましたが、どういう意味で取り上げているかの説明をしつつ取り上げています。
この映画は、4回と半分の授業に分けて観ました。そして最後の授業で感想を書いてもらいました。

──そのほかではどのようなことを教えているのですか。
初回の授業では生徒たちに「今の現代社会を漢字二文字で表してみてください」と投げかけます。
すると「効率」「環境」「建前」「最新」「残虐」などの答えが返ってきます。それらに合った話題を探して授業を組み立ててみます。チャップリンの『モダンタイムス』(アメリカ 1936年)を見せたり、“命の食べ方”に関するNational Geographic誌の写真を見せて食肉業界の過剰生産の様子を伝えたりしています。ただ、『いのちの食べかた』(ドイツ、オーストリア 2005年)はDVDもありますが、生徒たちの受け入れが難しそうな衝撃的なシーンでは、途中で視聴を止めたりしています。

 

高木香里先生インタビュー

 

──生徒の様子を見て配慮しつつ、テーマを決めていらっしゃるのですね。
はい。今年は、“先進国はどうしてそんなに急いでいるの。何をやっているの?”というテーマを伝えられればいいなと思っています。

──今年の具体的な授業内容をお教えください。
今年は、公民を担当しているので、1学期の授業で学習する現代史の補足として、バブル経済の話をしました。
映画『バブルへGO!! タイムマシンはドラム式』(2007年)というビデオを観て、バブル期の日本の様子や“なぜバブルは崩壊したのか”説明しました。

また、映画『華氏911』(アメリカ 2004年)を観てもらいました。アメリカで起きたテロ事件について、そのテロ事件の対応の際に様々な問題があったこと、また、その後の社会の変化、進む監視社会とプライバシーの問題などを伝えました。

2学期は、最初に、夏休み中の時事問題やアフガニスタンからアメリカ軍が撤退した話をしました。

その後、公民の授業が人権について扱ったので、『それでもボクはやってない』(2007年)という冤罪事件の映画を観たり、その当時の同じような事件の新聞記事を見たり、日本の裁判の課題を紹介しました。死刑制度について『モリのアサガオ』という書籍を紹介して“死刑囚の心が変わるのか”というテーマで話したりしました。

そしてシエラレオネの内戦・貧困問題を扱い、南北問題を話しました。

3学期からは先進国のエゴを扱っています。また、先進国の中でも格差があることにふれようと思っています。その後は、貿易ゲームを行う予定です。

──中学3年生でこれらのテーマとは驚きます。大人も知らない、表に出てこない事実や理不尽なことなど、テーマは多岐に亘りますね。

私も伝えているだけなので、何か意味があるのだろうか、と思う時もあります。
けれども、子どもたちのこれからの長い人生の中で、“自分のことじゃない”と遠のけるのではなく、事実を知ることで、この先の人生の中で活かしてくれるといいな、と思っています。

──とても有意義なことですね。知っていると知らないとでは大違いですから。感想文などで、生徒の反応が分かるのではないですか。

中等部の生徒は、考えたことをいろいろと書いてくれますね。
それらの生徒たちが高等部に進学してからも、高等部の授業で再び教えることもあります。高等部生ともなると反応はうすいですが、授業以外での活動、たとえばグローバルウィークの活動などを見ていると、世界に目が向いているなあと感じることはありますね。

──先生は、高等部でも授業を受け持っていらっしゃるのですね。
中等部で教えた生徒とは、高等部2年になった時にまた会います。同じことを話さないように考えたりしていますが、せっかくの一貫校ですので、高等部では同じテーマであっても少し広げて話すことができたらいいなと思っています。

──授業を通して生徒の変化を感じることはありますか。

生徒の感想文の中に、「映画の中の『伝えるしかない。しかしこれを伝えたから世界が変わるわけではない』というセリフが残っています。だから、自分の人生の中でどこかでそれが活かせたらいいです」という感想がありました。「今は知ることだけかもしれませんが、いつか何かで関われるといいです」という感想もあり、少しずつですが、生徒の変化を感じています。

また、毎回関心を持って質問してくる生徒もいます。そういう生徒が少しずつ出て来てくれているのが嬉しいですね。「青山学報」278号(2021年12月発行)でSDGsについて書いてくれたO君も、1年生の時には歴史を一緒に勉強しましたが、3年生になってSDGsのことを真剣に考えてくれていて嬉しかったですね。

 

高木香里先生インタビュー

 

──来年度、さらに取り入れたいことはありますか。
来年度は1年生の歴史を担当するので外れてしまうのですが、次回受け持つことができる際には、データを新しくしていかないと古いテーマになってしまうので、組み直していきたいと思います。偏重的なものは外し、見極めたうえで資料を新たにして、勉強して臨みたいと思います。

──先生ご自身が「社会」に興味を持ったきっかけは何だったのでしょうか。

教員になりたいと思ったのは、小学校3年生の時でした。年配の女性の先生がいらっしゃって、教科の勉強を教える以外に、「人としてこうあるべき」ということを教えてくれました。日常生活について、例えば、手紙の折り方や、お花の生け方などを教えてくれた方で、“すごいな”と思って、教員になりたいと思いました。

社会が好きになったのは、少しお恥ずかしいのですが、「暴れん坊将軍」「水戸黄門」などの時代劇や大河ドラマが好きで、小学校6年の時に歴史の全巻物を読んだ覚えがあります。
中学や高校でも、歴史以外の地理なども含めた社会全般が好きでした。

高校生の時にもっと深く歴史を学ぶ方法はないかと、国立大学に進学して考古学を……とも考えたのですが、最終的には青山学院大学文学部教育学科に進みました。

社会の先生になりたいと強く思うようになったのは、大学に入ってからでしょうか。史学科の授業も取り、歴史と公民の教員免許を取りました。

──そのまま本学の大学院に進まれたそうですね。

はい。明治時代以降の教育制度史を学び、女子教育についての修士論文を書きました。

院生の頃、東陽町にある教科書図書館というところでアルバイトをしていました。
国定教科書の墨塗り部分の研究をしていた先生がいて、私もそのことに関心を持ち、先生の紹介でそこでアルバイトをするようになりました。ほとんど来館者の無い図書館でしたので、その研究に加えて、図書館の蔵書を読み漁った記憶があります。

大学院修了後は、高等部で教えることになりました。実践的な授業の方法を教えていただく大学の授業で、高等部の天野景文先生にお世話になり、それがご縁で公民科で教員生活をスタートしました。最初に倫理を、今は現代社会の授業を受け持っています。高等部に関わらせていただいて、かれこれ20年ほどが経ちます。

──なぜお好きな歴史ではなく、現代社会だったのですか。
大学時代の恩師の影響が大きいですね。元々は、教育実習も「歴史」で行っており、歴史が好きなのですが、修士論文のテーマも明治期以降の教育史についてだったように、“資料がたくさん残っていて、しっかりと伝えられる歴史”に関心・主眼が変わっていきました。

──現代社会という科目は、非常に難しい、重たいテーマが多いと感じますが、逆に学んで楽しい、面白いという点はどういった点でしょうか。

最近の小説には、日本社会でまだ法律がととのっていない分野に疑問をなげかけるようなテーマを扱ったものが多くあります。
例えば、東野圭吾『人魚の眠る家』は脳死に関するテーマ、カズオ・イシグロの『わたしを離さないで』は臓器移植がテーマ、秋元康の『象の背中』や小川糸の『ライオンのおやつ』はホスピスがテーマで、これらは、自分にこのようなことが起こった時、家族に起こった時、他人に起こった時で、答えが変わってきてしまうものです。答えを見つけるのはとても難しい……。でもたくさん考えることに意味があると思っています。

通常の授業でも本当は見せたいのですが、50分の限られた時間の中では到底紹介しきれないので、中等部に選択授業があってくれてありがたいと思っています。

──これだけは伝えたいという思いはありますか?
「そんなに急いで生きなくてもいいんじゃない」という思いがあります。もう少しスローペースで何でもできたらいいんじゃないかな、と。
私の若い頃は、受験をはじめ、人と比べる、競う時代でした。そういったことが続いた結果、格差につながり、今の地球の諸問題に現れてしまっているのではと感じています。ですのでいろいろな意味でもう少しゆっくり生きられたらいいのにな、という思いがあります。

 

高木香里先生インタビュー

 

──先生は、ご自身の価値観を押し付けるのではなく、生徒たちに正しい資料を紹介して事実を伝え、考えさせる、という授業スタイルですね。

一方的に伝えるのではなく、考えてもらうようにしています。
高等部では、生命倫理というテーマに入っているのですが、今の社会が築けていない価値観・体系、例えば脳死や臓器移植を認めているが、安楽死という考え方を世間が受け入れていくのかどうか、そういう新たな価値観を作っていく必要があるのか、という問題提起があります。「この考え方は自分の主観です」と言って自分の経験を紹介することもありますし、いろいろなケースを紹介しています。私が若い頃は、授業中の私の言葉が過ぎたりすると、生徒たちから「こういう考え方もあるのではないですか」と助言してくれたこともありました。自分の考えなのか、社会がもっている考え方なのかを、最近は気をつけて伝えるようにしています。

──考える力を養えますね。価値観の受け入れというのは難しく、関心のあるテーマですね。

放置されて、法整備がされていないものが意外とたくさんありますね。今朝も「豚の心臓を人間に移植する」というニュースがあったので授業で取り上げました。SNS上での精子売買の話もあり、今日、生徒に提示しました。
今の社会は、どこまで受け入れるのか。価値観を作っていく役割がみんなにはあるんだよ、と伝えたいと思っています。

──最後に生徒へのメッセージをお願いいたします。
いろいろなニュースや書籍にふれる中で自分の考えを深めてほしいのと同時に、大人になっていく過程で、自分の迷いも含めて、社会の中で、動いてしまっている価値観をしっかり見つめて、よりよい社会ができていくように、人との関わりをもって、考えを深めて生きていってくれたらいいな、と思っています。

──ありがとうございました。

インタビュー/茂 photo/梨