青山学院の四季彩-グリーンハント-【1】オリーブ
2019/11/12
2019年10月某日――。
昨夜の雨が嘘のように晴れ渡る中等部校舎に
グリーンパーティーの面々が揃っていた。
食物、いや植物へのあくなき好奇心から始まったこの企画
青山学院の四季彩。
10月だというのにギラギラした太陽が路面を照らしている。
温度がまた上がったようだ。
中等部校舎からの坂を上りきると、緑の芝生を囲むように建つ女子短期大学の校舎が見えてきた。
折り目正しく、美しく、清らかに――
建造物に対しての形容として正しくないかもしれないが、
短大校舎はそこで学ぶ人を表すかのように、いつだって美しい。
そして昨夜からの雨にチリやほこりが払われて、そこに生える緑は
今、目覚めたばかりのようで……
……自然があふれている。
校舎の窓側には、比較的背の高い木々が植わっている。
オリーブ――魅惑的な響き。
ポパイの彼女の名前も確かオリーブ・オイル。
ポパイの好物・ほうれん草と相性が良いから、そう名付けられたとか何とか……
オリーブは聖書の中にしばしば登場する。その実から取られるオリーブ油は食用であり、また薬として、さらに儀式の中でも用いられた。
創世記の「ノアの箱舟」物語において、鳩がくわえてきたオリーブの葉は、地上から確実に水がひいたことをノアに教えた(創世記8章11節)。鳩は後に平和の象徴とされるが、それに伴いオリーブの葉も世界平和の希望を示すものと理解されている(例えば国際連合の旗のデザイン)。
さらに詩編には「食卓を囲む子らは、オリーブの若木。 見よ、主を畏れる人はこのように祝福される。」(128編3~4節)と記されている。また、民族が滅亡の危機に瀕しても、必ず回復するというヴィジョンが預言者によって「その若枝は広がり オリーブのように美しく レバノンの杉のように香る。」(ホセア書14章7節)と生き生きと表現されている。このようにオリーブは、旧約聖書において神による祝福と希望、そして繁栄の象徴と考えられている。
他方、新約聖書でもオリーブの木は、ユダヤ人と異邦人の関係を表すメタファー(隠喩)として用いられ、キリスト教の福音が民族の枠組みを超えて「接ぎ木」されて世界に伝えられていくと語られている(ローマの信徒への手紙11章17~24節)。またルカによる福音書は、イエスがいつも祈っていた所は「オリーブ山」であると紹介し、そこでイエスは十字架に架けられる前に、人々を救うために心血を注いで祈っている(22章39~46節)。
16世紀イギリス、エリザベス1世の治世に活躍した詩人、エドマンド・スペンサーが書いた『羊飼いの暦』という女王を讃える作品の注には、オリーブに関する次のような説が書かれています。オリーブが平和を表すのは、平和な時にしか植え替えや刈り込みなどの手入れができないからだという説、また、オリーブは、槍などの戦いの道具に使われていたモミの木のそばには育たないからという説があるそうです。
スペンサーは、王侯の第一の仕事は国に平和をもたらすことだと述べています。彼が生きていた時代、イングランドはスペインと戦争状態にあり、また、アイルランドはイングランドの支配に反対するなど、決して平和な時代ではありませんでした。平和でなければ、スペンサーが専念したかった詩を作ることや勉強することもかないません。一方、時代をさかのぼってローマ神話でも、芸術や知恵の女神であるミネルヴァがオリーブの木を持っている理由は、学問や芸術は平和な時にこそ生まれるからと考えられるからです。
時を隔てて、1936年から39年まで続き、日本もかかわったスペイン内戦では、国が分断され多くの市民が犠牲となりました。ファシズムに反対した詩人スティーヴン・スペンダーの「王者の最終的議論」という詩では、名もなき少年がオリーブの木の下で命を失っています。平和を表す木のそばで命を失うという皮肉を描き、戦争の理不尽さを読者に訴えかけています。
青山学院正門の正面に見える特徴的な建物の国連大学は、国際連合と関係ある研究機関ですが、その旗では平和を願うオリーブが地球を囲んでいます。文学作品を開いてみると、時代を超えてオリーブに平和への願いがこめられてきたことを知ると同時に、その背後には戦争という現実が常に横たわっていたことを読み取るように求められています。
参考文献
エドマンド・スペンサー『スペンサー詩集』福田昇八訳 筑摩書房、2000年。
スティーヴン・スペンダー『スペンダー全詩集』徳永暢三訳 思潮社、1967年。
George Wither. A Collection of Emblemes, Ancient and Moderne. 1635.Project Gutenberg.www.gutenberg.org/ebooks/50143.
(次回に続く)